第8話 雄一と文香の記憶 ラスト➀

修学旅行最終日夕食後。

旅館の大広間を貸し切って、出し物大会が行われた。


学年は全部で4クラス。その中で、希望者がみんなの前で出し物を披露する。

座る席は自由だった。みなそれぞれ自由に座っている。


出し物を披露する人は大広間の横の一室にみんな控えていた。

俺・谷川・城島もそこに控えていた。


「おいおい、こんなにいるのかよ」

周囲を見渡した谷川が驚いた声を上げる。

俺も大きく相槌をうつ。


「ざっと15組か。俺ら以外にこんなにも目立ちたがり屋がいたとはな」


一組・一組と大広間に呼ばれていった。

そして、そのたびに大広間から大きな歓声が控室に届いた。


「おい、今の組、めちゃくちゃ受けてたな…」

城島がそわそわと貧乏ゆすりをしている。


「やべえ、心臓が飛び出そうだ」

谷川もいつになく上がっている。


俺も正直、びびり始めていた。大丈夫だろうか…。

俺たちの漫才は受けるだろうか…?


『だいじょうぶ、だよ』

その時、俺の脳内に文香の優しい声が響いた。

『だいじょうぶ、岡橋は面白いよ』


ぱんぱん、と両頬を強く叩く。

谷川と城島が驚いて俺のほうに振り向いた。


なに弱気になってんだ、俺。

精一杯やってやろう。

綾子を振り向かせるためにも。

そして……俺のことを面白いって言ってくれた、文香のためにも。


「もし、滑ったら、裸踊りでもしてやるか?」

谷川と城島が目を丸くする。そして、その後、にやにやと笑みを浮かべた。


「俺のギャランドゥは、一見の価値ありだぜ?」

「馬鹿いえ、抜き取って押し花にして、何度でも拝んでやるよ」


ははははははは。


俺たちは笑いあった。楽しかった。

先ほどまでの緊張が嘘みたいだった。


やってやる。やってやる!


***


「いったん休憩に入りまーす」

隣の部屋から、司会の声が響いた。

そして、しばらくして控室の扉が開いた。


「あ、岡橋さん。休憩後、一番手お願いします。」

「分かりました!」

俺は返事を返した。


「いよいよ、だな」

「ああ」

「やってやろうぜ」

「あたりまえよ」


俺たちは、そして各々調整に入った。

谷川たちは台本を読み返している。


俺も台本に目を通す。

うん、完璧だ。


俺は上着のポケットに台本を入れると、入り口に向かった。

「ちょっと、トイレに行ってくる」

「ああ、遅れんなよ」

「わかってるよ」


俺はそういうと、入り口を出てトイレに向かった。


***


「やっと終わったぜ」

トイレは大渋滞ができていて、なかなか入れなかった。

ようやくトイレを終えた俺は腕時計をみた。


「あ、やべ!」

もう休憩時間が終わりそうだった。


急いで廊下を走っていると、一人で歩いている見覚えのある背中を見つけた。

あれは…文香だ。


「文香!!」

文香がこちらを振り向き、立ち止る。

俺は膝を押さえて、息を整えると顔を上げた。


「…がんばって」

文香がこちらをまっすぐに見ている。

俺もその視線にまっすぐ返す。


「ああ、最高の漫才、見せてやるよ」

「うん」

「じゃあな、またあとで」

「うん」


そして、俺は控室に向かってダッシュした。


今なら、何でもできそうな気がしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る