第6話 雄一と文香の記憶 その3

『深海生物』に並んでいる間も俺たちは漫才の打ち合わせを夢中で続けていた。

そして、そうしている間に俺たちの順番が来た。


「二人乗りになりますが、順番はどうなさいますか?」

係員の女性に尋ねられ、俺たちは困惑する。

俺たちは男子3、女子3グループだった。どうしても異性組ができてしまう。


「まあ、ぐーちょきぱーでいいんじゃない?」

班の一人の女子が提案する。その提案にだれも異論はなかった。

「よし、行くぜ。ぐーちょきぱーで別れましょー」

谷川、城島グー。

女性陣二人、パー。

そして…俺と文香がチョキだった。


「じゃあ、おれらから行くぜ!!」

谷川、城島が嬉々とした声で走っていった。


「まったく、子供ねえ」

その後ろから女性陣2人。


そして、俺と文香が最後に乗ったのだった。


******


機内に入った俺は目の前の銃を触りながら、操作方法を確認した。

「このレバーを押して、的に当てるみたいだね」

「…そうね」


その時、俺は違和感を感じた。

隣の文香を見る。そして、ひとり合点した。


ああそうか、俺、舞園さんと話すの初めてだ。


ゆっくりと機体が動いている。しかし、まだ的は現れない。

…なんだか、少し気まずい。


俺はなんとか話題をひねり出そうとする。しかし、何一つ出てこない。

そして俺は文香のことを何一つ知らないのに気付いた。


窓際でいつも…さみしそうに外を眺める女の子。


知っていたのはそれだけだった。


「谷川君たちと、なに話してたの?」

「えっ?」


俺は驚きながら文香の方を向いた。

文香は無表情のまま、前を見つめている。

まさか、文香の方から声をかけてくるとは、思わなかったのだ。


「ああ、大した話じゃないよ。最終日にやる出し物大会あるでしょ?」

「うん」

「あれに俺ら、出るんだ。」

「へえ、何やるの?」

「なんだと思う?」

「…野球拳?」

こいつは俺たちのことを何だと思ってるんだ。


「違うよ、漫才だよ。漫才」

「え?」


文香は目を丸くする。


「俺たちさ、夏休み以降クラスでもちょっと浮いてるだろ?

だから、ここで爆笑かっさらって一気に人気者になろうって思ってんだ」


「そう…なんだ」

文香はそう言うと、前を向く。

彼女は相変わらずの無表情だ。しかし、そこであることに気づく。

彼女が銃のグリップを握ったり開いたりしていた。


「…いいね」

「ああ、楽しみにしてろよ」

「うん」


その時、彼女の右手がせわしなく動き出した。

そして、銃の横にあるポイントがぐんぐんと上がっている。


「あ、お前!抜け駆け禁止だぞ!」

「気づかないのが悪い」

「なんだとお?」


そしてそれから俺と文香は夢中になって銃を撃ち続けた。


なんだか無性に楽しかったのをよく覚えている。


****


アトラクションを終えると、係員から得点カードをもらった。

文香と点数を確認しあう。


文香35000点。プロ深海ハンター級。

俺15000点。駆け出し深海ハンター級。


「…圧勝」

「ぐぬぬぬ」


こいつ、どこでそんな腕を磨いたんだよ…。

俺は歯ぎしりをしながら、得点を見ていた。

そして、文香のほうへ顔を上げる。


「おい、次来た時は…」

そう言いかけて、俺は口を閉ざす。


別に何か特別なことがあったわけじゃない。


文香がそのカードを大切そうに丁寧に財布に入れていただけだ。

なんだか…嬉しそうに。


そんな文香のことを、ちょっとだけかわいいと思ってしまった。


****


それから俺たちは、魚介類を食べ歩きしたりして時間を過ごし、旅館に帰っていった。


俺は電車に乗ってる間もずっと、谷川たちと漫才の打ち合わせをしていた。

漫才はあのアトラクションのようには行かないぜ!

絶対成功させてやる!


先ほどよりも強く思っていた。


そして、旅館に着いた。受付を済ますと、谷川たちも女性陣達もばらばらになってそれぞれの部屋に向かおうとした。


同じように部屋に向かおうとする文香を俺は引き留めた。


「舞園さん!」

文香が足を止めて振り向く。


「今日は散々だったけど、最終日見てろよ!!

とんでもない漫才、みせてやるから!」


「大丈夫かなあ?」

文香がとぼけたように首をかしげる。


「大丈夫さ」


俺は真剣な目を文香に向ける。

文香も何かを感じ取ったのか、真面目な表情になった。


「俺、絶対に成功させなきゃいけない理由があるんだ」


「人気者になるため、でしょ?」


「ううん、本当は違うんだ。誰にも言ってないんだけどさ…

俺、好きな人がいるんだ。」


文香はじっと俺の顔を見つめている。


「だから、さ。今度の漫才でその子に思い直してほしいんだ。

俺がすごいやつだって。

だから、絶対成功させてやるんだ。」


その瞬間、文香は俺に背を向けた。


「なんで、それを私に言うの?」


「正直…不安なんだ。だから、誰かに応援…してもらいたいんだ。女々しいんだけどさ。

谷川達に言ったら、あいつら茶化すだろ?

だから、話せなくて…」


そこまで言いかけた時、


「だいじょうぶ、でしょ」


文香が大きな声を出す。


「だいじょうぶ、岡橋は面白いよ。」


「えっ?」


「10万点。スーパー面白モンスター級」


「なんじゃそら」


「ランク付けしてみた。『深海生物』風に」


「意味わかんね」


俺は笑っていた。

やっぱり文香に話してよかったと思った。


自分でもなんでこんなこと話しているのか分からなかった。

でも、彼女になら話していいと思ってしまった。


「じゃあ、いくね」

「ああ」


そして、彼女は部屋に向かって歩き出した。


でも、なぜだろうか。


俺はその背中がとても寂しそうに見えた。






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