第5話 水族館にて その3
谷川に教わったシーラカンスの物真似も、弁当箱に混ぜた『おにぎりの模型』を食べて、悶絶したふりをするという城島が考えた意味不明なボケも文香にはすべて流されてしまった。
お前らに相談したのが馬鹿だったぜ…。
そして、そうこうしているうちに俺たちは出口付近のお土産スペースに着いてしまった。
お土産スペースにはシーラカンスや、ダイオウグソクムシなどの深海生物のぬいぐるみやキーホルダーが売られている。
文香は瞳をキラキラと輝かせながら、それらを物色している。
なんだよ。
俺は小さいなあと自虐しつつ、ついつい嫉妬してしまう。
今日一番、楽しそうじゃん。
俺が不貞腐れながら、他のお土産を見て回っていた時だった。
突然つんつんと、後ろから指を指された。
俺が思わず振り向いたその時、
「ガオー!」
突如俺の目の前にシーラカンスの顔が押し付けられる。
「うぎゃああああああ」
俺はバカみたいな大声をあげながら、床に尻餅をついてしまった。
奥に立っていた店員がいぶかし気な視線を向けている。
俺は目の前を向く。
そこには真顔でシーラカンスのぬいぐるみを構える文香がいた。
「おまえなあ」
「ごめん、そんなに驚くと思わなくて」
そう言うと、文香は後ろを向いて、ぬいぐるみを戻しに行った。
俺が周囲を見渡すと、あるものに気づく。
ダイオウグソクムシのぬいぐるみだ。
俺はそれを取ると、ゆっくりと文香に近づいた。
「文香、ちょっといい?」
「え、どうかし…」
「ガオー!!」
俺はその瞬間、文香の眼前にダイオウグソクムシのぬいぐるみを押し付けた。
・・・ってあれ?
文香の声も、尻をつく音も何も聞こえない。
俺は恐る恐るぬいぐるみの横から、文香を覗き込もうとする。
「ふみ・・、ぷっあはははは」
俺はその瞬間、大笑いしてしまった。
目をこれでもかというくらい大きく開けて、立ち尽くす文香がいた。
「ははははは、なんだよ、それえ」
ひとしきり笑い終え、ぬいぐるみを元に戻したところで、ぞっと背後から悪寒が走る。
「…許さん」
「ぎやあああああ」
そのあと何があったかは内緒である。
******
そして、水族館を出た俺たちはあれに乗ることにした。
シューティングアトラクション、『深海生物』。
ディズニーランドのバズライトイヤーのように、的を銃で撃ちながら得点を競い合うアトラクションだ。
平日の今日は空いていて、乗り物にはすぐに乗ることができた。
室内は薄暗く、球体の乗り物が次から次へと流れている。
俺たちは係員の案内に従いながら、その中の一つに乗り込んだ。
「懐かしいね」
文香が小さくつぶやく。
「ああ」
本当に懐かしかった。
このアトラクションで俺たちは初めて二人きりで話したのだから。
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