第3話 水族館にて その2

入り口でチケットを買い、俺たちは薄暗い館内に入る。


館内の壁の中に、小さな水槽がいくつもありその中に大小様々な深海生物が潜んでいた。


一番初めの水槽を2人で覗き見た。修学旅行の時を含めもう何回も見ているが、やはり飽きないものだ。


尖った髭を持つ魚に、細長い足と飛び出た瞳を持つカニ。その他etc…。


変な生物ばかりだ。


俺はチラッと横に立つ文香を盗み見る。


やはり…な。


文香の右手。それが握ったり開いたりをせわしなく繰り返している。


気分が高揚している時に出る、彼女の癖だ。


彼女は普段はまったくと言っていいほど笑わない。

だから初めは彼女がなにを考えているか、どういう気分なのか分からなかった。


しかし、俺も慣れたものだった。


今では彼女がなにを考えているか、その癖でなんとなく分かる。


よし、この調子だ。

彼女の気分をとことん高めて、意地でも笑わせてやる。


しばらく歩くと、シーラカンスの模型が飾られたエリアに出た。


「ほへえ」

ついつい、だらしのない声が漏れ出てしまう。

何度見ても圧巻であった。

推定2メートルはあるだろう大きさに、頭を丸かじりされそうなほど大きな口。


彼女の右手を見る。やはり興奮しているようだ。


よし、仕掛けるならここだな。


「なあ、文香」


「ん、なに?」


「文香、ここで写真撮ろうよ。」


「あ、いいね。撮ろう撮ろう。」


「じゃあさ、そこのシーラカンスの前に立って」


「雄一も来なよ」


「あー俺はいいのいいの。あっちょっと待ってね。準備があるから」


そして俺はリュックの中をゴソゴソと探る。

物はすぐに見つかった。


「…あったぜ」

谷川に作らせた、即席パネル。そこには火山灰の噴き出た桜島が写っている。

俺はゲームを考えてきた。

彼女に10回自分の名前を言わせて、このパネルを見せる。

そして、彼女は言い間違えてしまうのだ。

そして恥ずかしそうにはにかむ彼女を撮るという寸法だ。


「なあ、文香。写真撮る前にゲームしようぜ」


「え?ゲーム?」


「ああ、ゲーム」


「どんな?」


「まあまあ、じゃあ行くぜ。

文香、まずは下の名前を10回言って?」


「うん、分かった。

ふみか、ふみか、ふみか、ふみか、ふみか、ふみか、ふみか、ふみか、ふみか、ふみか」


「じゃあこれは!!」

そして俺は先ほどの即席パネルを勢いよく取り出した。


「ふんか」


「ぶっぶーー、ふんかでーす!」


「だから、ふんか」


「え?」


「ふんか」


「大正解」


そしてパシャリ。

俺は再びスマートフォンをのぞく。

うん、案の定真顔だ。

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