土曜日(2)

 口の中の水分が一気に無くなったみたいに、上手く声が出ない。

 写真はステージの横から撮影されていて、顔はわかり難いけど、私のことを知っている人ならたぶん私だと気づくだろう。


 これは私が大学入学前の春休み、地元近くの商店街のお祭りで、私が最後に人前で琴を弾いた時のもので間違いない。


「七星、この写真に覚えある?」


「……ううん、無い」


「待ってて。撮った人のこと聞いてくるから」


 柚月が受付の方へ向かうのを見送ってから、私の写真が飾られている人のスペースをじっくり見る。

 プロフィールには名前も年齢も無くて、SNSのIDみたいな文字列が並んでいる。


 私の写真以外にも二枚の写真が飾られている。1つはどこかの街並み。もう1つは犬の写真。

 ふと、その犬を前にも見たことがあるなと思い出した。


 つい最近、確か、授業中に。


 火曜日以来開いていなかったアプリを立ち上げて、検索欄にプロフィールの文字列を打ち込んだ。

 出て来たのは、私に友達申請していたアカウントだ。前に見た時より投稿が数枚増えていた。


 遡って、犬の写真を探し、飾られた写真の犬と見比べる。首輪とかはついていないけど、どことなく似てる気がする。

 やっぱり、中学の同級生か誰かだろうか。一言連絡をくれようとして友達申請がされていたのかもしれない。


「七星」


 柚月が受付にいた髭の男の人と戻ってくる。


「ほらこの写真に写ってる子、この子でしょ?」


「確かに。撮られた覚え、無いんだよね?」


「はい」


「正直、今回の写真展はお金取ってないし、悪意のある撮られ方をしてるわけじゃないから俺達からは何も言えないんだけど」


「何それ。勝手に撮られてるなんて気持ち悪いじゃん。撮った人のこと呼び出したり出来ないの?」


 髭の男の人の言葉に目の端を吊り上げた柚月を見て、慌てて止める。


「あ、柚月。良いの良いの、ビックリはしたけど別にそんな、怒ってるとかじゃないから。すみません、これを撮った人って、このアカウントの人ですか?」


 髭の男の人にSNSの画面を見せると頷く。


「そうそうこいつ。君らとタメの、ナナセって男の子」


「ナナセ?本名?」


「苗字だけどね、下の名前知らないんだ。別の奴の紹介で知ったから。今連絡して呼び出すよ」


「いや、良いんです。本当、怒ったりしてないので、写真綺麗に撮れてるし」


「そう?まぁでも本人に注意はしとくよ。気分悪くさせちゃってごめんね、柚月ちゃんも、お友達も」


「すみません、お騒がせして」


 髭の男の人(後で柚月ちゃんに聞いたら林田さんというそうだ)は帰り際にも再度謝ってくれた。何だかこちらが申し訳ない。

 写真展を出てから、柚月にアカウントについて話すと、下がりかけていた目の端が再び上がった。


「何それ、完璧ストーカーじゃん!」


「違うの違うの。たぶん、中学かなんかの同級生なんだと思う。あの写真の商店街、私が昔住んでた団地の近くにあるの。今は3駅隣の駅に引っ越してるけど、小中は団地から学校行ってたんだ」


「本当に?大丈夫?もし他に変なこととかあったら言ってよ」


「うん、ごめんね柚月、心配してくれてありがとう」


 柚月の目の端がようやく元の位置に戻る。

 美人が怒った顔は迫力があって怖い。


「も〜〜マジで心臓止まるかと思った。アカウント知ってるならフォロリク承諾して、メッセージ送っとけば?」


「うん、そうする心配してくれてありがとう」


「万が一本当にストーカーだったらすぐに言ってよね」


 柚月と夜ご飯を食べてから、今日は解散。

 家に帰る電車の中で、もしかしたら晴彦くんがいるんじゃないかと目で探してしまう。


 いや、いないんだけどね。

 今日は1日家にいるって、朝聞いたし。

 さっきも夜ご飯に牛丼食べたってきてたし。


 今日の事を話そうかなと思ったけど、柚月がそうしてくれたみたいにストーカーじゃないかって心配されるかもしれないのでやめておく。

 話したら、心配して構ってほしいみたいで恥ずかしい。


 いつもならそんな事気にしないのに。やっぱり恋する乙女モードに入っている。


 帰りの電車の中だと送ると、晴彦くんからは「外暗くない?送ってあげようか」とメッセージが来た。

 ちょっと来てほしい気持ちはあるけど、それを言うのは恥ずかし過ぎる。

 絶対無理だ。

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