火曜日(2)

 電車が動き出すと、晴彦くんはチラッと頭上の荷物を確認する。


「荷物、いつも網棚に乗せてるの?」


「あ、うん。座れる時は膝に抱えたりもするけど、寝た時に落としたら怖いからさ。乗せれる時は乗せてる」


「私チビだから網棚使ったことないんだよね。乗せれるとは思うけど、たぶん下せないと思う」


「へぇ、可愛いね」


 唐突な「可愛いね」にどう反応したら良いかわからず、曖昧な笑顔を浮かべることしか出来ない。そんな私を見て、晴彦くんはちょっと笑った。


「ごめん、困るよな、こういうの。あんま慣れてないからどうすれば良いかわかんないんだよね」


「今のは慣れてそうだったけど」


「ないない、慣れてない。やっと連絡先教えてもらえたと思ってたらすぐ会えたから、テンション上がっちゃったんだよね」


「へー……今日は挟まらなくて良かったね」


「うわもうやめて。恥ずかしくて死ぬからそれ」


 可愛いとかテンション上がったとか言われたのが恥ずかしくて話を逸らした。そのまま晴彦くんと何でもない話をして、2人が降りる駅に着く。

 晴彦くんは話題を振ったり色々聞いたりしてくれるので話しやすくて、電車に乗ってる時間もいつもより短く感じた。

 今日は手を振って別れようとすると、晴彦くんが急に私を見つめて立ち止まる。


「今からめっちゃ怖いこと言って良い?」


「え?うん」


「良いの?めちゃめちゃ怖いよ」


「うん、良いよ。どうしたの?」


「……途中まででも良いから、送らせてくれません?」


 言いながら晴彦くんが顔を横に逸らす。ちょっと長い髪の毛の隙間から、真っ赤になった耳が見える。

 照れて赤くなる人、初めて見た。


「いいよ」


「それどっちの良いよ?」


「送らなくて良いよ、の、いいよ。もう遅いし」


「遅いからこそ送りたいんですけど。夜道危ないし。家までじゃなくていいから。ダメ?」


 学生とは言え成人男性の「ダメ?」に思わずキュンとしてしまった。晴彦くんは電車の中でもやんわりと私に好意を示してきていたので、かなり恥ずかしいんだけど、でも会話が楽しかったので悪い気はしていない。

 私がうーんと考えてる間、晴彦くんはお願いとでも言うように手を合わせていた。


「……じゃあ、途中までね」


「よっしゃ」


 晴彦くんと駅を出て、家へ向かう。戻る時に迷いにくいように、なるべくわかりやすい道を選んでいるのでいつもより少し遠回りだ。

 決して、もう少し話したいから、とかではない。


「花宮さんって実家?」


「うん。ちっちゃい頃からこの辺住んでるよ。晴彦くんは?」


「俺は一人暮らし。親は今京都に住んでるよ」


「じゃあ関西弁喋れるの?」


「せやで〜」


「全然わかんなかった」


「うちの親、転勤族だから。本社が京都だから京都に住むこと多かったけど、あちこち行ってたから結局標準語なんだよね。向こうの友達と喋ってると関西弁になるけど」


「なんかバイリンガルみたいだね」


 話しながら歩いていたら結局家のすぐそばまで来てしまった。晴彦くんを見送ろうと立ち止まっていると、なかなか向こうも立ち去らない。


「花宮さん、気づいてると思うけど」


 晴彦くんが駅でした時と同じように顔を逸らす。暗くて見えないけど、たぶん耳は真っ赤なのだろう。


「俺、たぶん花宮さんのこと好きなんだと思う」


 たぶんかよ、とは思ったけど、何て返せば良いのかわからず、若干テンパったのもあって頷いてしまった。


「俺、自分からアピールとかしたこと無くて、結構花宮さんがビックリするようなことしちゃうと思うけど、悪意は無いので」


 黙ったまま、また頷く。


「花宮さん、金曜の合コンも別に彼氏欲しくて来てたわけじゃないって聞いたし、まだ俺のこと好きじゃないだろうけど、あー、その、なるべくそうなってもらえるように頑張りたいなって思ってるんで、なにとぞよろしくお願いします……」


 だんだん声が小さくなって、最後の方はもはや囁きだった。静かな住宅街なので拾えたけど。


「じゃあ、おやすみ!」


 言うだけ言って、晴彦くんは回れ右をして走り出す。その後ろ姿が見えなくなるまで、私は熱くなった頬を手で扇ぎ続けた。

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