火曜日(1)
「そうだ。ハルヒコくんが七星の連絡先教えて〜って言ってきてるけど、どうする?」
「誰?」
火曜日、お昼に紗香に会うとそう言われる。私が人の名前を覚えないのはいつものことなので、スマホで写真を見せてくれる。
「この人、金曜日の飲み会で七星の前の席に座ってたでしょ」
「……あぁ。その人帰りの電車で会ったよ」
「マジ?だからかなぁ。七星帰った後に残った5人で連絡先交換したんだけど、土曜日から毎日ハルヒコくんから七星のID教えてって来るんだよね」
「えっ、毎日?それ紗香とやり取りしたいんじゃなくて?」
「違う違う。だって七星の話しかしないもん。人数合わせで来てもらっただけで、七星はそういうつもりじゃないからって断ったんだけど、聞くだけ聞いてみてって。どうする?実は彼氏いるとでも言って断る?」
「えー……」
金曜日、何か気に入られるような要素があっただろうか。
紗香がハルヒコくんとのやり取りを見せてくれるのを見ると、何度かやんわりと断っているのを気づいているのかいないのか、私の連絡先を教えてくれとやり取りの合間合間に送られている。
紗香は優しくて、人からの頼み事を強く断れない。既読無視とかブロックとかは1番苦手だ。
「良いよ。私のID送っても」
「本当?大丈夫?」
「嫌になったらすぐブロックするし、良いよ」
紗香がホッとしたような顔をする。ここ数日の悩みの種だったのかもしれない。
「ハットリ、あ、向こうの幹事してた人ね。同じ学科らしいから、どんな人か聞いとくね」
「うん、ありがとう」
火曜の午後は紗香と一緒に受けてるけど、紗香はサークルの用事でサボると言うので食堂で別れた。出席すら取らないゆるゆるの授業だから、聞きながら筆箱の影でスマホをいじる。
バイトのシフトを提出して、ゼミの先生のメールに返信して、あとは適当にSNSのアプリを開く。
私のはほとんど投稿してないアカウントで、フォロワーは知り合いだけ。投稿した時以外スパムアカウントからの友達申請しか来ないから、通知も切っている。
今みたいな暇な時間に、溜まった友達申請を削除する。たまーに中学の知り合いとか誰かの別アカから申請が来てるから、一応プロフィールはチェックしなくちゃいけない。知り合い程度ならともかく、仲の良い友達からの申請をうっかり削除しちゃうと余計な問題が生じるので危険だ。
スパムかどうかはプロフィールで出来る。投資がどうのこうの、就活がどうのこうの、留学がどうのこうの。
【MU社学.写研32期.】
投資も就活も留学も書かれていないアカウントがあった。こういうのは中学の知り合いとかのパターンだ。誰だろう、と思って投稿された写真を見ていく。結構な頻度で投稿されてて、写真も上手だ。
誰かの後ろ姿だったり景色だったり犬だったり。でも本人っぽい写真が無いから、結局誰かもわからない。
仕方ないので放置する。その内誰かわかるかもしれないし。
◼️
『金曜日に電車で一緒だった晴彦です』
バイトを終えてロッカールームでスマホを見ると、ハルヒコくんからメッセージが来ていた。
『香取さんにめっちゃしつこく聞いて教えてもらいました』
『うん、紗香から聞きました』
『ごめん、話したかったから。本当は電車でID聞こうとしたんだけど、俺ドア挟まった後だからカッコつかないなと思ってさ』
『あー、そういえば挟まってたね笑』
『もしかして忘れてた?言わなきゃ良かった〜』
話が長引きそうだから一旦スマホを閉じて駅に向かう。電車を待ちながら返信しようと思ってスマホを開くと、後ろから肩を叩かれた。
「こんばんは」
「え、晴彦くん?」
「顔覚えててくれてた?良かった〜」
振り返ると、先程までやり取りをしていた晴彦くんがいた。金曜と同じ赤いパーカーを今日は腕に持っている。
「うん……」
「あ、ストーカーとかじゃ無いからね。俺バイト終わりで。マジでたまたま見つけただけだから」
焦った様子で晴彦くんが言う。別にそんなことは思ってなかったけど、驚きはしたので頷いておく。
「ごめん、急に声かけたら怖いよな」
「あはは、大丈夫大丈夫。ちょっとビックリしたけど」
「だよなー、ごめんな」
電車が来たので晴彦くんと一緒に乗り込む。晴彦くんは大きなリュックを持っていて、それを網棚に乗せて、私の隣に座った。
火曜日の23時過ぎなので人はそんなに多くない。
「晴彦くんのバイト先、この駅なの?」
「ううん。毎回違う場所だから今日はたまたま。花宮さんもバイト?」
「そう、大体この時間」
普段ならそこまで親しくない男の子に帰る時間なんて教えないのだけど、晴彦くんと喋っているとこれくらい平気か、という気持ちになってしまう。
晴彦くんの人の良さそうな笑顔とか緩い雰囲気がそうさせているのかもしれない。
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