恋は盲目

PPP

金曜日

 奢るから飲みに行こ!と言われた時点で疑った方が良かったのに、金欠かつ愚かな私はアッサリと友人の紗香の誘いに乗ってしまった。


「じゃあ男から自己紹介しまーす」


 合コン。

 創作物の中では男女の出会いの場として当然のように出てくるそれが、本当に実在していたのだと知ったのは去年のこと。こうして付き合わされるのは、これでもう3回目になる。


 私を騙して連れて来た友人は、男性陣の自己紹介に笑顔で相槌を打っている。他の女子2人も同じような様子で、何も知らなかったのは私だけらしい。


「じゃあ次、女の子達お願いしまーす」


「はーい。文学部3年、香取紗香さやかです。今日の幹事です」


「紗香ちゃんは趣味とかありますかー?」


「一人暮らしなので料理が趣味です」


 確かにそうだけど重度のドルオタだってことも伝えた方が良いんじゃなかろうか、と思うけどそれを口や態度に出すのは野暮だ。奢ってくれるのは本当のようなので、協力はしておこう。

 絵美と柚月も自己紹介を終えて、最後に私の番になる。


「花宮七星ななせです。文学部3年です」


「七星ちゃんは趣味なんですかー?」


「琴です」


 男性陣が「え?」という顔をする。わかっていた反応なのですました顔でレモンサワーを口にする。


「琴って、楽器のやつ?」


「七星凄いんですよ〜。高校の時は全国大会とか出てたんです。学校で表彰されたこともあったよね」


「へー!すごいね!」


「琴が趣味の人、初めて見た〜」


 自分に注目が集まるのは苦手なので、自己紹介タイムが終わって早々にトイレに立つ。


 ご趣味は?──お琴を少々。

なんて定型文を作り出した奴は一体どこの誰なのか。


 祖父母の家にあったのがきっかけで、私は琴を始めた。最初はあの大きな木の塊みたいな物体から音が出るのが面白くて弦を弾いて遊んでいただけだったけど、祖母が調律をして、簡単な曲の弾き方を教えてくれると、思わぬ才を発揮した。

 小さい子は耳が良いから、楽器をやらせると上手い子が多いらしい。


 母も小さい頃からピアノをやっていたから、本人がやりたいのならと箏曲教室に入って、それからずーっと、学校の泊まりの行事以外は毎日琴に触っていた。


 席に戻って当たり障りのない会話に参加する。学校のこととかバイトのこととか、これから始まる就活やだねって話とか。話を聞いて相鎚を打って、たまに話を振られて簡単に答える。

 出会いを求めてるわけじゃないから、タイプの男性や理想のデートについては曖昧に。人数合わせであることが、何となく伝わるように。


 お店を出ると、絵美が1人の男の子と茶化されながら先に帰った。私も明日バイトだからと嘘をついて離脱する。二次会まで紗香に奢らせるわけにはいかない。

 駅で紗香にご馳走様のスタンプを送ると、すぐに電話がかかって来た。二次会に行くものだと思ってたけど、良さげなお店が空いてなくて解散したらしい。


「騙してごめんね〜」


「良いよ。前みたいに趣味でいじられなかったし」


「あの時本当酷かったもんねー。今日さぁ、向こうの幹事に柚月のこと紹介してって言われてセッティングしたんだけど、柚月別の人気に入っちゃったんだよね」


「マジ?誰?」


「ケンヤくんっていう、ほら、白いシャツ着てた人」


「うわ〜幹事の人悲しいね。あ、ごめん電車来た」


「了解。今日はありがとー」


「うん、また学校でね」


 電話を切って電車に乗り込む。金曜の夜だから混んでるけど運良く座れて、寝過ごさないよう、目覚ましアプリでバイブレーションだけ設定する。お酒も飲んだしお腹もいっぱいになって、目を閉じるとすぐに眠気がやってきた。


 ガンっという音で目が覚める。寝てたかと思ったけどまだ電車は発車してなくて、駅はさっきと変わらない。どうやら誰かが閉まりかけた電車に飛び乗ったらしい。

 「駆け込み乗車は危険ですのでおやめください」と、ちょっと怒ってる感じのアナウンスが流れて、再びドアが閉まって電車が動き出した。


 さっきの音で完全に目が覚めてしまった。ドアの方を見て、音の主を見る。後ろを向いてて顔は見えないけど、赤いパーカーを着ている男の人だ。

 この時間だと終電の人もいるから、ああやって飛び込んで来る人は少なくない。


 急行電車なので駅に着く度にぞろぞろと人が降りていく。私も次の駅で降りるので読んでいた本を鞄に仕舞う。誰かが私の前に立ったのか、視界に影が差す。

 ちょっとだけ顔を上げると、赤いパーカーが目に入った。


「花宮さん?」


 声を掛けられて更に顔を上げる。さっきの合コンにいた人だ。お店にいた時は赤いパーカーは着ていなかったから気づかなかった。

 名前も覚えてないので「さっきはどうも」としか返せない。


「花宮さんも同じ電車だったんだね」


「あ、うん、そうだね」


「もう降りるの?」


「うん、次の駅で」


「俺も俺も。各停に乗り換え。花宮さんは?」


「私は次が最寄りだから」


 電車が止まって扉が開く。一緒に外に出て、会釈だけしようと目を合わせると「またね」と言われた。

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