第2話 アラフォーバ美肉おじさん 女神には騙されない

「ようこそ、坂上紘一。わたくしは女神ダンダリエル。あなたの女神アウラとしての力が不要なのであれば、わたくしが全てを引き取りましょう」


 女は咳払いを一つして、もう一度同じセリフを言い直した。


「あなたの作ったアバター『アウラ』は、機械仕掛けの偶像として世界に認識され、四千万人分の信仰を集めました。しかしながらあなたは人間、神ではありません。このままでは四千万人分の信仰が無駄となってしまいます。そこで神であるわたくしがその信仰を有効に活用することをお約束し、あなたが集めた四千万人分の信仰をわたくしが引き取る代わりに、あなたには永遠の安息という祝福を与えましょう」


 うさんくせぇ……女神と名乗るこの女、俺を裏切ったあの女と同じ臭いがする。

 腰まで伸びた白銀の髪は真珠をまぶしたようにキラキラと輝き、瀟洒な金のティアラやアクセサリーで飾り立てられている。ボディラインをうっすらと浮かび上がらせるドレスは絹よりも滑らかで自ら柔らかく光っているようだ。

 そして何よりも


「どうしました紘一さん?わたくしが女神であることを信じられませんか?」

「いいえ、女神さま。あなたが俺の妄想の産物ではない限り、俺をあの部屋からこの場所へ一瞬で移動させたその力に疑う余地はありません。それにこの匂いと頬を撫でるそよ風の感触は、俺の妄想や夢ではない事の証左でしょう」

「では、何かご不満があるのでしょうか?」

「不満というか……では、いくつか聞いてもいいですか?」


 どうにもこの女を信用することができない。


「あなたは女神ダンダリエルと名乗りましたが、不勉強ながらその名を聞いたことがありません。あなたは何を司る女神様なのでしょうか?」

「神の名は卑小な人間に認識することはできません。時折強い信仰を持つ者が神の啓示を受け神の名を授けられることがありますが、数多いる神の一部でしかありません。それにわたくしは、地球の神ではなく異世界の神の一柱です」


 おっと……突っ込みどころがボロボロ出てきたぞ。

 明らかな地雷を避けて質問を続けてみようか。


「異世界、とおっしゃいましたが、世界は地球以外にも多くあるのでしょうか?」

「あります」

「では、俺が集めた信仰は地球人からの信仰ですよね?異世界で使えるんですか?」

「信仰は神の力となり、神の力を強めます。神はその力を使って世界を導くのです」


 言っていることに嘘はなさそうだが、真実は話していないってことか。

 よし、腹は決まった。

 論破ぶっとばしてやる。こういう女は、大っっっ嫌いだ。


「質問は以上ですか?では、あなたに集まった信仰を私に捧げると祈ってください」

「……」

「どうしました、紘一さん?早く祈りを――」

「断る」


 そういった俺の一言に、目の前の女は浮かべていた笑みを消した。


「いろいろと突っ込みたいことが多々あるが、まずは言わせてもらおう」

「な、なんでしょうか?」

「アウラの信仰はアウラの物だ。お前の物じゃない」

「ですがそれでは四千万人分の信仰が無駄に」

「お前は地球の神ではないのだろう?では、地球人の信仰は地球に還元されるわけではないのだから、どちらにしろ無駄になるだろう」

「そ、それは」

「それに、永遠の安息を与えるというがそれはどういう意味だ?」

「苦しむこともなく、悩むこともない、安息に満たされることです」

「それは死ぬこととどう違うんだ?むしろ用が無くなった俺を殺そうというのではないか?安息とは死そのものです、とか言って」

「それは違います」

「ふむ、嘘ではないのか?」

「神は嘘をつけません。神が嘘をつくことはその存在を自ら否定することになりますから」

「仮にそれが本当だとするなら、なおさらお前に信仰を渡すことはできないな」

「なぜですか!」

「お前は俺たち人間のことを卑小な人間と言ったな。人間のことを見下し、卑小だとバカにしている神に、俺たち人間を正しく導けるとは思えない」

「……」


 女は顔を伏せ、ブルブルと震えだした。


「うるさい……うるさいうるさい、うるさーーーーーいっっっ!!!」

「うるさいのはお前だ。契約は不成立、早く俺を戻せ」

「つべこべ言わずに、さっさと信仰を渡せばいいのよ!あんたはとっくに死んで魂だけの存在になっているんだから!」

「永遠の安息とはやっぱり死の事か。最悪だな……」


 俺はつくづく女運がないらしい。最悪だ。最悪すぎる。

 しかもとっくに死んでいると来た。どうせこの女が俺を殺して拉致したのだろう。俺に突然死するようなリスクは全く思い浮かばない。病死の線もないだろう。毎年人間ドッグを受け健康優良そのものだと医者からもお墨付きをもらっている。

 頭を強く打つような事故も全く思い当たらないから脳出血でもないだろうし、ここに来る直前胸の苦しさや息苦しさは全く感じなかったから心臓麻痺もありえない。


「やっぱりリアルの女はクソだな。そもそもなんでそんなに必死に信仰を強奪しようとするんだ」

「わたくしには後がないのよ!早く信仰を集めないと消滅するのよ!」

「知ったことか。お前の消滅に人様を巻き込むな」

「……こうなったら、力づくでも奪ってやる」

「力で奪えないから交渉しているんじゃないのか?」


 それ以前に交渉にもなっていない。相手にメリットを提示できない時点で交渉は失敗なのだ。この女は初めから失敗している。元外資系証券会社トップ営業を舐めるな。


「やれるものならやってみろ。そもそも俺は、初対面でいきなり相手の名前を呼ぶ女が嫌いなんだ」

「……言質は取ったわよ。これにて契約は成立した!」

「……っ!!」


 失敗した!! 神を名乗る目の前の女を侮りすぎた。


 そう思った瞬間、目の前の女の姿が膨れ上がり形を変える。

 七色に光を反射する白い真珠のような鱗を持った、巨大な蛇だ。


「愚かな人間め。魂ごとその信仰を喰らって我が血肉としてくれる」


 自分で招いた事とはいえ、この女の利になるのは癪に障る。

 徹底的に抵抗してやる。


 俺は教会の中を必死になって逃げだした。大蛇は石の柱をその太い胴体でなぎ倒しながら俺に迫る。

 とんでもないスピードだ。このままだといずれ蛇に飲み込まれてしまうだろう。


「どこへ逃げようが無駄なことよ。ほら、瓦礫がぶつかりそうよ」


 そう言って尾を一振り。へし折った柱の瓦礫を俺に向かって飛ばしてきた。間一髪よけることはできたものの、足を縺れて転んでしまう。


「ホホホホホホ!これでおしまいかしら?所詮は人間、唯々諾々と神に従っておれば、苦しむことは無いものを」


 この女、俺をいたぶって楽しんでいやがる。


「溜飲も下がったし、お前にも飽きた。そろそろ一飲みにしてやろう」


 蛇は大口を開けて俺を丸のみにしようと迫ってきた。

 ぬらぬらと光る牙がとても気持ち悪い。


「くそっ!異世界に神がいるなら、俺の世界にも神がいるだろ!神がいるなら俺を助けてくれ!」

『その願い、聞き届けたり!』


 あわや飲み込まれると思ったその瞬間、雷鳴のような声が響き渡り蛇がその動きを止めた。

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