第1話 アラフォーバ美肉おじさん、女神に拉致される
『それじゃーみんな!また来週~♪』
俺は画面の向こう側にいる四千万人のフォロワーにむけ、精いっぱい手を伸ばして手を振った。
俺が理想とする可愛い女の子の姿を、全身を使って表現する。
俺が俺の理想とする女の子のアバターを作ろうと思ったのは四年前。当時婚約までしていた女に手ひどく裏切られてから約一年後。元婚約者とその間男からふんだくった慰謝料と今までの貯えが十分にあったから、生活に困ることのない俺が何をトチ狂ったのか、女に裏切られるくらいなら自分の手で自分の理想の女性を作ってみようと思い立ってしまったのだ。
一から3Dモデリングを勉強し、何度も作り直したりブラッシュアップを繰り返し、アバター『アウラ』が完成したのは奇しくもあの悪夢から丸二年経ったクリスマスイブの夜中だった。
アウラたんマジ女神。
その時の俺はどうにかしていたのだろう。
3Dモデリングを始めるために購入したハイエンドPCとなぜか一緒に購入していたモーションシステムを部屋に設置して、体に各種センサーを取り付けていく。
壁際に設置された65型ディスプレイに映し出されたアウラが、俺の動きをトレースして動き出した。
女神や。女神が降臨成されたんや。
運動不足解消と趣味を兼ねた、声優アイドルユニットのダンスを踊る。
自分で言うのも何だが、俺の振り付けは完璧だ!
女神アウラたんは、俺の動きを寸分たがわずトレースする。
なぜかトレースセンサーと一緒に身に着けていたボイスチェンジャーを通して、なぜか完璧にチューニングされた甘いボイスで女神アウラたんは俺の大好きなアニメの主題歌を歌いだした。
調子に乗った俺は、昔から得意だった英語をはじめ大学や就職してから覚えた俺が身に着けている十か国の言語を駆使して様々なアニメソングを歌い、狂ったように踊っていた。
二時間後、汗だくでハイになっていた俺は、アップロードが終了した動画の公開ボタンを何の躊躇いもなくクリックしていた。
Vtuber『アウラ』爆誕の瞬間である。
あれから三年、十か国語のマルチリンガルとして脚光を浴びたアウラは、様々な困難を乗り越えながらもVtuberとしての活動を続け、今では世界各国合わせて四千万人のフォロワーを誇る世界一のVtuberとして成長した。
『アウラ』の名は世界に轟き、日本のフォロワーが言い出した「女神アウラたんマジ女神」というテンプレがファン有志によりアウラが駆使する十か国語に翻訳され、アウラのフォロワーはもれなく『信者』と呼ばれることになった。
アウラが有名になるにつれメディアの出演依頼などもあったがすべて断ってきた。アウラは俺が作り出したアバターとはいえ、一個の人格として認識してほしかったからだ。中の人など、いないのだ!
「アウラの中の人」を探ろうとするアンチの活動も無いわけではなかったがすべて信者たちの活動によって未然に防がれてきた。
俺一人だけでは決して『アウラ』は完成しなかったのだと、今では確信している。きっかけは俺の現実逃避と妄想の産物だったとしても、今やアウラは「女神アウラたんマジ女神」なのである。
だが、アウラの成長とは正反対に三十九歳を迎えた俺の体は日に日に衰えてきていた。週十本の動画編集のために何度も徹夜できた三年前とは違い、今では一晩徹夜すると、二日は後を引くようになっていた。
『踊ってみた』動画もキレが無くなってきて自分の満足できるダンスができるまで撮り直しすることも多くなりつつある。昔はノーカットで動画を撮っていたのに、今ではカット割りと編集でごまかしたり、結局歌いながら踊ると満足なクオリティにならないため歌を別撮りするのが当たり前になってしまった。
「そろそろアウラも引退か……」
「ならばその力、わたくしが全てを頂きましょう」
「えっ!?」
頭の中に声がした瞬間目の前が真っ白な光に包まれ、気が付くと石造りの教会のような場所に立っていた。
「ここは……?」
「ようこそ、坂上紘一。わたくしは女神ダンダリエル。あなたの女神アウラとしての力が不要なのであれば、わたくしが全てを引き取りましょう」
俺の目の前に光と共に現れた女性が、穏やかに微笑みながらそう告げた。
「アウラのほうが百億倍美人だな」
俺のつぶやきに、目の前の女は頬をひきつらせた。
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