湧起する修羅場
「……やっと、昼休みかよ」
4時間目の授業が終わり、背丈に合わない学校のイスにもたれかかった。
この曜日の午前とは、古典に日本史に生物に世界史。座学のオンパレード。
普段の状態でも退屈で睡魔が襲ってきて大変だというのに。ここに今朝、机で突っ伏して寝たせいで生まれた肩や腰、首の痛みが入ってくる。
早い話が……ここは地獄。今日は地獄に付き合ってしまう日だったようだ。
「さて、昼飯にするか――」
「おーい、道也―!」
どうあがいても絶望な首と肩の凝りをほぐしていると、照の声が。
俺に手を振る照の後ろには……弁当箱を持った若菜とちーさんの姿も見えた。
「おっ、照に若菜に、ちーさん! 一日ぶりだな!」
「お久しぶりですっ! 道也先輩!」
「あははっ。あの事件の影響で部活動が全面禁止になっちゃったからね……。こんなことをしないと顔を合わせること、できないよね」
「だから、今日はみんなでご飯を食べよう、という話になったんだよ!」
右手のお弁当を掲げ、笑顔で話している照に俺も笑みをこぼした。
正直、あの件で気が滅入っていたから大歓迎だ。2人にも会いたかったし。
「おいっす。昨日、寝落ちしちゃったミッチーくん?」
だけど、若菜の後ろに隠れていた鈴が、唐突に俺に話しかけてきた。
この調理部の集まりの場所にいないはずのヤツ。なんでお前が、ここに?
「あー、昨日は悪かったよ……って。なんで鈴がここにいるんだ?」
「そりゃボクの友だちが部活の先輩たちと昼ご飯を食べるとか言い出したからね。相手はおそらく変な奴だろうし、ボクも来てあげたんだよ」
「友だち……? も、もしかして、若菜かよ!? 若菜の友だちかよ!?」
「言ってなかったっけ? なーちゃんと同じクラスだし、友だちだって」
う、ウソだろ、若菜。よりによってピュアな若菜の友人がコイツなのか?
「そ、そうなのか、若菜?」
「はいっ。鈴ちゃん、こう見えてすっごく良い子なんですよ!」
「そうだよ。ボクは優しくて良い人だからね。おまけに天才だよ。すごいでしょ」
「おいおい、鈴。純粋な若菜に変なコト吹き込むんじゃねぇぞ?」
俺のツッコミに、鈴は首を振って答えた。
「わかってるよ。やれやれ、ボクはミッチーから信用されてないんだね」
「それよりも、さっさとご飯にしようぜ。お腹すいたよ」
「んじゃ、食べよっか! いただきまーす!」
強引に話を終わらせて、俺たちは目の前のご飯を食べ始めた。
女子4人との食事、慣れているとはいえ格別だ。見ているか世の男子よ!
「そ、そういえば、道也先輩!! あのっ!」
だけど、ちょうどご飯を食べている最中。緊張した様子で若菜が話を始めた。
「んっ? どうした、若菜?」
「これ、作って来たんです! ど、どうでしょうかっ!?」
若菜が持っている、俺の目の前には……たくさんのフルーツサンド。
何を隠そう、俺の大好物だ。といっても値が張っちゃうからそこまで食べられるわけじゃないんだけど……まさか、若菜の手作り!?
「なーちゃん、いっぱい作ったねぇ」
「はい、張り切っちゃって。で、ですけど、どうでしょうか!?」
「嬉しいに決まってるだろ! やったぜ!」
みっともないけど、教室全体に響くほどの歓喜の声をあげてしまう。
だって、そりゃそうだろ!! こんなにも天使な若菜が作ったんだから!
体の底から滾る気持ちを抑えつつ、下品にならないようフルーツサンドに手を。
「……あのさ、なーちゃん」
だけど、この場の浮かれた空気を……切り裂いたように。
口元は吊り上がっているけど、なぜか冷たい照の言葉が場に飛び込んできた。
「ちょっと多すぎるんじゃないかな。いくら道也でも食べられないよ」
「あ、ああ。それはあるかも。だけど、若菜に作ってもらったモノだし――」
「そんなことないと、思います。道也先輩もそう言ってくれてますし」
「ううん。道也が優しいだけだよ。道也のためにならないよ、絶対に」
ど、どうなってるんだよ、これ。普段は仲が良いはずの2人なのに。
互いに、口元に笑みは浮かべながらも……心の底に巨大なナニカを潜ませて争っている姿、そんな恐ろしい姿は見たことがなくて。
い、いつもは照と若菜、仲が良いはずだろ。なのに、今日はなんでなんだ!?
「お、おい、照に若菜。なんで、こんな!? ちーさん?」
今は助けを呼ぼうと。調理部のまとめ役のちーさんに助けを求めると。
――虚ろな目をしていた、ちーさんが力を失い、俺の方に倒れ掛かってきた。
初めは物理的と精神的との衝撃。直後に柔らかい、女性の感触を感じた。
だけど、力なく見上げたちーさんの死にそうな表情に。俺は言葉を失った。
「ち、ちーさん!? ど、どうしたんだよ!?」
「……あっ、ご、ごめんね。ここ最近、いろいろ疲れちゃって」
「そ、そうなんだ。大丈夫か?」
弱り果てた様子で頷いたちーさん。なんとか立ち上がらせた。
――そして、そうした俺たちの姿を。照と若菜が異様な目で見ていた。
いつも笑顔な照の眼、いつも優しい若菜の眼。いつもとは異なる目。
日頃から接している俺でも知らないような、彼女たちの側面。もはや恐怖の感情を覚えるようなソレに、俺はどうしようかと混乱して。
「かーもん、べいびー」
マヌケな声が聞こえた先には、鈴が手招きをしてるのが見えた。
鈴なら何かわかるかもしれない。ムダに頭が良い、コイツならなんとか。
藁にも縋る思い、が今にピッタリの言葉か。言われるがまま、教室を出た。
「な、なんだよ、鈴。俺はアメリカかよ」
「道也の割には世間で話題の曲を知ってるね。えらい、えらい」
「からかうのが目的なら帰るぞ。あの惨状を放置するわけにはいかないし」
「その惨状について、お話があるんだよ」
案の定、話題はアレだった。息を飲んで次の言葉を俺は待った。
「もう、めちゃくちゃだよね。ミッチーよ」
「めちゃくちゃって。そりゃそうだけど、能天気な評価だな」
「そりゃ、ボクには関係ないからね」
いつものニヤニヤ顔で、他人事な様子の鈴。相変わらずだな、オイ。
「だけど、どうしてこんなことになったんだ……?」
「わからない? ミッチーが原因なのに。無知もここまで来るとあんまりだよ」
「原因とか無知とか言われても。何が何だかわからないし」
かろうじて言葉を紡ぎ出した俺を、鈴は普段以上に呆れた様子だった。
「それは本当にそう思ってるか、意図的か無意識にか、そう思い込むことで彼女たちとの関係の悪化を防ごうとしてるか。だけど、わかった。この話はヤメにするよ。埒が明かないし、変な地雷を踏みかねないし」
「訳がわからねぇ。じゃあ、なんで変なことを言い出してきたんだよ」
「それに答えてあげるためにも質問を変えてみようか。――どうして、あの子たちと今まで以上に仲良くなろうとしてるの?」
逆に意表を突かれるほど真っ直ぐで、本質を捉えた鈴の質問で驚いた。
こ、コイツ、どこまで頭が良いんだよ。俺のコトを知っているんだ……?
「ミッチーに取り付けた盗聴器で聞いたんだけどさ。昨日の夜、調理部の人たちと夕飯を作ったでしょ。その時、やけに2人を口説こうとしてたよね」
「えっ、口説こうなんてしてない……いや、待てよ! 盗聴器って!?」
「趣味だよ。スパイみたいでしょ?」
趣味、スパイ、あっけらかんと言い切るけどさ、お前。犯罪だろ、コレ。
「あのさ、趣味で人の生活を盗み聞きするなよ! どこに付けたんだ!?」
「教えるわけないじゃん。せっかく道也と、ヘラヘラしてるようで注意深い同棲人が気づかれない場所に設置出来たんだから。あの苦労はしたくないね」
注意深い同棲人……照か? いや、同棲してないし、アイツは注意深いか?
そりゃ家事とかやってくれる以上、しっかりしてるんだなとは思うことはあるけどさ。だけど、飄々としていて抜け目がない鈴から言われるほどか?
うーん、納得できないけど。照も俺が知らないだけでそういう側面があるかも。
「もちろん、後で回収しておくよ。飽きちゃったし。あと、そこで知りえた情報はバラす気はないし、秘密は守ってあげるよ」
「それなら最初から変なコトすんなよ。んで、口説こうとしてるって?」
「文字通りの意味だよ。下手くそだけどさ、明らかに好感度を上げに行ったよね」
ふざけているようで、直向きな視線の鈴の眼は光って見えた。
別に俺は口説こうとしたわけじゃない。悪夢の2人をどうにかしたいだけ。
「単刀直入に言うよ。なんで、そういうことをしようとしたの?」
「……それは」
そんなコトは答えられない。答えられるわけがなかった。
俺は悪夢を見ていて、お前らに似た怪物に襲われて。2日目は照に殺されて。
その状況を何とかするために日常をどうにかしている。とか信じてもらえない。
だけど、鈴を納得させられるような言い訳も何も浮かばなかった。
何を話せばいいか分からず言い淀んで、顔を俯かせた俺に。鈴は静かに呆れた。
「理由は聞かないでおこうかな。だけど、やめたら? 道也には合わないよ」
「やめとけって言われても。何でお前にそんなことを言われなきゃ――」
「人の感情は複雑怪奇だよ。ミッチーに複数人の、それもめんどうくさい感情をコントロールできるだけの自覚も器量も能力もないんじゃないかな」
「わ、わかってるよ、そんなこと! そんなの――」
「わかってないよ。わかってないから、あの惨状が生まれたんだよ」
鈴の話は正論だった。俺に人の気持ちをコントロールできる器量はない。
きっと今回の惨状も俺の力が及ばず、変なことをしてしまったからなんだろう。
楽勝かも、だなんて昨日はノンキに思っていたけど。そんなことはなかった。俺の軽率な行動が変な状況を巻き起こしてしまったのだから。
だけど、繰り返すことになるけど、そういうことを鈴に話せるわけがない。
情けなくても俺は黙り込むしかできない。そんな俺に、鈴は優しい表情だった。
「だけどさ。ミッチーにはしなきゃいけない理由があるんだよね」
「……そうだよ、理由は言えないけど」
「なら、頑張ったら良いと思うよ。どーせ、言っても聞かないだろうし」
「えっ?」
「ミッチーのこの様子だと生半可な気持ちでやってるわけじゃないみたいだし。ボクはそれを確認できたら良かったんだよ。だから、オッケー」
思わず口をポカンとする俺に、鈴は普段のように不敵に笑った。
「さて、そろそろ戻ろうかな。2人の言い争いも終わっただろうしね」
「あ、ああ。そうだな。いろいろ話してくれてありがとう」
「構わないよ。ボクは中立の立場だからね」
なんだかわからない。鈴の思惑も2人の惨状も何もかもが。
だけど、今はあの状況が改善していることを祈りつつ、俺たちは戻ることにした。
「……残念だけど、今回の件はボクも不満を持ったよ。いろいろと」
だけど、最後に聞こえた鈴の言葉に、俺はまた不穏なモノを感じていた。
ナイトメア・ハーレム! ~幸せなハーレム生活を送る俺には惨劇の悪夢が待っています~ 勿忘草 @kamikaze0419
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