4日目

ちょっと不穏な日常の再開

「……朝、か」


 悪夢が終わって、現実の世界で俺は目を開けられた。

 夜中、あんな目を味わったのに。眠気だけはパッチリと覚めていた。

 気分はまるで晴れないし。何より――椅子に突っ伏して寝たから体が痛い!


 そういや、ゲームしている時に寝ちゃったんだっけ。

 顔を見上げてみると真っ先に視界に入ったモノはスリープ状態のパソコン。

 ああ、やっちまったな。今度会ったら、鈴に謝っとかないとな。いろいろと。


 しかし、どんなに眠気対策をしても悪夢から逃れることができない。

 つまり――悪夢が終わるまで、毎晩あの地獄を生き抜かなきゃいけないのかよ。

 そう考えてしまうと、不安と恐怖が込みあげた。昨日は楽勝だったけど、明日は、その明日はどうなるのかまで、わかったもんじゃない。

 俺はいつまで、この悪夢を見なきゃいけないんだ。心の中で不安と恐怖が――


「おはよー、道也ー」

「……っ!? て、照!? うわっと!!?」


 考えがグルグル回った瞬間、声が聞こえて思わず体がビクついた。

 そして、バランスを崩して……イスごと後ろにぶっ倒れた。照は何も知らない、きょとんとした顔で、そんな馬鹿げた俺の姿を見ていた。


「って、あれ。その様子、ゲームしてる時に寝落ちでもしちゃったの?」

「……あ、ああ。そうみたいだな。おはよう、照」

「もう、寝る時はちゃんとベッドで寝ないとダメだよー! 体に悪いんだし!」

「そうだな、おかげで体の節々が痛くてたまらねぇしな」


 体の痛い部分を摩りながら、俺はそう答えてやった。

 首に、肩に、腰。生活で使う部位が全滅しているじゃねぇか。やれやれ。

 

「道也の自業自得だよ。それじゃ、今日も一緒に朝ご飯を作ろうよっ!」

「体が痛いんだって、俺言わなかった?」

「えー。ここ最近、ちゃんと起きているんだから。やってもらわないとー」

「へー、へー。わかったよ」


 ……コイツ、やけに上機嫌だな。ちょっと恐ろしく感じるぞ。

 だけど、とりあえず付き合ってやるかと。痛みを耐えつつ立ち上がる。


「道也は私に感謝してるんだもんねー! ~~~♪」


 もはや不気味とも呼べる様子の照を追いかけて、俺も1階のキッチンに降りた。






 あれから普段とは1ミリも変わらない、照との日常が過ぎていき。

 時間は8時半。ちょうど、その時間に俺たちが通っている高校に辿り着いた。

 なんか悪夢を見始めてから登校時間が健全になった気がする。12時になったら強制的に眠らされるし、生活リズムを考えたら悪夢は良いことかも。


 ……まあ、他に起こる事象がすべて最悪レベルなんだけどさ。

 早寝早起きな生活リズムの代償が、怪物が殺しに来る悪夢とか釣り合わねぇ。

 なんて、下らないことを考えながら。今日も今日とて学生として教室に入った。


「うぃーす。おはよー」

「おー、道也じゃねぇか。今日も嫁さんと一緒に登校か」

「別に、そういうわけじゃねぇっての」


 教室に入って、開口一番に来た直樹の軽口をたたき落としてやる。

 まったく、童貞野郎め。異性と一緒に登校したらカップルか。ギャルゲ脳か。


「そうかな、そう見えるのかな? ねっ、道也?」

「いや、俺に聞かれても。わかるわけないし」

「おっ、この反応。お熱いねぇ。道也の野郎も照れてんじゃねぇかぁ?」

「だから、そういうんじゃねぇって! テレてもねぇし!!」

 

 それに照の奴。普段なら“嫁さんじゃないよー”って言うはずなのに。

 今日は何故か受け入れていた。俺なんかと勘違いされたら照もイヤだろうに。

 

「――ねぇ。菅原」

「うぉっと!?」


 そして、突然の詩織の声。いつも以上に俺を鋭い眼で睨みつけていた。キッ。

 もちろん普段は突然なことでも驚かないんだけど……悪夢で詩織に似た怪物を見てしまうから、どうしても現実の世界でも思い出してしまった。


“スガワラ……ドコにいるの……逃がさない、逃がさないから……”


 いろいろと昨日は凶暴だったし。もはやトラウマレベルになってるし。


「……何よ。まるで化け物を見たような顔をして」

「わ、わりぃわりぃ。突然のことでびっくりしちゃってさ。何の用だっけ?」

「ほら、アンタが頼んでたぬいぐるみ。サーバル、だっけ。はい」

「えっ。ああ、サンキュ。そ、そういや、そうだったな!」

「おいおい、マジかよ!? 本当にサーバルちゃんを作って来たのかよ!?」


 会話に割り込んできた直樹の声。そういや、お前の要望だったよな。

 完成度をホメつつ、能天気な顔で大きな耳を弄りまわしてる。ノンキな奴だ。

 しかし、このサーバルのぬいぐるみ。やっぱりカワイイな。ドコに飾ろうか――と、思いつつ。ふと、昨日の詩織が気がかりだった。


「でも、昨日にあんなことが起きたのに大丈夫か? 友だちだっただろ、彼女」

「……ベツに。しょうがないことは、しょうがないから。むしろ、こうしてぬいぐるみづくりに精を出してた方が、気分が良くなるというか」

「そうかよ。わりぃ、変な話して。何かあったら話してくれよ。力になるからさ」

「う、うん。わかったよ。その時は、お願いするわよ」


 あのコトで昨日の怪物も暴走してたし。詩織が辛いなら助けになりたい。 

 友人としても何とかしたいし、それに悪夢の難易度を下げるコトに繋がるから。


 だけど、この詩織の反応か。ちょっと不安だよな。

 詩織の性格的に大変なコトが起きたら絶対に溜め込む。見るからにそうだ。

 といっても、詩織に俺ができるコトなんて限られてるし。どうしようかな――


「あっー、道也―!? あのぬいぐるみ、この人が作っていたんだ!」


 俺が考えゴトをしていると、いきなり割り込んできた声。

 声の主は照だった。サーバルのぬいぐるみに、キラキラした目を向けた。


「いや~。前から気になってたけど、まさかこんなカワイイ女の人が作っていたんだ!? へー、そうなんだ。この人、道也に気があるんじゃない?」

「……っ!?」

「おい待て、照!? 誤解を招きかねないようなコトはやめてくれよ!?」

「だって、ぬいぐるみを作ってくれれるとかスゴイでしょ! 手間もかかるし!」


 それは、そうだけどさ。いきなり何だよ、お前は。

 やけに照のテンションが高いな。いや、この様子は何かを誤魔化してるのか。

 してること言ってることにも違和感を覚えていた。いくら照でもここまでデリカシーがないことを、ずけずけと言うことなんてなかったし。

 そんな俺が不信感を抱いていることは知らず。照が詩織の手を取り始めた。


「どうも。南雲照だよ! 道也の幼馴染なんだ! 同棲もしてるんだよ!」

「ちょっと待てや、コラ。同棲じゃない、朝と夕に俺の家に来てるだけだろ!」

「幼馴染……同棲……家事……!? そ、そうなんだ。私は吉永詩織、よろしく」

「よろしくね、詩織ちゃん!」

「……よ、よろしく。えっと、て――な、南雲さん」


 朗らかな笑顔でガンガン押しに行く照に、人と打ち解けられない詩織。

 2人とも美少女だけど……見た目も性格も対照的な2人。会話はぎこちない。


「へぇ~。このトラちゃん。カワイイねぇ。手が凝ってるし」

「……普通だと思うけど。ベツに練習でやってるだけだから大変じゃないし」

「詩織が作るぬいぐるみは最高級だからな。あと、それはサーバルだぞ」

「そ、そんなんじゃないから! 私はまだまだだから! そうだから!」


 す、すごい謙遜っぷり。そこまで手をブンブン振って否定しなくても

 だけど、確かに貰ったものは最高級だよな。作りといい、デザインといい。


 詩織が俺に気がある、ねぇ。自惚れっぽいけど、そうだったら良いのかもな。

 

「そ、それで、菅原。次は何を作って来たら良いのかな」

「えっ、やってくれるのか。詩織から言ってくるなら言葉に甘えるけどさぁ」

「俺なら、どうしようかな――」

「お前はもう良いだろうよ! また変なモノを頼むだけだろうし!」

「じゃあさ、南雲さん、だっけ。彼女の好きなモノを作ってあげようか?」


 唐突に詩織から告げられた提案。なるほど、確かに悪い提案じゃないかも。


「おっ、それはありがたいな。照はどんなモノが好みだったっけ――」


 思い返してみると、照はどんなモノが好きなんだっけ。

 照に聞こうと、彼女に振り返ろうとして……俺は気づいてしまった。




 ――黒色に濁りきった照の眼が、詩織を見据えていた。




 笑みは崩されてない、口元が上がっている。だけど、眼が笑っていない。

 ニコニコと彼女を見つつ……頭の中で、心の中で、黒いモノを考えている。

 異様にしか感じられなかった照の様子に、俺は思わず言葉を止めてしまった。


「お、おい、照……?」

「どうしたの、道也。そんな怖い顔してさ」


 俺は話しかけると、照はすぐにソレをやめて。普段の笑顔に戻った。

 ニコニコと。今度は裏表がない笑顔。真ん丸の眼が俺を見据えている。


「いや、なんでもない。それより、ぬいぐるみは何が好きかって話だけど」

「うーん、やっぱりクマさんかなぁ。ほら、カワイイよね。クマー!」


 両手を広げて、“がおー”と言いたげなジェスチャー。クマのつもりかよ。

 だけど、ほんの数秒前までの異様な空気を感じさせないようなソレに……違和感と、ある種の安心感を抱きつつも、俺は納得するしかなかった。


「というわけだ、クマさんを頼むぜ。できる限り大きいの、大丈夫か?」

「わかったよ。菅原の頼みなら頑張ってみる、から――」



 ――キーン、コーン、カーン、コーン



 詩織の話が終わるとチャイムが。教室が少しでも確実に変わる瞬間。


「んじゃ、照。放課後にまたな」

「おお、今日は一緒に昼ご飯を食べようよ。ちーちゃんもなーちゃんも来るよ!」

「マジか。そうなのか。んじゃ、俺の席で待ってるぜ」


 席に戻ろうとする俺と、教室を出ようとする照がすれ違う。その瞬間だった。


「――道也は、このクラスでも仲良い女友だちを作っていたんだね」


 ぼそっと。去り際に呟かれた照のその言葉に、俺は何故か寒気を感じていた。

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