夕暮れ時の分かれ道
「おーい、道也~。遅いよ~」
「ういーっす。遅れてすまん、出かけてさ」
照の元に辿り着いたのは集合時間の10分過ぎだった。
急かすように手を動かしているあいつの元に俺は駆け足で向かった。
「ふーん。今までどこに行ってたの?」
「ショッピングモールだよ。高校から数駅で行けるあそこ」
「へぇ。そうなんだ~」
ショッピングモール、と聞いて改めて詩織のことを思い出す。
あれから何とかしようとしたものの、結局あの微妙な空気は晴れないままお開きになったんだよな、デート。
いや、デートとは言えないものだったけど。失敗だよなぁ……あれ。
果たして、どうすれば良かったのか。詩織が変な思いをしなくてすんだのか。その辺、やっぱり俺ってデリカシーというものが――
「それでさ、誰と行ってきたの?」
「えっ?」
――照の、綺麗でまんまるとした瞳が俺を見据えている。
表面上では笑みを浮かべていたけれど、ぜんぜん笑っていなかった。
「誰とって、何でそんなこと聞くんだよ」
「道也がそんな場所に一人で行くなんて考えられないよね」
「…………」
確かにそうだ。俺はすることないなら出かけず家に帰るタイプ。
だから何の用事もなく1人で行くことはおかしいと思われても仕方がない。
だけど、別に隠すことはなかった。単にクラスメートの詩織とぬいぐるみの材料を買いに行ったり、ご飯を食べたりしただけ。……そのはずなのに。
何故か本当のことを、詩織と2人でいたと言えないような空気があった。
俺にその理由はわからない。だけど、確かにそれが存在しているようだった。
「えっと、直樹と一緒に出かけたんだよ」
そうして咄嗟に出てきたのが嘘だった。
何を言ってるんだろ、俺。本当のことを言えば良いのに。
「ふーん。その割には元気なさそうだけど」
「元気ないというか疲れてたんだよ。あの馬鹿に連れ回されたからな」
一度誤魔化したら、なし崩しで話を進ませるしかなかった。
……そうだった。照は時々怖くなることがある。こんな感じに。
「そっか。じゃあ大丈夫だね!」
だけど、そんな照が次に見せたのは、いつものような笑顔。
良かった。とりあえず何とかこの場は収められたみたいだった。
「じゃあ、買い物に行こうよ。今日は何が食べたい?」
「照が作ってくれる料理なら何でも良いぜ」
「そういうのが困るんだよ! 献立考える身にもなってよ!」
「そうか。んじゃ……カレーだな。カレーが食べたい」
「りょ~かい!」
その後は仲良く会話をしながらあれこれ買い物をする。
やっぱり俺と照は夫婦みたいなのかもしれない。不本意だけどさぁ!
「いっぱい買ったね~」
「そ、そうだな。でもさ、多くない!? 袋山盛り3つだぞ!?」
「一週間分買ったからね~。金曜市やってて安かったし」
「それはいいんだけどさ、持つ側の俺のことも考えろよ!」
買い物の荷物は俺が持つ。多くの野菜と肉、その他もろもろの重みが辛い。
「そんなので弱音吐かないでよ。男なんだからさ」
「男女差別だ!」
男女といえば……あのこと、照に話してみようか。言葉を濁してだけど。
「あのさ、女子の友情ってどうなってるのかな」
「どしたの、急に」
「いやさ、野郎と比べて陰湿って聞くじゃん? 無視とかいじめとかさ」
「無いといえば嘘になるけど。全部がそうじゃないと思うけどなぁ」
「そうなのか。例えば俺が気持ち悪いとか調理部のみんなに言われたりとか」
「最初は変な人とか言われてたりもしたけど、今はそんなことないよ!」
変な人と思われていたのか。自分から言っておいてショック。
「大体さ、男子が色々なように女子も人それぞれなんだよ」
「まあ、そりゃそうか」
「そうそう。滅多なことで陰口なんて――」
「――あいつマジでキモいよねぇ~」
「――ほんとほんと。消えちゃえば良いのに!」
照の言葉を塞ぐように、通りすがりの女子中学生の悪口が飛び込んだ。
「……ちょっとあるかな。やっぱりアレな人もいるし」
「そ、それもそうだよな」
「でも調理部にはいないよ。というか、嫌われそうな子っている?」
強めの口調で聞かれて、思わず悩む。うーん、思い当たるのは。
「うーん、わ、若菜とか?」
「なーちゃんが!? なーちゃんのどこが嫌われるって!!?」
「い、いやさ、女子ってあーいう子が苦手そうだなって」
「そんなことないよ。なーちゃんはうちのマスコットなんだから!!」
……そうなのか。意外だった。
男子には文句無しで可愛がられるタイプだけど、女子には嫌われるかもしれないタイプだと勝手に思ってたんだけど。
「他には、ちーさんとか。リーダーぶっててーとか」
「ちーちゃんになんて、そんな恐れ多いよ!!」
「お、恐れ多いってなんだよ」
「調理部をやる上で、火の元とか食中毒とか色々と面倒なことを全部やってくれてるんだよ。もう頭を向けて眠れないね!」
「それを言うなら足だろうが! てか、そんなことしてたのか。まあ、ちーさんって、そういうとこ几帳面だしなぁ」
確かに調理部の活動をする上で面倒なことってあるよな。そりゃ
そういうのを知らないところでやってくれてたのか。気づかなかった。
「まあ、でも本当に考えてることは、私にも誰にもわからないんだよ」
頷く俺に、照はどこか遠くを見据えたような目でこんなことを告げた。
「……そうなのか」
「うん。みんな心の中に闇を抱えてるんだから。誰にも言えないような」
“周りに自分が違うことが知られたら糾弾される。他人に気に入ってもらえなければ孤独になる。そうして人々は知られないように己を隠すようになる”
照の言葉を聞いて、不意に思い出されたのは悪夢の怪物が話した言葉。
そうだよな。人には触れられたくない部分だってあるよな。詩織のあれも俺が何も考えずにあれこれ言ったせいだからだよな。
「まあ、ちーさんのやってる作業、俺も手伝うかな」
「それもそうだけど、たまには家のこともやってねー」
「りょーかい。俺にできることならやるよ」
その後は、何の変哲もない世間話に話題は変わって。
遠い向こうの夕日が照らしている道を、俺と照と一緒に歩いた。
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