劇スタ丼と気まずいな空気

 この時間帯のフードコートは、意外と人は少なかった。

 子供連れの主婦と老人と学校帰りの学生と、それだけ。席はガラ空きだ。


「な、何を食べようか?」


 そんな余裕のある空間とは裏腹に、俺の心臓は高鳴って余裕はなかった。

 ここにいるのが直樹なら良い。女性でも照なら気心を知れてるから楽だ。

 だけど、相手は詩織。今はこうして俺みたいな陰キャにも慈悲深く接して頂いてるが、俺にとっては雲の上の存在、立派なリア充だった。

 きっとス○バとかで一杯500円のコーヒーとか飲んでるに違いない。

 いや、リア充の生態なんて知らないけど! ド○ールかもしれないけど!


「菅原は、いつも何食べてるの?」


 疑心暗鬼になって色々と考えてると、詩織からこんな言葉が飛んできた。


「フードコートの、あそこの劇スタ丼だな」


 焦っていた俺は、咄嗟に直樹とよく行ってる店を指した。

 劇スタ丼。俗に言う、スタミナ丼のお店で、店の看板商品でもある。

 “激”ではなく“劇”なのは、劇薬から取っているらしい。その名前に恥じないほど、ニンニクと生姜と肉とが、これでもかと大量に投入されている。

 男子高校生にすら手に余ってしまう、そんな食べ物を俺は紹介していた。


「…………」


 そんな代物を勧められて、すっかりフリーズしてる詩織。

 馬鹿じゃねぇの、俺。照にすら食べさせようとしたことないのに!

 よりによって、何でリア充女子の権化でもある詩織に進めるんだ、俺は!!


「じゃあ、それにする」

「……はい?」


 この失態をどうすれば――と、思いきや。

 詩織からの想定外の返答に、またもや俺の頭が混乱してきた。


「いや、いやいやいや。やめとけ、女子高校生が食うもんじゃない」

「別に、大丈夫だし。女子高校生だって、そういうの食べるでしょ」

「ニンニク大量だぞ。めっちゃ味付け濃いし、量多いし、あと劇薬だし」

「うっ。けど、そういうのも、食べてみたい気もするから。……そ、それに。菅原が食べてるもの、あたしも食べてみたいし」

「えっ、何でだよ」

「何でもない! と、とにかく良いでしょ!」


 ……詩織の奴、やけに頑固だ。ここまで言われるとしょうがないか。


「わかった。その代わり、ブレス○アとか用意しとけよ!」

「う、うん。最初からそのつもりだけど」


 互いに若干焼けになりつつ、俺と詩織は数人の後ろに並んだ。

 列で待ってる間、周りの視線が怖い。ああ、傍から見たら女性連れてるのにデリカシーの欠片もない店に行ってる馬鹿になんだろうなぁ。

 そんな事を考えながら、少し待っていると俺たちに順番が来た。


「注文どうぞ!」

「あっ、はい。激スタ丼大盛りと」

「み、ミニサイズの、1つ」

「はいよっ」


 注文して少し経過すると、俺には見慣れた劇スタ丼がやってきた。 


「うえぇ。ニンニクの匂いがすごい……」


 大量のニンニクと、ほんの少しの肉の香りを漂わせる丼を載せたお盆。

 それを持って、2人用のテーブルで向かう合うように座る。ちょっと恥ずかしい。


「だから言ったろ。女子が食べるもんじゃないぜ」

「まあ、でも頼んじゃったからには食べるし。あっ、案外いけるかも」

「マジで!?」


 予想外の反応をされた。い、意外だ……。

 ひとまず胸の支えが取れた俺は劇スタ丼を口に。うっ、ニンニクが。

 いや、美味しいんだけどさ。美味しいんだけど、ヤバイんだよな。


「ねぇ、菅原」

「どうしたよ」

「菅原の友達……えっと、倉本だっけ。普段はどういう会話してるの」


 普段の、あいつとの会話?

 それを聞いて何になるんだと思ったけど。どこか真剣そうな眼差しでこちらを見つめる詩織に、そう問いかけることは出来なかった。

 といっても、あいつとはどんな話をしてるかなんて、この前は――



『はぁ!? あの中で最高に可愛いのはこよみお姉ちゃんに決まってんだろ! ルート終盤で主人公が風引いた時のエプロン姿での看病CGとかヤバスギだぜ!』

『いやいや、いやいや。分かってないなぁ道也くん。ハナちゃんが尊みヤバイんだって。お前、あれだよ!? ロリでツンデレで、彼女になったらヤンデレだぜ?』

『はぁ、ロリコンが。お姉ちゃんの魅力がわかんねぇのか』

『でも人気は彼女が上だぞ。万年ビリッケツに勝てるわけ無いだろ!』

『馬鹿野郎、人気が高かろうが低かろうが好きなもんは好きなんだよ!!』

『あっ、馬鹿野郎って言ったな? なら男同士の命をかけて勝負するか!?』

『上等だコラ! 最かわなのはこよみお姉ちゃんだってわからせてやる!』



 やっべぇ。この前の俺たち、クソみたいな会話しかしてねぇ。


「ど、どういう会話って……日常の話とか、ゲームの話とか」


 とりあえず大それた嘘は言わずに、精一杯言葉を濁して返答する。

 流石に今の会話を一語一句伝えようとは思わなかった。


「ふぅん」


 詩織には、どこか含みのある返答をされる。

 疑いというよりは何か思うことがあるような、そんな様子だった。


「それじゃ、来る時は毎回これ食べてるの」

「毎回は無理だよ。だけど腹が減ってる時はこれ一択だな。あと男のプライドを賭けて早食い競争をする時とか、かな」

「お、大食い競争って……これを。大丈夫だったの、あんた達」

「大丈夫じゃなかったぜ。劇スタ丼大盛りを早食いしてさ、直後に二人で腹壊して、トイレに駆け込んだな……。個室が一個しか空いてなかったから揉めて――」

「ふ、ふふっ。あははっ、なにそれ!」


 まさかここまで笑われるとは。物珍しいのか、野郎の馬鹿騒ぎは。

 しかし、こうして詩織が思いっきり笑ってる姿を見ると――なんというか。


「やっぱ詩織は笑ってる方がかわ……なんか良いと思うぜ!」


 こんな感じだ。整った顔立ちの上、いつもは愛想笑いかむすっとした表情の詩織だったから、なおさらそのように見えていた。

 まあ、可愛いと言う度胸は俺にはないから、何とか誤魔化したけど!


「うえっ、い、良いって……そんなこと、ないと思うし!」


 俺が恥ずかしさで悶々としていると、詩織も顔を真っ赤にしている。

 何でかは分からないけど、とりあえず気持ち悪がられてないから良かった。


「でも、羨ましいな。そんな友だちがいるのは」

「何言ってんだよ。詩織にだって友だちいるだろ。それもたくさん」

「……っ」

「まっ、女子グループだし俺らみたいな馬鹿共じゃ――」

「ううん。そんなんじゃないよ」

「えっ?」


 俺の言葉を遮ってきた詩織は手を止めて、曇った表情で俯いていた。

 えっと、どうしたんだ。困惑する俺に詩織が言葉を続けてくる、


「友だちじゃないよ。友だちだけど、友だちじゃない」

「……そっか」

「あっ、ご、ごめん。変なこと言っちゃって……」


 どうやら触れちゃいけないところに触れていたみたいだ。

 デリカシーなかったか、さっきの俺。常日頃から照にもそういうこと言われてるだけに、心配になった。

 辛そうな詩織に気の利いた言葉でもかけようかと考えたけど、思いつかず。


「悪い。この話はなしにしよう。それよりも今日の授業でさ――」


 そんな俺が出来たのは、どうにかするため話題を変えることだけ。

 これは上手くいって、その後の会話はぎこちなくも普通に続いた。

 だけど、あの詩織の言葉はちょっとだけ、でも確かに影を落としていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る