天才美少女ゲーマーN!

 5時間目の日本史、6時間目の世界史、そして帰りのHR。

 学生にとって帰りのHRは、朝以上に疎ましいものだった。

 ――どうでもいいから早く帰らせろや、ハゲ。

 そんな生徒たちの見えない圧力なぞ気にすることなく、担任は話を進める。


「連絡ですが、昨日の4時頃、学校近辺で不審者が目撃されたようです。ですから、下校の時は友だちや部活の仲間と複数人で帰るように心がけて……」


 それにしても、不審者ね。

 なんか今日は嫌なニュースを耳にすることが多いな。

 朝のニュースは連続傷害事件をやっていたし、なんだか不吉な予感がするな。


「これでHRは終わりです。みなさん、さようなら」

「うしっ、帰るか」


 学校が終われば、これから照と一緒に帰るのが日常。

 だけど、照は調理部に所属していて、今日はその活動日で。

 それが終わるまで待つ必要がある。この状況で行っても迷惑になるし。


「おーい、道也。放課後、暇か?」

「ちょっと待ち人が居るから、それまで暇だぜ」

「ちっ、このリア充め」

「うっせーよ」


 そんなところに都合よく、直樹からのお誘いが来た。


「じゃあ俺の部活んとこ行くか?」

「そうさせてもらうわ」


 そして、その後に直樹の跡を追いかけるように教室を出た。

 行き先は、もう何回も行っている場所だから分かりきっていた。




 独特な雰囲気のあるパソコンルーム。

 そこは、放課後は“電子機研究部”という部活の活動場所になっていた。

 活動内容は、現代における電子機器の研究をするという仰々しいもの。


 といっても、実際には大したことをやってないんだけどさ。

 適当にゲームしたり、時にはエロサイトを見たり、エロゲーをしたり。

 早い話、どこの高校にもある文化部のオタクやゲーマーが集まる巣窟だ。

 俺はそこの非正規部員だ。ちなみに正規と非正規に格差はない。部員皆平等。


「やっほー、ミッチー」


 訪れた俺に、だるそうに手を振ってくる小柄な少女がいた。

 宮本鈴みやもとすず。こいつを一言で表すなら“だらしない”。それに尽きる。


 栗色の雑多に伸びきった髪の毛に、どこまでも緩んでいるその顔立ち。

 制服はサイズが合ってないのか合わせてないのか、指先だけしか出てなかった。

 だけど不潔さを感じさせず、ある程度の可憐さは残していたりする。

 その姿は、素材は良いるのに、後から人工的に崩されているように見えた。


「おっーす。今日もだらしねぇな」

「まあな。ほらほら座って」

「わーったよ。ほい」


 椅子に座ると、鈴が俺の膝へ頭を乗せてきた。要するに膝枕だ。


「よいしょっと。うん、良い感じ。ちょっと硬いけど」

「お前、人の膝を勝手に使うなよ」

「僕とミッチーの仲じゃん~。気にしないでよ~」


 悪びれることなく頭を擦り付ける凜に、溜め息を吐く。

 というか、ミッチー呼びかよ。……先輩なんだけどな、俺。

 俺もゆのねぇに同じことしてるから人のこと言えないんだけどさ。


「って、お前。やっぱり新発売のゲームは購入してたのか」

「そだよー。そりゃボクって天才美少女ゲーマーNだし?」

「天才とか美少女とか、自分で言うのか……。てかNってなんだよ」

「Not in Education, Employment or Trainingの先頭文字」

「おおう、すっげぇ饒舌な英語の発音……って、NEETのことじゃねぇか!」

「ボクにぴったりでしょ?」

 

 そりゃそうだけど。そこまでドヤ顔でいうことじゃねぇぞ!


「まあゲームは面白いよな。俺もそろそろクリアだぜ」

「ほっほう。もうボクは全クリしちゃったよ」

「なん……だと……?」


 あれ、かなりのボリュームがあったぞ!?


「ノーマルだけどね、今から最高難易度に挑む予定~」

「早すぎるだろ。……ちゃんと寝てんの?」

「もちろん全徹だよ。おかげで授業中は爆睡しちゃった」

「おいおい、授業は真面目に受けろよ」

「えー、どうせミッチーも寝てたんでしょ~?」

「決めつけは良くないぞ。俺はちゃんと起きていたぜ!」


 ……2時間だけ、だけど。

 午前は三時間、午後も5時間目は寝てしまった。

 日本史は比較的好きな科目なんだけどな。面白いし。


「それに学校の授業なんて、5分でわかることを50分も費やしてるし」

「いいか、そういう風に感じるのはお前だけだからな」

「ボクはマキシマムでハイパーに優秀だからね。この前のテストも学年1位だし」


 ……そうなんだよな。

 こいつは底なしの不真面目なのに勉強だけはできる。

 神さまって本当に不公平だ。こいつの学力、他の人に分けてやれよ。


「それに真面目にするってアホらしいよね」

「アホらしいって、そんなわけ――」

「真面目に生きたところで学校ではイジメられるリスク、そんな中で必死に勉強して良い大学に行って良い会社に努めてもいつまでも安心できない。競争、パワハラ、ブラック労働。この前も過労死したニュースがあったよね、東大卒の大企業勤めが」

「…………」

「だからボクはもう諦めた。この世界で幸せに生きるなんて」

「高1で何を言ってんだよ……」


 暗い、暗すぎる。

 言ってることは分かるが、斜に構え過ぎじゃないか?


「頭が良いと分かるわけ。快楽が決められたゲームに浸ってたほうがマシだって」

「そんなに頭が良いならさ、その力で何かしようと思わねぇの?」

「うーん、それもそうだね。なら振り込み詐欺で稼ごうかな?」

「ちょっと待て! 普通にガチの犯罪じゃねぇか!」

「あれって儲かるみたいよ。適当にジジババ騙して数百万。下っ端使えば自身が捕まることはない。どう、一緒にやってみない~? 配分はちゃんとしてあげるよ~?」

「詐欺とかやって金持ちになるくらいなら、貧乏人でけっこうだ」

「おおー、さすが生粋の善人だね。ミッチー」

「善とか悪とか、それ以前にそういうのが気に食わない性分なんだよ」


 吐き捨てるように言った自分の言葉に、嘘はなかった。

 誰かを傷つけてまで、誰かを不幸な目に合わせてまで、自分の利益を得ようとする奴は大嫌いだったし、そんな輩に俺は何が何でもなりたくない。

 社会を知らない馬鹿な学生の発想なのはわかってるけど、これは譲れなかった。

 

「でも、ミッチーの馬鹿みたいに真っ直ぐなところ、良いと思うよ」

「おおう、頭の良い奴特有の皮肉やめろや」

「皮肉じゃない、本音だよ。憎らしいほど羨ましいね」


 高そうなイヤホンをつけて、鈴はゲーム機を取り出して向かった。

 こうなると、こいつはどんなに話しかけようとしても反応しなくなる。

 本人が言うには、自分の世界に引きこもっているから、なんだとか。


「……それにしても、諦めた、ね」


 遠くを見つめて呟いた鈴の姿が目に浮かぶ。

 俺の一個下で、これ。こいつは今までどんな人生を送ってきたんだ?


「おい! 昨日の見たか!? 超良かったよな!」

「わかりみあるわ~。あの二人の変身バンク、めっちゃ尊かったわ~」


 そんな俺の耳に、向こうの方に居たオタクたちの会話が入ってくる。

 内容から察すると、日曜の朝八時半に放送されている小さい女の子&大きなお友達向けアニメの話だろう。

 尊みだとか分かりみだとか、あの人種が持つ特有の変わった言語を用いた激しい会話が色々と続けられていた。


「…………」


 こんな場所に来ておいてなんだが、俺はライトなオタクである。

 恥ずかしいからラノベを一般の本に挟んで買いに行ったり、アニ○イトに行くだけでも抵抗があったりする、羞恥心を捨てきれてないオタクだ。

 だから、あんな典型的なディープな奴らはちょびっとだけ苦手だったり。

 でも、あれほど語り合えたら楽しいだろうな。自分の好きなものを好きなだけ。


「ゲームでもやるか」

 

 暇な俺は、鞄の中に潜ませていたゲーム機を取り出した。

 あのゲームの続きをしなきゃな。早めにクリアしておきたいし。

 そう思って立ち上げる。膝の上で寝転ぶ鈴はちょっと嬉しそうに見えた。

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