昼下がりのお姉ちゃん
1時間目、古典。宣言通り寝ていた。
2時間目、英語。これも寝た。俺は日本人だ。
3時間目、数学。眠くないけど寝る。三角関数ってなんだよ。
4時間目、体育。体を動かすのは好きだけど、空腹がキツかった。
「あー、腹減った」
まともで真面目な午前の学校生活を終わって。
体操着から着替えた俺は、お待ちかねの昼食に楽しみにしていた。
「直樹、一緒に食おうぜ」
「わりぃ、今日は委員会なんだ」
「そうか。頑張れよー」
と、思っていたら……肝心の直樹は用事があったらしい。
図書委員会に入ると2週間に一度、当番で昼休みが潰れるようだ。
面倒臭そうな様子で去っていく直樹を、俺は手を降って見送った。
「……はぁ」
さて、どうしようか。
直樹を除くと、他に弁当を食べるほど親しい友人が俺には居ない。
こういう状況になると自分の交友関係の狭さが悲しくなったりする。
……仕方ない。その辺で一人寂しく食べてるか、弁当箱を取り出した時。
『今日、一緒にご飯を食べない?』
LINEが来た。文面から送り主はすぐに分かった。
『いいぜ、今すぐ向かうよ』
そう返すと、すぐに俺は弁当箱と水筒を持って教室を飛び出した。
「ふぅー、今日も晴天、晴天」
重々しい扉を開けた途端、爽やかな風が突き抜けていく
空には薄い雲が1つ。どこまでも清々しい空気が広がっている。
――ここは屋上だ。
なんと、この高校では珍しいことに屋上を開放していた。
身長の二倍のフェンスが設置されているが、高校周辺の景色が堪能できる。
といっても、周りは乱雑な自然と無機質なビル群のみだけどさ。
それでも見下ろしてみると、普通じゃ味わえない感覚があるのだから不思議だ。
「やっぱり今日も人がいないな」
そして、学生にとっては隠れた穴場でもあった。
教室からここまで来る学生は少ないのか、数えるほどしか人が居ない。
人々の喧騒を忘れて、ゆっくりと食事を楽しむのに最適な場所ってわけだ。
そして、この屋上の端には……灰色で、底冷えた扉がある。
高校生ともなれば、倉庫なんだろうとか先生たち専用部屋なんだろうとか、色々察しがついて開けようとするどころか近付こうともしないような、そんな扉。
しかし、ここは俺たちの隠れ家。鉄のドアノブを回して扉を開いた。
部屋の中には、古びた看板やらダンボールやらモノが雑多に置かれていて。
「おはよう、道也くん」
それと、黒髪をストレートに伸ばした、とびっきりの美人。
精錬された顔立ちには優しさと大人っぽさが入り混じっているようで。
俺を見つめている瞳は、全てを見透かすような黒と赤がかかっていた。
「よっ、ゆのねぇ!」
「道也くん、学校では優乃先輩でしょ?」
「俺にとってはゆのねぇなんだよ。どんなになっても」
顔を小さく膨らませて叱るゆのねぇに、強く言い切る。
ゆのねぇというのは小さい時に呼んでいたあだ名。実にシンプルな名前だ。
でも本人は嬉しくないみたいだ。威厳がなさそうだから、とは本人の談。
部活ならともかく、学校での関係なんだから拘る必要はないのにな。
だから俺は呼び続けていた。ゆのねぇも本気で止めようとしなかったから、いつしかこの会話は会った時のテンプレになっていた。
「ほらほら食べようぜ。腹が減ってヤバいからさ」
「……もう。それじゃ食べましょうか」
「いただきまーす!」
「はい、いただきます」
簡単に挨拶と手を合わせた後に弁当を広げる。
俺の弁当は……もちろん照が作ってくれたものだ。
あいつ曰く「一人分も二人分も作る手間は変わらないから」とのこと。
メニューは、おにぎりに卵焼きに唐揚げ、冷凍食品の野菜和え。弁当らしい。
「そちらのお弁当、美味しそうね」
「……そうだな。ゆのねぇも負けてないけどな」
そして、ゆのねぇの弁当箱は、重箱が二段もあった。
それに見合った無数の食材。だけど何故かすべてを平らげるんだよな。
あの細くしなやかな体に、こんな量の食事が入るんだから驚きである。
こんな食事を続けても太る気配なし。胸に栄養が行ってるのかな、でかいし。
「呼んでおいてなんけど、道也くんには他に食べる人はいなかったの?」
「友だちが委員会でさ。ちょうど1人の時だったから来たんだ」
「そうなの。照ちゃんはダメなのかしら?」
「照にも付き合いがあるし。俺みたいな野郎が行くわけにいかねぇよ」
「ふふっ。それもそうね」
そう言って、軽く笑いあった。
ゆのねぇとの付き合いの長さは、幼馴染である照と匹敵する。
昔は近所の大きな家に住んでいて、照と一緒によく遊びに行っていた。
その頃のゆのねぇは“神童”とか大層な名前で呼ばれるほど優秀で、同級生の友だちが1人もいなかったみたいで……だけど、俺たちとは仲良くなって。
それから関係が続き、高校生になっても時々お弁当を食べるほど仲が良いのだ。
「はい、あーん」
突然、目の前に箸に挟まれた卵焼きが運ばれてきた。
あれだ。恋人同士がする、相手に食べさせてあげるあれだ。
何だろう、すっげぇ恥ずかしい。でも、ゆのねぇはノリノリである。
……うげぇ、恥ずかしいし断りたい。
表情は笑顔。だけど、俺に有無を言わせない空気をひしひしと感じていた。
「……あーん」
しょうがないから口に入れることに。
うん、美味しい。ふんわりとした甘さと食感だった。
「どう?」
「美味かった。甘くてさ」
「良かった。私の自信作だったの」
「……そ、そうなのか」
「もしかして道也くん、照れてるの?」
「うっせーよ! それよりもさぁ」
恥ずかしくて声を荒げた俺は、他の話題を強引に切り出す。
それからは、昼ごはんを食べながら世間話を互いに交わしていった。
昔のこと、学校のこと、勉強のこと、その他……。
話しているだけで心が穏やかになって、時間はどんどん過ぎていき。
何の変哲もない平凡な日常。ああ、なんて――
「平和だよなぁ……」
「そうかしら?」
呆然と呟いた俺の言葉を、ゆのねぇが切り捨てる。
びっくりした。食べようとした唐揚げ、落としちゃったぞ。
「表面上はまともに見えていたとしても、実は脆かったりして」
「えっ、何を……?」
「あの美しい富士山にだって、地下には煮えたマグマが眠っているでしょう」
「そ、そりゃ、そうだけどさぁ……」
困惑している俺を傍目に、ゆのねぇが緩く微笑んだ。
それは、ただの冗談、大したことじゃないと言い聞かせるもの。
だけど、話している時のゆのねぇは遠くのどこかを見ているようだった。
昔から、こういう性格なんだよな。天然というか。
誰も分からないことを考えていて、悟ってるような感覚の中にいて。
目の前に存在しているのに、俺が住む世界とは別の世界にいるようで。
「…………」
とりあえず、さっきの唐揚げを口に入れる。
弁当は空っぽになった。水筒のお茶も飲み干した。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした。ちょうど良く、お昼休みも終わりそうね」
部屋にある時計を見ると12時50分。あと10分で5時間目だった。
ゆのねぇと話してると時間を忘れるんだよな。本当に、すごいことに。
「ふぅ、お腹いっぱい。それじゃ教室に戻るか……」
「午後の授業は真面目に受けるように、わかったわね?」
「うぐっ。……へー、へー、考えておくよ」
痛いところを突かれて、軽く受け流す感じで返事をした。
午後の昼下がり、食後という眠くなる時間に授業で寝るなとか。
ダ○ョウ倶楽部の「押すなよ、絶対に押すなよ!」と同じことだからな!
そう思いながら、部屋を出ていこうとする。五時間目は日本史だっけ。
「頑張ってね、道也くん」
後ろから聞こえたのは、至って普通の励ましなのに。
ゆのねぇの達観したようなあの言葉が……心に引っかかっていた。
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