ぬいぐるみとツンデレ少女
いつもの満員電車を乗り継ぎ、坂道の多い通学路を越え。
辿り着いたのは、俺たちの通う――伝統と名ばかりの古い高校。
開いたコの字型の、大きい校舎に俺たちを含む多くの人が向かっていた。
「んじゃ、帰りにまたね!」
「おう」
照と別れた俺は、自分のクラスの教室に入っていく。
教室内は、始業時間すれすれだからか生徒で賑わっていた。
……しかし、何とも窮屈なところだよな。
動物園の猿山にいる猿だってもう少し自由に生きているんだぜ?
学校が嫌いなわけではないけど、教室という空間を俺は好きになれなかった。
「はよっす」
「ああ、おはよう。直樹」
席に座る俺に話しかけてきたのは、中学からの友人の倉本直樹。
髪は寝癖でボサボサで、制服もしわくちゃとだらしない外見をしている。
せっかく中身は悪くない奴なのに、もったいないとは思う。
「てかさ、寝癖くらい直せよ。ひどいぞ」
「おいおい、そんな時間あったら寝てた方が良いって」
「……確かに。それはあるな」
ちなみに直樹も俺と同じで朝が弱い体質だ。
むしろ今日は早い方で、遅刻も直樹には珍しい話ではなかった。
去年は遅刻が二桁いったわー、とか自慢風のとんでもない自虐をしてきたっけ。
「でもお前は普通に起きれてるんだよな」
「そりゃあ……」
「あー、俺にも起こしに来てくれる可愛い嫁さんが居ればなぁ!」
「ばっか! 何度も言ってるけど、あいつとはそういうのじゃねぇよ!」
直樹のウザいニヤケ顔に俺は殴りかかる真似をした。
といっても、こうして俺と照の関係でからかわれるのには慣れている。
でも、それでも恥ずかしさというか、高校生として複雑な気分は隠せなかった。
「あ、それで思い出したんだけどさ」
「何だよ」
「吉永のこと、良いのか?」
そう言われた時、右方向から突き刺さるような視線を感じた。
「…………」
視線の先には――目付きが鋭い美少女。
肩まである、緩やかな波を描いた金髪を弄りながら俺を睨みつけている。
その顔つきは厳しいものだったけど、敵意とか冷たい感情は感じられない。
そんな彼女が俺と視線が合った時、いきなりづかづかとこちらに向かってきた。
「おそいっ!」
開口一番、切れ味が良い言葉で言い放たれた。
それを俺は困惑を隠すような引きつった愛想笑いで答える
彼女の名前は吉永詩織。ある理由から関わることが多いクラスメートだ。
「えっ、えっ、何が?」
「ウサギのぬいぐるみ。忘れてたの、菅原?」
「えっ、あっ、忘れてた!」
そして、即座に思い出した。詩織に約束をしていたことを。
「すまん! 今の今まで頭の中から抜け落ちてた!!」
「別に。あたしもさっき来たばっかだったから構わないけど……」
「こいつ、30分前から教室で待ってたみたいだぜ?」
「そ、そういうこと言わなくても良いでしょ! 何でアンタが知ってんの!?」
それを聞いて、ひたすら頭を下げた。
頼んだのは俺なのに、待たせるような真似をして……。
「だから、そういうの良いから。はい、これ」
詩織が、こほんと可愛らしい咳き込みをする
綺麗な薄い布と桃色のリボンで包装された小さな袋が手渡された。。
俺はそれをまじまじと見つめる。なんか女の子っぽいデザインだ。
「開けてみても?」
「……どうぞ」
本人の許可を得たので、丁寧にリボンを解き袋を開ける。
袋の中から真っ白のウサギのぬいぐるみが顔を出してきた。
手のひらに乗るくらいの大きさで、愛嬌のある姿かたちをしている。
「おっ、今回もめっちゃ良いぞ! 小柄で可愛いな」
「そう。……良かった」
「本当にありがとな! 大切にするよ!」
「……べ、別に、アンタのために作ってたわけじゃないし! 趣味の練習で作ってるだけだからね!」
明後日の方向を向き、撫でやかな髪の端を弄りだす詩織。
その彼女の顔はこれ以上無いくらい真っ赤に染まって強張っていた。
別に照れなくても良いのにな。これほどの腕前、むしろ誇るべきものだぞ!
「ちなみに、名前は何っていうんだ?」
「ラビちゃん」
「おいおい、可愛い名前だな!?」
隣から茶化してくる直樹を、俺は手でしっしと払い除けた。
「可愛くて上等だろ。よろしくな、ラビちゃん?」
「おえっ。吉永が言うのならともかく、お前が言うとテロだな、テロ」
「うっせーよ!」
「……アンタらって、いつも元気よね」
「まあな」
男同士なんて、大体こんなものだ。
「あとさ、次に作るものなんだけど」
「えっ、また頼んでも良いのか? さすがに申し訳ないんだが」
「こうやって作るの、勉強になるし……それにアンタが喜ぶから」
「あんた?」
「き、気にしないでよ! とにかく作るから!」
本人がそう言うのなら、その言葉に甘えるとして。
しかし、次に作るものか。思いつかない。大体は作ってもらってるんだよな。
うーん。そうやって悩んでいる俺に、隣の直樹がいきなり口を挟んでくる。
「うーん、サーバルが良いんじゃねぇか?」
「さ、サーバル? 何それ」
「……おいおい」
「細長くて、耳が大きくて、あとジャンプ力ぅ……が、ある動物だ」
アニメのネタを恥も外聞もなく話す直樹にドン引く。
しかし、それを知らない詩織はというと、真面目にメモを取っていた。
「わかったわ。何とかやってみる」
「いや、やらなくていいぞ!? こいつ何も考えてねぇから!」
「おいおい、俺は真面目だぜぇ?」
「まあ、とりあえず作ってみるから。それじゃ」
「楽しみにしてるからな! お前のぬいぐるみは世界一だからな!」
「…………! あっそ!」
何かを隠すように、詩織は足早に去っていった。
「あの高嶺の花が、お前みたいな陰キャに優しくするなんてな」
「そうだよな。このぬいぐるみには感謝しかないぜ」
袋の中で眠っている、うさぎのぬいぐるみを見た。
ボタンの瞳に愛くるしい鼻と口、胴体には可愛らしい洋服が着せられていて。
手が込んだものだとは、一目見ただけでも十分にわかった。
愛嬌のある顔を人差し指の腹で軽く撫でてみる。やっぱり可愛いんだよな。
「ちなみに、何で吉永がお前にこうなのかは分かってるか?」
「趣味がマッチしてるのと、詩織が究極的に優しいからだろ」
「……はぁ。南雲のことといい、お前ってとことん鈍感だよな」
「何がだよ」
何でいきなり照の話が出てくるんだ。直樹にそう質問しようとした時。
――チャイムが鳴った。その辺で喋っていた奴らが、だらだら席に戻っていく。
「はい、みなさん席に座って」
髪の薄い冴えないおじさん、うちの担任もゆっくりと入ってきた。
これから今日の授業の開始を告げるHRが始まる。
大抵の学生なら真面目に聞く気はないもの。実際に俺はそうだ。
「はぁ……。今日は1時間目から古典かよ」
「あのババアの授業、くっそだるいし眠いよな。俺は今から寝てるぜ」
隣の席の直樹が机にうつ伏せて寝る。
……よし決めた。俺も直樹と同じくそうしよう。
担任の流れ作業のようにつまらないHRの連絡を聞きながら、そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます