1日目

日常の始まりと幼馴染

「おっきろぉ~♪」

「うぎゃあぁぁっ!?」


 宙に浮いた感覚と一緒に俺、菅原道也すがわらみちやは起きた。

 寝ぼけ眼に見えたのは、カーテンが開かれた窓と逆さまになった部屋。

 そして、俺の幼馴染である……南雲照なぐもてるの姿だった。


 ミディアムショートの明色の髪に真ん丸の瞳。名前を表す眩しい顔立ち。

 ほどよくすらっと、ほどよく出ている調和の取れた健康的な体型が魅力的だ。


 ――そして、そんな彼女の手には俺の体の下に敷かれていたはずの布団がある。

 果たしてそれが何を意味しているのか、理解した直後に体が激痛が走らせた。


「痛ってぇ!! 何すんだよ、照!!」

「よし、できた! 練習したかいがあったよ!」

「こんなエクストリームスポーツみたいなのやるんじゃねぇ!」

「だってさ~。道也ってこうでもしないと起きないでしょ」

「……うぐっ」

「目覚ましをセットしたところで、止めた後にまた寝ちゃうし」

「……うぐぐっ」

「それに先月だっけ、壊したんだよね。寝ぼけてて壁に投げつけてさ」

「……う、うぐぐぐっ」


 反論できない。でも、もやもやする。

 憎たらしげな俺の視線を、照は気にせず慣れた手付きで布団を畳んだ。


「ほら、文句を言う暇あるなら早く起きて。朝ごはん冷めちゃうよ?」

「……はいはい」


 床に打ったせいで痛む頭を擦りながら立ち上がる。


 こうしてあいつに乱暴に起こされるのは日常の光景となっていた。

 毎朝、照は俺の家に来て朝の支度の手伝いをしに来てくれているから。


 というのも、俺の両親は二人とも海外への出張のため家を不在にしているのだ。

 他の家族を頼ろうにも兄貴だけで、その兄貴も仕事でめったに家に居ない。

 そのため隣の家に住んでいる照が、俺の面倒を見てくれている、というわけだ。

 照曰く、道也を放っておいたら1週間待たずにゴミ屋敷でしょ、とのこと。

 どうしようもないほど事実なのが悔しい。でも、感じ……はしないな。悔しい。


「うっ、う……うーん」


 固まった状態の体を伸ばした。ほぐれる感覚が気持ち良い。

 こうして目を覚ました俺は、照を追いかけるように1階に降りた。朝食が待っているリビングには眩しいほどの太陽光が差し込んでいる。

 明るいフローリングの床と相まって、住宅のCMにありそうな活力のある部屋が。

 高校生が1人で住むのなら、もったいなさすぎる家だと改めて思ったり。


「ふっふっふ。今日の鮭の切り身は味を変えてみたんだ!」

「そうなのか?」

「道也好みの味になってると思う! 私が保証するよ!」

「んじゃ、いただきまーす!」


 今日の朝食は、大皿に目玉焼きと鮭の切り身。

 それとキャベツの漬物に白いご飯。栄養満点の組み合わせだ。

 こんなに種類が豊富な朝食は……照が居なかったら食べられなかったな。

 ごく一般的な高校生では味わえない喜びに浸りつつ、鮭を口に入れた。


「どうどう? 感想は?」

「うん。これ、美味しいぞ。すっごく」


 程よいしょっぱさに、多少の素材の甘さ。俺好みの味付けだった。


「道也ってそれしか言わないよね。何を食べさせても美味しいって」

「男子高校生の舌なんてそんなものだよ」

「そうなんだ。あっ、そういえば見た? 今日やってるニュース」

「何だよ、いきなり。さっきまで寝てたんだから見てるわけ無いだろ」

「それもそうだよね。うーん、今は放送されてるかなぁ」


 目玉焼きの最後の一口を食べた後、照がテレビを付け始めた。


「ああ、これこれ」


 映し出されたテレビには、いかにも警察が捜査中という感じの一軒家が。

 深刻そうな表情の、美人な女性アナウンサーが事件の内容を話していた。


 事件が起きたのは昨日の、ちょうど俺たちが朝ごはんを食べている時間帯。

 30代の会社員の男性が、ゴルフクラブで自分の妻と二人の娘を……撲殺した。

 その後も家を出て通行人を無差別で襲い、被害者のうち1名が死亡。4名が重症。

 加害者は警察官が取り押さえたが、本人の精神が錯乱している状態で犯人の口から事情を聞き出すことができてないという、そんな内容のニュースだった。


「これ、隣の市で起きたんだよね。すぐ近くで事件があったの怖くない?」

「別にどうでもいいだろ」

「もう、道也は無関心すぎだよー。なんか反応とかないの?」

「照がいろいろ気にし過ぎなんだよ。そんなんじゃお嫁に行けないぞ」

「お、お嫁!?」


 今まで忙しなく動いていた照の箸が急に止まった。


「せ、セクハラだよ、そういうの! それに道也が……」

「それに?」

「な、何でもないよ! それよりも早く朝ごはん食べよっ!」


 顔を真っ赤に染めて、照はぶんぶんと横に振る。

 それは頭に浮かんだ何かを吹っ飛ばそうとするようもので。

 照は猛スピートで食べ続け、最後の魚の一切れを勢いよく口に入れる。


「ご、ごほっ、ごほほっ!」

「……大丈夫か?」


 そして、噎せた。

 お約束過ぎて、逆に天晴だと思えてきた。


「ほい、お茶だ」


 とりあえず俺はコップに入れられたお茶を差し出す。

 照はすぐさま受け取ってこれまた勢いよく飲み干した。


「んっ……あ、ありがとう。大丈夫になった」

「それは良かったな。あと、ごちそうさん。今日も美味しかった」

「はい、お粗末さまでした。お皿は洗っとくからその辺に置いといて」

「皿洗いくらい手伝うぞ」

「いーの。道也に任せたら汚れが拭き取れてないのにしまっちゃうんだから」

「そーかよ。んじゃ、任せるよ」


 何だかんだで、俺には極めて日常的な朝の時間は過ぎていく。

 テレビを見ると、未だにあの事件のニュースをやっているようだった。

 しかし、妻と自分の娘を殺す……なんて物騒な世の中になったもんだな。

 どこか他人事が拭えきれない、そんな感覚を抱きつつ俺はテレビを消した。




「さて、と」

 

 あれから身支度も終え、高校生らしい姿になった俺。

 これから学校だ。面倒臭さを感じて頭を掻きながら玄関に向かう。


「おーい、早くー! 遅刻しちゃうよ~!」


 玄関には、右手を大きく振って急かしてくる照の姿。

 ダメダメな俺とは対称的に、すっかり準備を終えていた。


「わるい、わるい」

「もー、こうなるならもう少し早くでることにしない?」

「何言ってんだよ。ぎりぎりまで家に居たほうが幸せだろ」

「ふぅん。まぁあたしは道也に合わせるけどさ、そういうものなの?」

「そーそー。う、ふわあぁぁぁ」


 しかし、あんな方法で起こされてもまだ眠い。

 そりゃ昨日は夜遅くまで新作のゲームをしていたから、当然だけど。

 眠そうにしている俺の顔。それを、照はまじまじと見つめてきた。


「えいっ」


 そして、俺の頬を摘んで無理やり吊り上げてきた。痛い。


「にゃにひゅんひゃよ」

「そんな顔しない! お外に出かける時は、えがお、えがお!」

「わひゃった! ひゃからはなせって……まーた、笑顔かよ」

「あたしから笑顔を取ったら何も残らないもんね~」

 

 確かに照は他の感情より笑ってることの方が多い。

 こいつの喜怒哀楽の8割が、喜と楽じゃないのかと思ってしまうほどに。


「んじゃ、行ってきま~す」

「ゴミはちゃんと持ってるよね? 一緒に出しに行くよ」

「わかってるって」


 大きめのゴミ袋を片手に、照と一緒に家を出た。

 他の仕事は任せているから、こういうところはちゃんとしないと。

 ……こうしてみると、俺たちがまるで共働きの夫婦みたいに思えてきたり。


「あ、それでね、今朝の『布団返し』は道也を起こす方法パート143なんだけど」

「毎回思うけど多いよな!? そこまで考える労力を他に使わないか?」

「本当はパート142をする予定だったけど、ちょっと危険そうだからやめたんだよ」

「ちなみに、それの内容とは?」

「2階の窓から落とす」

「ちょっとどころじゃないよな! 下手すりゃ永眠しちまうわ!」


 住宅街に吹く清々しい秋風と前より和らいだ日差しを受けながら。

 今日もこんな馬鹿みたいな会話を交わしつつ、一緒に登校。

 それが俺らの日常だった。――今日も、平凡な1日が始まるんだろう。

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