第22話 二

 今では、女性でもブルーマーすがたで自転車に乗ってブローニュの森をサイクリングする人はめずらしくないが……、だが、ズボンを穿く女性というのを芝居や雑誌の写真ではなく、実際に目の当たりにしたのはコンスタンスは初めてだった。

 街の中心だけあっていろんな人がいるものだと感心した。

(ジョルジュ・サンドが男のかっこうをしていたというのは聞いたことがあるけれど)

 コンスタンスが生まれるずっと前のことだが、さまざまなスキャンダルで有名になり世間をさわがせた女流作家のエピソードが頭によぎる。

「いや、心配しなくていいよ、ぼくは怪しい者ではないよ。こういう者でね」

 差し出された名刺には、新聞記者とある。会社名は『ラマゾンヌ』。名は、クレオ・ワールとある。

 コンスタンスは納得した。この奇抜な装いでは、どうあっても普通の仕事をしている人ではないだろう。喋り方もきびきびしていて、並の女性でははなさそうだ。人によっては、特に年配の人なら眉をひそめるかもしれないが。

「君がさっきからこの辺りをうろうろして何かをさがしているようなのが気になってね。君みたいな子どもが一人で歩いていたら、悪い人につけこまれるかもしれないよ。田舎から出てきた世間知らずの女の子を誘惑しようっていうやからは都会には大勢いるんだから」

 田舎者と思われたのがしゃくで、コンスタンスは声高く言った。

「わたしは生まれながらのパリジェンヌです! ……あの、わたし、ある会社をさがしているんです」

「え? 君、秘書かなにか?」

 金色の形の良い眉を丸くして相手は訊いた。

「いえ、あの、……ある事件について書かれた記事を調べていて」

 相手は悪い人ではなさそうだし、記者なら、力になってくれるかもしれない。だが、初対面の人間にこんなことをいきなり打ち明けてよいものだろうか。コンスタンスは頬が熱くなるのを感じた。クレオはその様子を見下ろして首をかしげる。彼女はクラスのなかでは長身のコンスタンスよりも頭半分ほど背が高いが、ひどく細いので大柄には見えない。

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