第12話 五

 実際、コンスタンスの属する階級では、女はある程度の学業を修めれば、あとは花嫁修業にいそしみ、縁談をさがすぐらいしかない。仕事をしようにも、女性の仕事――良家の子女がする仕事というのは限りなく少ないのだ。せいぜい教師か、家庭教師になるぐらいだが、そういう職業だとて上流階級の人間からは使用人として軽く見られる。

 貧しい庶民の娘なら商店の売り子や女中、工場の女工などの肉体労働をするが、まさかコンスタンスにはそんな仕事はできない。するわけにはいかない。この時代、女性が働くということ自体、すでに上流階級から落ちこぼれるということなのだ。

 コンスタンスの家は商家なので、そこまで体面にこだわる必要はないが、やはりメイドや乳母付きで育てられ、それなりの名門校で教育を受けたコンスタンスにとって、こういう会話をしていることそのものが、ひどく惨めなものに感じられる。

「わたし、卒業したら働くわ・・・・・・」

「あんたに何ができるのよ?」

「で、電信技士になるわ。それか、電話交換手とか」

「はあ?」

 電信技士は女性の花型の仕事であり、中流以上の家庭の娘が就く仕事とされているが、その分倍率も高い。電話交換手もだ。

「なに言ってるのよ、ああいうのはコネがないと無理よ」

「教師とか」

「教師になんかなったって稼げないわよ。それに、三年は師範学校に行かなきゃならないじゃない」

「お金はかからないわ」

 自分でも言っていて言葉に力が入らないのを自覚した。たしかに官費で行けるが、その待遇はすこぶる悪いと聞く。コンスタンスの学院でも、卒業証書に教師の資格を添えたくて試験を受ける生徒は何人かおり、また毎年、数人は本気で教職をめざして師範学校にも行くが、つたわってくる話はいいものではなかった。

 きびしい女校長のそばで気苦労をかさね、朝の七時から夕方五時まで仕事をこなし、五時起床八時就寝、二四時間ちゅう休憩は二時間という状況が三年つづくという。そしてようやく一人前の教師になったとしても月給は七五フラン程度である。よっぽど教師という仕事に情熱があるか、家庭の事情で働かざるを得ない生徒でしかやれないであろう。

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