第13話 六

 それでも試験にいどんだ生徒の話では、試験会場には田舎の農家や貧しい身なりの少女たちが大勢来るらしい。彼女たちにとっては、教師になるということは、下流の生活からぬけだして一歩上の世界にいける唯一のチャンスなのだそうだ。

(なんだか、あの子たちの気迫見ていると、とても、私なんかかなわないわぁ、っていう気になってきたの)

 試験を受けた上級生――彼女はあくまでも受けただけであって本気で教師になる気はない――の呟きがコンスタンスの耳に冷たく響いてくる。

 今から勉強して教師になれるだろうか? コンスタンスの成績は悪くはないが、それほど良いというわけでもない。美術や裁縫もたいして興味はない。

「そんなことより、明後日、お客が来るのよ。大事な客なんだから、おもてなしの準備、たのむわよ。一応、その日は家政婦が来てくるから、あんたは手伝ってくれるだけでいいの」

「……」

 エマはコンスタンスの無言を承諾ととったようだ。

「あんたにだって悪い話じゃないのよ。商談がうまくいけば、あんたにも新しいドレスを買ってあげれるのよ」

 その言葉は甘い蜜となってコンスタンスの鼓膜に染みこむ。

 アガットには言えなかったが、前回、デパートでドレスを注文しようとしたとき、店員から断られたのだ。申し訳なさそうに、コンスタンスとそう歳のかわらない若い店員は眉をひそめて、小声で以前の買い物に小切手が落ちなかったことを説明した。

(今、パパのお仕事は本当に大変みたい)

 コンスタンスは足元がぐらつくような不安を感じた。

 けれど、若い、というより未熟なコンスタンスはやはり新しいドレスが欲しい。パーティーにも行きたい。恋の話にうつつをぬかす上級生たちを内心軽蔑しておきながら、一足ひとあしすすんだ世界をのぞいてみたいという好奇心は、しっかりあるのだ。

「手伝ったら、本当にドレス買ってくれるの?」

「勿論よ」

 エマは長椅子のうえで座りなおした。

「ジャンヌ・パキャンの新作よ」

 今パリで一番有名なデザイナーの名前を出してエマは瑪瑙めのう色の瞳をかがやかせる。エマもドレスやお洒落には目がない。家計が苦しいのは父の仕事がうまくいっていないだけではなく、この後妻の散財のせいではないかとコンスタンはつい疑いたくなる。

「わかったわ。手伝うわ。……でも、宿題しなくちゃならないから……」

 最後の言葉を濁すようにつぶやきながら、コンスタンはエマに背をむけた。

 今、少しずつ、コンスタンスの育ってきた世界がくずれつつあることに、コンスタンスは気づきはじめていた。

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