第4話 二

「わたし、この広場が一番好きなのよね」

 コンスタンスの言葉に友人は頷いた。彼女のコンスタンスを見つめるその薄青うすあお色の目には、ほのかな憧憬どうけいがこもっている。

「私もよ。あ、見て、コンスタンス、芸人が笛を吹いているわ。南仏の衣装ね。たのしそう」

 地方の陽気な音楽に耳をすましながら、コンスタンは訊ねた。

「アガット、南仏に行ったことあるの?」

 アガットと呼ばれた少女は気恥ずかしそうにまた頷く。肩まで伸ばしているコンスタンスの髪よりやや濃い茶色の髪が、ゆれる。

「うん。ママンの実家がそっちにあるの。夏にはいつも家族でお祖父じいちゃんの家へ行くのよ」

「いいわね。……今年の休暇はどうするの? パーティーにかないの?」

 二人は級友の自宅でひらかれるパーティーに呼ばれていた。パーティーといっても、大人たちが夏を避暑地で過ごすあいだに、友人同士があつまって飲んだり食べたりする他愛もないものだが、そこには同じ年頃の少年たちも来るらしく、十六歳の二人にとっては、大人の入り口にはいるささやかなセレモニーだった。

 彼女たちの学院の生徒の間では、毎年この時期に一部の生徒たちで〝子どもたちだけのパーティー〟をひらき、そこで近在の男子学生――いずれも良家の子弟たち――と交流をもつという慣習があり、そうやって知りあった男女が仲良くなり、ときには秘密の恋人同士になるということがよくあった。 

 今年のパーティーでは誰々が恋人同士になり、誰々はうまくいかなかったらしい、というような噂話を上級生たちが学院の通路や階段の踊り場でこっそりと、シスターや教師たちの目や耳を盗んでささやいているのを聞くたび、コンスタンスはどこか甘酸っぱいような気分になったものだ。文字通り、甘さと酢っぱさがまじりあった複雑な感情に胸を焦がされる。

 男子の噂話に頬を染める上級生たちが、ときに自分の知らない世界を知っているようで羨ましくもあれば、ときにひどく浅ましく汚らわしく思えることもある。

 とくに今日、乗馬の授業のあと、先輩たちが更衣室で交わしていた噂話を思い出すと、妙に胸がざわめく。

(聞いた? ナナのこと?)

(聞いたわ。※※校のアンリと……キスしたんでしょう?)

(でも、彼、アデルと会っていたんじゃないの?)

(あら、アデルは……)

 少女たちの汗の臭いのなかで交わされるささやき声は、コンスタンの胸に熱を呼びおこす。

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