第3話 夏前の少女たち 一


「コンスタンス、宿題やった?」

「全然」

 コンスタンスと呼ばれた少女は黒いスカートの裾を散らしながら、自転車を軽やかに乗りこなし、おなじく必死に彼女のあとを追って自転車をこいでいる少女に笑いかける。その鳶色とびいろの瞳は輝いている。

 瞳とおなじ色の髪は顎のあたりで切りそろえられてあり、初夏の日差しに照らされた白い肌はみずみずしく美しい。

 着ている黒の制服は、このあたりでは有名な名門校のもので、おなじものを着ていても後ろの少女の装いがどこか野暮やぼったく見えるのに対し、彼女の――おそらくは校則では禁じられているのだろうけれど――袖を折りまげ白い腕を日にさらし、すこし胸元のリボンをくずしている様子は、とても洗練されていて、育ちの良さのうえに、どこかこの年頃の少女にありがちな反骨をほのかに垣間見かいまみせ、通りすぎる大人たちの目を細めさせもすれば、しかめさせもする。

 いや、一瞬目をしかめた大人たちだとて、まるで太陽がえこひいきするように光を落とす彼女の姿を見れば、大目に見ざるをえなくなるだろう。

 最近は自転車に乗る女性も多いが、たいていはジャケットにブルーマーという装いだ。少女の揺れるスカートはひどく優雅に見える。道行く人々、とくに若い男性は、彼女に目を引き寄せられずにいられない。

 青春の栄光を独り占めしているような娘だった。そのきらきらと輝く瞳は、花屋の店先にならぶ桶に山のように盛られた鈴蘭に向けられたかと思うと、焼きたての香ばしいかおりをはなつパン屋の店先、流行のドレスをまとったマネキンのならぶショーウィンドゥ、壁にはられた有名女優サラ・ベルナールのポスターへと、つぎからつぎへと楽しみをもとめてさまよう。

 やがて街の広場に出ると、二人は自転車をちかくのマロニエの木のあたりに立てかけて、噴水まえのベンチに腰かけた。

 まだすこし肌寒い季節だが、二人ともうっすらと額に汗をはりつかせている。スカートの裾はしっかりと靴上まであり、そろって自然と足をそろえて姿勢をただすのは、さすがに躾の賜物たまものだろう。ふたりとも、ラテン語を美しく発音するよりも数学の公式を学ぶことよりも、背筋をのばすことが一番大切だと身にたたきこまれて育てられた。

 広場では人々が季節の風を味わいながら散歩を楽しんでいる。焼き菓子を売る店もあれば、コンスタンスたちとそう歳の変わらない少女が、籠いっぱいにあふれる花を売っていたりする。籠のなかはほとんど純白の鈴蘭だ。この時期には、好きな人に鈴蘭の花をおくる習慣があるので、街じゅうで鈴蘭が売られている。今、巴里ぱりの街は鈴蘭であふれていた。

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