第2話 二

(そろそろ、帰らないとね)

 つとめさきの女主人はきびしい人だ。こんなところで油を売っているのが知れたら大目玉をくらう。やはり古びて粗末な紺色のスカートの裾をゆらして、少女はとぼとぼ石の街を歩きだした。また溜息がこぼれる。

 橋の下では人々の楽しそうな声がまだ響いていた。

「ほうら、きれいになったぞ」

 働く男の声は楽しそうだ。犬が好きで、今の仕事を喜んでやっているのかもしれない。少女は彼が羨ましくなった。自分も、せめてもうすこし今の仕事を楽しんでやれたら、と切なく思う。

 やがて溜息をひとつ花の都の空にはなって、少女は履きつぶした靴をひきずるようにして、夕暮れの街を歩いていった。

 だが、しばらく歩いたころ、背後から声が聞こえてきた。

 「待って、君、これを落としたよ」

 振り向くと、見知らぬ若い男が立っており、手には彼女が落としたハンカチがある。

 少女の持つただ一枚だけのハンカチである。洗いざらしでひどく汚れて見えるハンカチを見知らぬ若い紳士に拾ってもらったことに少女は赤面しつつ、ふるえる手でそれを受けとった。

 相手の顔をまともに見れないが、着ているものは上等そうで身なりもよく、喋り方からして教育もあるようだ。まだ社会に出てそう立ってない新米しんまい紳士というところだろうか。相手は赤くなって縮こまってしまった少女を見下ろし笑った。黄金をうすく削り落としたようなミモザ色の夕日のヴェールが二人の頭上に垂れてくる。

「君、名はなんていうの?」

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