君と月夜に……
@hokubebesu
君と月夜に
「すみません、夜風にあたってきます」
アイニはそう残して部屋を出た、その時は珍しく寂しそうな顔をしていた。錆びた鉄のすれる音がやけに寂しく聞こえる。
心配になった僕はあとの二人に一言付けて彼女を追った。アイニは宿の外壁に寄りかかりひっそりと佇んでいた。その表情に生きる気力は感じられず、まさに人形を見ているかのようだった。僕に気づいたようで一瞬こちらを目で確かめたがそれ以上は何もしなかった。
僕がそっと横に近づくとアイニは問わず語りに口を開いた。
「私は1928年にドイツで生まれました、ユダヤ系でした。17歳のときでしょうか、私はナチスの研究施設に連れていかれました。そしてこのノアの少女、その原型になる機械の『パーツ』として使われたんです。そうです、つまり私は100年近く生き続けていることになります」
耳を疑った。僕の隣にいるこの可憐な少女は第二次世界大戦をも生き抜いているのだ。いったいどれほど過酷な人生を生き続けていたのだろう。
僕が何か声をかけようとした次の瞬間、彼女は僕の胸の中に倒れこんでくる。その目には涙が浮かんでいた。
「だって、もう私以外誰もいないんですよ? 何で、何で私だけ生き続けなければならないんです。人間なのか機械なのかの区別もつかないのに」
僕は強く、彼女を抱きしめる。冷たいボディが僕の体に伝わってきた。
「......僕は君を離したりなんかしない。僕にとって君は大切な人だよ」
他に言葉が見つからない。こんどは彼女の腕が僕を強く締め付ける。
「しばらく、このままでもいいですか」
その日の月明りは今までにない程、綺麗だった。
さあ愛銃のメンテでもして寝よう、俺はそう考えてM1911コルト・ガバメントを懐から取り出す。
アイニと司が出て行ってどれくらいだろうか、15分もたっていないと思う。俺は今日仕入れたベレッタ93Rのジャンクを分解し、パーツ一つ一つを物色していた。
「ねぇ……賢治。今日も助けられちゃった」
真波がおもむろに話かける。俺はそれを適当に返して、今度は自分の拳銃を分解し始める。
ん……?何か背中に重く、暖かみを感じる。
俺は思わず戸惑いの声を漏らしてしまった。真波が俺の背中に柔らかく抱き付いていた。そういえばいつからこんなに大きく重くなった? 出会った頃のあどけなさはそのままに、身体もそれ相応のものに変わっていた。驚いた、そうか出会って5年もたったのか。
「あのね……なんかね……二人きりになるとさ、絶対に離れたくないってそう思うんだ。私いま、貴方のぬくもりを一身に感じてる。そして幸せだって思ってる。何……言ってるんだろうね」
俺も何を言っているのか理解できない。今までだって一緒に暮らしてきたのに、こんなのは初めてだ。なんて返せばいいんだ? 頭が真っ白になる。
頬を赤らめている自分がいることに気づく。そしてその瞬間俺の鼓動が、緊張が高まるのをはっきりと感じていた。
彼女のふっくらとした唇と吐息が俺の耳に甘くささやく。
「その……この気持ちになるのは初めてじゃないんだ。ここ一年ずっと、ずっと貴方に会うたびに感じてた。でもこれが何なのかわからなくて、怖くて……それで何も言えなかった。今日あの化け物を見たとき、あまりにも怖くて泣くことすら出来なくて……そこから逃がしてくれた貴方ははかっこよかった。そしてその時私は、貴方が傍に居てほしい。そう強く想ったの」
ああ、そうかと頷いて彼女に寝るように言いつける。せっかくのビールも、飲む気にはなれなかった。
それにしても今日は、やけに綺麗な月が覗いていた。
君と月夜に…… @hokubebesu
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