彼は、ズルイ人


「……眠いけど、寝たくないんだ」


「どうして?」


「………………寝るのが、怖いから」


 そう、怖いのだ。意識を沈めて次の朝を迎えることが。


「なんで怖いの?」


「昼と同じ理由だ。寝た後、朝になって太陽が消えていたらと考えると怖いから、寝たくない」


「オレは昼にユウが寝て起きた後もそばに居たよ?それでもまだ不安?」


「ああ、まだ、少しだけ。昼よりは不安は小さいけど…太陽が死んだのも幽霊になって現れたのも夜だから、夜に寝るとなると…小さくなった不安が大きくなるんだ」


 膨らむ不安が、どうしても拭えなかった。昼に聞いた太陽の言葉を何度も頭の中で復唱しても、やっぱり夜の睡眠は怖いままだったのだ。だから、一日中起きてるなんて馬鹿なことをしようとしていた。


 彼の言葉を全く信じていない訳ではない。昼のあの言葉があったからこそ、『明日が来ても太陽は今と変わらずそばに居てくれるのではないか』と少なからず思えている。ただ、それでも不安に駆られているのはーーー彼の言葉を信じたい気持ちよりも彼が消える不安の方が大き過ぎて、信じたい気持ちを信じることに昇華する余裕が無いからなのだ。


「………ごめん」


「なんで謝るの?ユウは何も悪い事してないよ」


「した。したんだ。…太陽があんなに『大丈夫』って昼に俺を勇気づけてくれたのに、今の俺は…その言葉を完全に信じてはいないんだ。俺の為に言ってくれた言葉を信じないなんて………俺は最低だ」


「最低じゃないっ!…お願いだから、自分を卑下しないでよ。ユウは最高の親友だよ。こんなにオレのことを想ってくれる人は、父ちゃんと母ちゃんとユウぐらいだし。オレが明日には居ないんじゃないかって不安になるのは、それぐらい、オレのことが大好きってことでしょ?」


 コテンと首が傾げられ、耳に僅かに掛けられていた金髪がさらりと落ちる。アーモンド型の眼が上目遣いで俺を見つめてきて、視線が絡まるなりフッと緩んだ。


「違う?」


 彼はいじわるだ。俺が何と答えるか知っていて、そんな質問を投げてくるのだから。


「………違わない」


 ふいっとそっぽを向いてズルイ彼に素っ気なく答えれば、彼は俺の愛想の無さを気にした様子も無く、楽しげにクスクスと笑い出した。


「うん。知ってた」


 嬉しそうに、彼が言う。


「…ほんと、太陽はズルイ」


「あははっ、気付いちゃった?オレがズルイ奴だってさ」


 俺も、前から知っていた。

 彼が、ズルイ人だってことを。


「不安になっちゃったのは仕方ないけど、ユウにはちゃんと寝て疲れを取って欲しいんだよ。だから…ユウ、賭けをしよう」


 自身の顔の前で人差し指をピンと立てて、彼が予想外の提案をした。『賭け』とそれ以前に話していた内容とがどのようにして繋がるのかが分からなくて、頭上に?マークが飛ぶ。

 意味を理解していない俺に説明するように、彼は若干ゆっくりとした口調で賭けについて話し出した。


「賭けの内容は、『オレがこの世から消えた』場合がオレの負けで、『オレが消えずにユウのそばに居た日』は、オレの勝ちってこと。オレが勝ったら、毎日ちゃんと夜は寝てもらうからね」


「…太陽が負けたら?」


「その時は、身勝手に消えたオレのこと、めちゃくちゃに罵ってくれていいよ。オレにとっては最悪の罰ゲームだ。言ったでしょ?ユウに嫌われたら、オレは子供みたいに泣きじゃくるって」

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