第八話 おやすみなさい、また明日
俺は、テレビを消したくない
「そろそろ、ユウは寝る時間だよね」
俺の部屋に設置された壁時計を見上げながら、彼は呟く。
現時刻は10時56分。風呂からあがって歯磨きをし、自室の小型テレビで以前太陽が録画していたジブリ映画を彼と二人で夢中になって観ていたため気付かなかったが、もうそんな時間だったようだ。
「明日も休みだし、まだ途中だけど残りは明日にしてさ、消そっか」
彼は、横に並んで床に座る俺と自身との間に置かれたテレビのリモコンを指さし、消灯を促す。しかし俺はテレビ画面へと顔を向けたまま、リモコンに手を伸ばさなかった。
ーーテレビを消して静かになったら、俺は直ぐに眠たくなってしまう…………………それはダメだ。消したくない。
寝たくない。起きていたい。夜更かしするためには、テレビを点けていなければーーーそう思い、リモコンを操作する気になれなかったのだ。
「…ユウ?」
胡座座りの上体を前のめりにして、彼は俺の顔を覗き込んだ。
「………ユウ、まだ眠たくない?」
ブラウンの眼が、俺の心を探ろうという意思を持って見つめてくる。それに気付いて、咄嗟に顔を彼のいない左側へと逸らした。
「ユウ?どうし「何でもない。今日はまだ眠たくないんだ。だから、もう少しだけ観よう」…そっか。たまにあるよね、そういう日」
納得してくれたのか、彼は再度前を向いて映画に見入っていた。それに合わせて、俺もテレビ画面へ顔を向ける。
襲い掛かる眠気に意識を持っていかれないように、俺は白熱するストーリーを追うことに集中して観ていた。
あれから一時間程経っただろうか。映画はハッピーエンドで幕を降ろし、上品で流麗なエンディング曲がエンドロールと共に流れ始めた。
「長かったけど、面白かったから最後まで夢中で観れたよ。ユウはどう?面白かった?」
「ああ。特に最後の主人公が大活躍するシーンは、一番ハラハラドキドキして一番観てて楽しかった。それに、横で観てる太陽の百面相も面白かった」
「!、そっか!よかった。俺もね、ユウと一緒に観れて楽しかったよ」
「俺は何もしていないのに?」
「してたよ?ユウの百面相、ホント面白過ぎた……って、嘘、ウーソ!してなかったよ、普段通りの真顔だったって。そんな怖いカオしないでよー」
ーーん?俺の怖いカオってどんな顔だ?
気になって聞けば、『目尻が少し釣り上がって強張った、ほぼ真顔に近いカオ』と返される。
「で?そろそろ眠くなってきたんじゃない?」
映画を見終わったことを区切りに、彼は俺を就寝させようと眠気を意識させた。
確かに、一時間前に比べると目蓋が自然と下がってくる回数が増えたように思う。それでも俺は、眠りにつきたくなかった。
「全く眠たくない」
落ちそうになる目蓋を押し上げながら、キッパリと告げる。すると、直ぐに彼から言葉が返された。
「嘘だね」
否定されたことを否定しようとして口を開きかけた時、横から大きくて骨張った長い指が眼に向かって近づけられ、驚いて両眼をギュッと瞑った。
衝撃に備えはすれど、感触は訪れなかった。それはそうだ。伸ばされた指は間違いなく、彼のものなのだから。
ゆっくりと目を開ける。
目前にはいつの間にか正面に回り込んでいた彼が居て、変わらず目の下辺りに彼の右手の指先が添えられていた。
「まぶた、さっきからずっと落ちては開いてたよね。どうしても今映画を最後まで観たかったのかなって思ってたけど、全く眠くないって嘘ついてたから違ったんだろうね。なんで嘘ついたの?ユウ、お願いだから、オレに教えて」
微かに笑みを浮かべた彼に優しげな声で問い詰められ、言葉に詰まる。本当は言いたくなかったが、こんな声と表情をされては、嘘をつくどころか黙秘すら憚られるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます