オレは、家に別れを告げる
窓の外は青黒い。
建物の多くが黒い影となっており、電柱や看板に付属している蛍光灯や電球の明かり、住宅の窓から僅かに洩れている光が、ポツポツと周囲を照らしていた。
チクタクチクタクと音を刻む壁時計は、暗過ぎて見えにくいが6時38分を指している。
ーーすっかり外は暗くなったな。もう6時半過ぎてるし、用も済んだし、もう帰ろっかな。
この場合の『帰る』は、『ユウの家に帰る』という意味である。死ぬ前まではこの家こそが東山太陽の帰る場所だったが、今は違う。
この家にオレの帰りを待つ人はもう居ないが、此処ではない場所に、オレの帰りを待っている親友が居るのだ。
その親友が、今のオレの、帰るべき場所。
『約束したからには、離れるなよ』
ユウの台詞を思い出した時、『早くユウの元へ帰らなきゃいけない』と強く思った。ユウのそばがオレの居場所なのだと、脳が理解しているのだ。
帰る前、最後に一度だけ、十数年間お世話になった部屋を見渡した。ジュースをこぼした時のカーペットのシミや、机上の端に貼ったっきり剥がれなくなった戦隊ヒーローのシールなど、細やかなものまでじっくりと。
一頻り見て満足したオレは、覚悟を決めたーーーこの家に『さようなら』と口にする覚悟を。
「…多分…もう此処には、来ないから…だから、バイバイ。オレを育ててくれた家、今までありがとう」
仄暗い部屋の中央で『さようなら』をこの家に告げた後、直ぐにオレは入って来た時と同様に窓をすり抜けて東山家から去った。
最近まで通学路として利用していた道のアスファルト上を浮いた足で歩きながら、殆どが欠けている細い月を見上げる。
「…帰ったら、『お帰りなさい』って言ってくれるかな…」
ユウのことだ。9割9分の確率で言ってくれるだろう。
期待に胸を膨らませたオレの足取りは、軽かった。
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