オレは、補導されたくない


ーーというか、オレ、ユウ以外の人に視えてたら困るわ。


 駅の中へと足を前に進め、開かない自動ドアをすり抜けて電車の時刻表のもとへ歩いた。

 切符売り場付近の壁時計と見合わせながら、次にやってくる電車の時刻を確認する。幸い、休日とは言え今の時間帯は帰宅ラッシュに当たる為、次の電車は約20分後と間隔が狭かった。これなら、今から駅のホームで待っていてもそこまで苦ではない。


 ほっと一息つくが、安心には早すぎる。

 電車の待ち時間の問題が解消されても、今のオレにはより重大な問題がまだ残っているからだ。それはーーー


ーーユウ以外の人に視えてたらオレ………無賃乗車で警察のお世話になっちゃうじゃん…。


 ーーーオレが前科持ちになってしまう可能性が大いに有り得ることである。

 切符を買う金銭すら所持していない無一文のオレが見遣った先に構える乗車ゲート。そして、ゲート付近に立つカッチリした制服姿の生真面目そうな中年男性駅員。


「うわ…これは…行くしかないのか…」


 駅員にオレの姿が視えていなければ、そのまま通過しても咎められないため問題は無い。ただし、視えていた場合…間違いなくオレは補導される。


ーーオレ、小学生の頃に友達から聞いたことあるっ!『タクシーを利用した客が着いた家の前で財布を取ってくると言い残して去ったきり帰ってこなくて、結局その客は幽霊で、無賃乗車されてました』って話をっ!悪いことしている最中の幽霊は人にも視えるようになる設定だったらオレの無賃乗車直ぐバレるやんけ!』


 動揺のあまり、口調が乱れる。

 『落ち着け自分』と言い聞かせながら小さく深呼吸をして、気持ちを沈めることに取り組む。丁度その時、ゲート付近に立つ駅員に、腕に赤い鞄を掛けた一人の年若い女性が声を掛けた。


「あの、すみません。此処から一番近い薬局の場所をお尋ねしたいのですが…」


 話し掛けた女性に振り向いた駅員が人の良い笑みを浮かべるのを、深呼吸しつつ黙視する。


「薬局ですね。まずはこの駅の東側出入口から出て真っ直ぐ進んで3つ目の信号機を右に曲がり、100メートル程歩いた先の右側にありますよ」


「3つ目の信号を右に曲がって、そこから100メートル先の右側ですね。ありがとうございます」


 『いえいえ』と言う優しげな面持ちの駅員に丁寧なお辞儀をした女性が東側出入口へ向かう様子を見ながら、オレは『コレだ!』と閃かせる。


ーー道を尋ねるフリなら、駅員さんにオレの姿が見えているのか自然に確かめられる!


 早速、オレは駅員の元へ足を進めた。


「すみません。近くのファミレスまでの道のりを教えてほしいんですが」


 駅員に距離間1メートル弱まで近寄り、頭に一番早く浮かんだファミリーレストランまでの道のりを尋ねる。


ーーあっ、やべ、そういやオレ、手ぶらじゃん…。


 たった一人の、しかも手ぶらで学生服を着た男がファミリーレストランに行きたいと尋ねるのは不自然だったかと少し焦ったがーーー


「…………」


ーーーそれは杞憂だったかもしれない。


「すみません!道を教えてほしいんですが!」


 声量の問題で聞こえていないだけの可能性もあったため、先程道を尋ねていた女性の倍の声量で駅員に話し掛けた。


「………………」


 やはり、掛けた声に対する反応は無い。

 駅員は目前に立つオレに一瞥もくれずに、周囲を見渡し続けている。きっと、駅内に異常が見当たらないか注意を払っているのだろう。


ーー見えてないみたいだ。これなら、補導は免れたな。危うく、高校に『東山太陽の幽霊が無賃乗車して補導されたらしい』…なんていうバカな噂が流れるところだった…。

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