オレは、乗り遅れた


「や、やらかした…」


 ガタンゴトンと車体を揺らしながら、西日に向かって続くレールの上を走り去って行く電車。駅の出入り口から10メートル程離れた場所でそれを見送るオレ。ーーー完全にやらかしている。思わず溜め息が出た。


「タイミング、悪すぎ…」


 電車の去っていく音に気付く前までのテンションが、嘘のように下降する。

 次の電車がやってくるのは一体何分後なんだと考えると、憂鬱だ。時間を稼いで帰宅を遅くしようと企ててはいたが、ただ電車を待つだけの暇な時間を過ごすことは苦痛に値するため、出来れば遠慮したかった。

 次の電車が来るまでの間に散歩をして時間を潰す手もあるが、ここら一帯の地理に詳しくないオレがナビも無しに下手に歩き回ると、本当に迷子になってしまう可能性がある。高校生で迷子は流石に恥ずかしい。そのため、散歩は却下だ。


 肩を落として俯いていると、正面の自動ドアが開く音がした。顔を上げれば目の前に、スーツを身に纏った社会人が複数、こちらに向かって歩いて来ている。そのうちの一人の男性が、オレの身体正面へと一直線に進んできた。


ーー…このままだとぶつかる…よな?オレが視えていないのか?それとも、直前で避けるつもり?


 どちらだろうかと思案している最中に、突然あることを思いつく。


ーー今なら『アレ』が確かめられるかも。


 実は、幽体になってしまったオレの姿をユウが認知出来ると今朝に知った時から、気になっていたのだ。『今のオレの姿はユウ以外の人にも認知出来るのではないか』、と。


ーー周りに迷惑を掛けずに確かめるには、良い機会かな。


 敢えてこの場を動かずに、直線上を歩くサラリーマンの行動を観察する。


 コツコツ


 一人に集中しているからか、男性の革靴が規則正しく並ぶタイルを叩いて鳴らすその音が、人の行き交う中でも鮮明に聞こえる。


 距離は3メートル、2メートルと縮んでいく。

 男性は進路を変えも逸らしもしない。道行く先の障害物でしかないオレと、視線が合うこともない。


 コツコツ


 ついに間の距離は1メートルを切った。


ーーあ、ぶつかる。


 咄嗟に両眼を閉じ、来ないとは判っていても己の身体は反射で衝撃に備えた。


 コツコツコツコツ

 コツコツコツコツ


 足音が一際大きくなった後、段階的に小さくなっていく。

 慌てて背後を見やると、あのサラリーマンの後ろ姿が、やはり逸れることなく先程と同じ直線上にあった。


ーー足音のテンポは一瞬もズレていなかった。あんな近距離で急にオレを避けて歩いたなら、多少はズレる筈。やっぱり、あのままぶつかったんだ。


 衝突した筈なのに、衝撃は何も無い。そのこと自体は、ユウと検証済みだ。

 新たに判ったことは、ユウ以外の人間の中には、幽体であるオレの姿を認知出来ない者がいること。


ーーユウに視えてるってことはみんなにも視えているのかなってちょっと思ってたけど…やっぱり視えてないよね。そりゃそうだ。誰でも視える幽霊とか、聞いたこと無いし。普通、『幽霊』は人の目に視えないものだから、あの人が特別視えないんじゃなくて、ユウが特別に視えていると考えた方が自然…なんだろうね。


 先程まで観察していた男性は、駅の敷地内の歩道に幅寄せして停まっていたタクシーに乗ってこの場を去った。オレは駐車場内の道路を走るタクシーの後ろ姿から視線を外し、前を向く。

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