第六話 世界から爪弾きの存在
オレは、犬派
ーーユウ、本当に『いてら』の一言を言ったっきりだった…。
住宅街を一人寂しくトボトボと歩きながら、胸中で呟く。
リビングを出て廊下を少し歩いては振り返り、玄関を出て扉を閉める前にチラリと廊下を見遣って親友の姿を探す。そうしてユウが見送りに来てくれているかこまめに確認していたのだが、期待していた姿は結局見えなかった。あの親友は意外とドライな所もあるらしい。
ーーたった一時間で用が済んでも、散歩で時間潰して帰ってやるっ!せいぜい、オレの帰りを今か今かと時計を五秒毎に気にしながら待っているがいいっ!
寂しさを誤魔化すように強がってケケケと悪い笑みを浮かべながら、以前数回だけユウと並んで歩いた記憶を頼りに通りを歩く。
目的地は駅だ。オレの記憶が確かならば、スムーズにユウの家から最寄りの駅へと着ける筈。最寄り駅までは徒歩十分程度だっただろうか。交通面から見た場合、ユウの家は良い地理に建っていると言える。
五分程歩いた先で見覚えのある交差点に出た。正面は赤信号である為、横断歩道の三歩手前で待機する。
幽体なのだから、左右から走行する自動車関係無しに渡っても衝突せずにすり抜けるだけで問題は無いと思われるが、幽体歴数時間の初心者なオレは、急接近する車体が生きていた頃と同様に恐ろしいのだ。
上空に浮いて駅まで文字通り飛んでいくことも可能だが、それでは用が早く済んでしまう。オレは歩くことで地味に時間稼ぎをすることを選んだ。
信号が青に変わり、横断歩道へ一歩踏み出す。丁度その時、対面の歩道を歩いていた高齢の男性が右折し、同じ横断歩道を向かい側から渡って来た。
ーー…あ、チワワだ。
犬派のオレは、男性の握る手綱の先に首輪で繋がれたチワワに自然と視線が向かう。
クリクリとした大きな目やピコピコと動く耳と尻尾が大変愛らしい。飼い主である男性もチワワのことが可愛いのだろう。ポテポテと自身の数歩先を歩く小さな姿を、穏やかな笑みで見つめていた。
ーーあれは、お爺ちゃんとチワワのセットで癒されるなぁ。
女性が好んで飼いそうな犬種を、若干腰の曲がった男性がピンクのリードを握って散歩させている光景にクスリと笑う。
リードの色から、主体となってチワワを飼っている人物は別にいると推察することができるが、男性にとってもあのチワワは大層愛い存在なのだと表情から読み取れる。
ーー今ならさり気なくあの散歩に混ざっても気付かれないのでは…?
そんなことを突発的に思いつくが、いくら物理的に法で裁けないからと言って一人と一匹をストーカーするのは、人としてダメだろうと思い止まる。じゃあユウに引っ付いているのはいいのか、だって?安心していい。あれは言わば、ユウ公認のストーキング。つまりオレは合法ストーカー。違法じゃないならばセーフだ。
話が脱線を始めた合間にも、一人と一匹は徐々にオレとの距離を詰めてくる。
『知らない人についていってはいけない』と口酸っぱく言っていた小学時代の恩師の言葉を胸に、オレはチワワと男性の横を何事も無くすれ違った。それでも気を抜かず、振り返らないように足早に交差点を去る。
横断歩道を渡り切って右に曲がった先に見えたのは、第一の目的地である最寄り駅の一部。
ーーよく耐えたオレ!しかも、駅がもう見えてるから迷う心配も無い!
駅までは目測でおおよそ後五分。
オレは上昇するテンションのままに、駅へと直進する一歩を踏み出した。
この時のオレはまだ知らないーーー後約三十秒後に電車が駅に到着してしまうことに…。
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