俺は、言質を取っている
「…だったら、家の中に家族が居るうちは、太陽が俺の部屋から出なければいい」
苦し紛れに提示した策は事実上の軟禁。
自由の一方的な制限なんて、普通は嫌がるだろう。俺にそれを強制する権利は欠片も無い為、嫌がられたらそれでお終いなのだが、彼は首を横に振らなかった。
「…オレは嫌じゃないけど、ユウは嫌じゃない?だって、部屋でゆっくり休みたいって時も近くにオレが居るんだよ?いつもオレが引っ付いてて、嫌にならない?」
眉を八の字にした彼が、下から恐る恐る尋ねてきた。上目遣いするブラウンの眼が、俺の答えをジッと待っている。
「嫌じゃない」
俺は断言した。台詞の撤回もしない。
彼の眼から視線を一秒たりとも離さずに見つめ返すことで、『この発言はその場限りの嘘でも、楽観視して口にした台詞でもない』ことを伝える。
「俺が太陽に先に言ったんだ。『寂しくないようにそばにいて』って。太陽がそばに居るのが嫌なんて薄情なことは、今もこれからも絶対に言わない。それに、太陽も俺に『そばにいてあげる』って言っただろ。…約束したからには、離れるなよ。俺は太陽から、言質取ってるんだからな」
彼の口がキュッと結ばれる。眉を寄せて目を伏せる彼のその表情は確か、今朝も見た。
「…本当にいいの?オレ、多分毎日学校にもついて行くよ?学校でも、この部屋の中でも、ずっとオレが離れないよ?前にユウに言ったよね、ユウに嫌われたら大泣きするって。ユウの目の前で本当にガチ泣きするよ?」
余程心配なのか、彼はしつこく確認を取ろうとする。
その不安気に震える声に、俺は大きく頷いて見せた。
「太陽とまた高校生活が送れるなんて、凄く嬉しい。一緒に通うってことは、文化祭も一緒にまわれるってことだろ。楽しみだな。それに、この部屋に太陽が居てくれるのも、毎日がお泊まり会みたいで良いと思わないか?」
伏せられていた眼が俺を捉える。
キッチン側の窓から射す赤い光に照らされたブラウンの眼が、甘く細められた。
「…うん。すっごく、いい」
「じゃあ、決まりだな」
「あ、でも一旦、オレの家に…というか、オレの部屋に帰りたい。確認したいものがあるんだよ」
『一、二時間ぐらいで帰ってくるから』と腰を上げた彼に、『何を確認しに行くんだ?』と気になったことをそのまま尋ねる。
彼は、ニヤリと口角を釣り上げて悪い笑みを浮かべた。
「何って…そりゃ勿論、ベットの下に隠してたエロ本が警察の人とかに見つかってないかの確認に決まっ「いてら」ちょっ、お見送り雑!さっきまであんなに『離れるな』とか言って渋ってくれてたのに!」
一人で『玄関でのお見送りは?え、無いの?』や、『オレまた拗ねるよ⁈ゆっくり散歩しながら帰ってやる!』などと騒ぎながら彼はリビングを出ていく。
窓をすり抜けて出て行かないということは、わざわざ玄関に行き外へ出るつもりなのか。彼のことだ、幽体の特性を忘れているのではなく、玄関から出入りする習慣が無意識に働いた可能性が高い。
我が家は階段を降りた正面が玄関になっている為、朝に二階から階段を下った際、玄関の位置は把握したのだろう。数分経過しても、迷ったと彼の助けを求める声は耳に届かなかった。
「…はぁ…太陽の嘘つき。俺に言いたくないことなら、わざわざ嘘で誤魔化さずに言いたくないって言ってくれればいいのに…」
ローカルニュースの流れるテレビ画面を、ソファの肘置きに右肘を突き右手の甲に片頬を当てながら眺める。
「『他人に自分の性的嗜好を知られても、その人は自分と接点の無い赤の他人だからオレは全然気にしない』ってクラスの男子と話してたの、俺は知ってるんだからな」
その呟きは誰に聞かれることもなく、ポツリと溢された。
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