彼は、帰宅を申し出る


「ーーー…う…おき…ユウ、ユウ!」


 ぱちり、と。

 目蓋が押し上がると同時に視界が鮮明さを取り戻していく。

 ピントの合った視界に映るは、僅かに赤みが差している金色とブラウン。


ーーよかった…消えてない。


 安堵が胸を満たす。

 彼は、変わらず幽体のまま俺の目の前に現れていた。


「ユウ、やっと起きた!」


「…やっと?…今、何時?」


 のそりと上体を起こして背凭れに寄りかかる。

 点きっぱなしのテレビの左斜め上に表示された時刻は17時4分。驚いてテレビ横の庭へ出れる大窓を見やれば、住宅街の連なる屋根の上に広がる空は橙色をしていた。キッチン付近の小窓からは、真っ赤な西日の光が射し込んでいる。


「もう、夕方…か」


 鳴きながら空を泳ぐ黒い鳥を眺めて呟くと、彼は申し訳なさそうに『ごめん』と謝る。


「12時ぐらいに一度起こそうかと思ったんだけど、あまりにも気持ち良さそうに寝てたから起こしにくくて…流石に夕飯前には起こそうって思ったから、名前呼んだだけで起きてくれて助かったよ」


 『触れないから何回呼んでも起きなかったらどうしようかと焦った』と彼は苦笑する。


「起こしてくれてありがとう」


 礼を述べると、彼は『お礼を言われるほどでもないよ』と嬉しそうに笑った。


ーー何か、夢を見ていた気がするけど…思い出せないな…。


 テレビ画面に放映されているローカルニュースを見やりながら夢の内容を思い出そうと思考していると、彼に名を呼ばれる。カーペットに座る彼に顔をを向けてどうしたと目で問い掛ければ、彼は至って普段通りに口を開く。


「夜になったらユウの家族が帰ってくるだろうし、オレは邪魔にならないうちに帰るよ」


「えっ」


ーー帰るって………何処へ?まさか、殺人現場でもあるあの家のことか…?


 脳内は軽いパニックを起こしていた。

 『本当にあの家に帰るのか』と問えば、『オレの家はあの家だから』と簡潔に返答される。至極当然みたいな顔をされても納得はできなかった。


 彼と彼の両親を殺害した犯人が逮捕されたなどは俺の耳に入っていない。高校でもニュースでもそれらしき話は全く聞かなかった。恐らく今も警察組織が捜査をしている最中なのだろう。下手したら彼の家は未だに現場保存をされており、キープアウトのテープが張り巡らされているのではないのだろうか。

 殺人現場の扱い方に詳しくない為あれこれとは言えないが、仮に、家中に血痕が残されていたりしても、殺人の際に荒らされた室内を見たりしてもーーー彼はあの家に、帰りたいと思うのだろうか。


「…太陽は、自分の家に帰りたいのか?」


「別に、帰りたいって訳じゃないよ。でも、ずっとユウの家に居座る訳にもいかな「いい。ずっと居座ってていい」…ユウはよくても、ユウの両親はよくないんだよ。幽霊とはいえ、知らない人が家の中に居て、自分が知らないうちに色々と聞かれてたり見られてたら嫌でしょ?」


 正論で諭され、ぐっと息が詰まる。それでも、彼をあの家へ帰したくないと思った。

 どうしたら彼が此処に留まってくれるのか、脳をフル回転させる。

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