親友は、怖いから眠りたくない


ーーユウは授業中とか絶対に寝ないって前に言ってたし、そもそも人前では寝ないだろうし…もしかしてすっごいレアなんじゃ…?


 レアなものほど見たくなる。

 オレは、興味本位でチラッと顔だけを後ろへ向けた。


「………」


「………」


 後ろを向いたら何故かーーーアンバーの目と視線が、合う。


「………ちょっとちょっと、ユウさん?」


「………」


「…もしかして、さっきからずっと起きてた?」


「起きてた」


ーー起きてたんかーい。


 『おやすみ』の後に目蓋を下ろしていたアレは一体何だったんだ。フリか。そうだったのか。フェイクとはお主もやりおる。


ーーでもどうして寝たフリを…ハッ!さては…


「そんなにさっきのアニメ見たかったんだね!」


「違う」


ーー即答かーい。


「じゃあ、目を閉じても眠れなかったの?」


 それともやはり、テレビの音が睡眠の邪魔になっていたのだろうか。自分から寝ろと言っておいて、実際はその睡眠を邪魔していたとは非常に申し訳ない。

 謝ろうと思い口を開きかけたその時、ユウから『それも少し違う』と曖昧な否定が飛んで来た。正確さの欠けている返答に思わず『え?』と聞き返す。

 ユウは肘置きを枕にしたまま身体の正面をソファの背凭れに向けて呟いた。


「俺は…眠りたくないんだ」


 背凭れ側に顔を向けているせいで僅かな表情の変化すら判らないオレは、ユウに『どうして眠りたくないの?』と理由を尋ねる。

 ユウは先程の呟きよりも小さな声で答えた。


「太陽は、俺が寝ている時に突然近くに現れた。だったら逆に、俺が寝ている時に突然消えててもおかしくない。寝て起きた時、太陽が居なくなってたら怖いから…俺は、寝たくない」


ーー…ああ、そういうこと。


 成る程、と思った。

 そういう考え方も出来るのだな、と。


「ユウ、聞いて。オレはね、ユウとは違う考え方をしてるんだよ」


 オレは今、ユウにはユウの考え方があって、オレにはオレの考え方があるのだと知った。ユウにも、そのことを知ってほしい。

 『取り敢えずオレの考えを聞いて』と頼めば、ユウはのそのそと身体をオレの方へ向き直した。右頬を肘置きにペタリとくっつけ、視線をオレに注いでいる。


「ユウ、オレはオレ自身が直ぐに消えるとは思っていないんだ。幽霊ってさ、この世に未練があるから存在しているってよく聞くでしょ?オレにも、未練があるから此処にいるんだって思うんだよ」


「…太陽の未練って何?強盗犯のこと?」


 不安を滲ませたアンバーの眼が揺れる。その揺れを誤魔化すように、視線は右へ左へ泳いでいた。


「それもあるだろうね」


「…それ、も?」


「オレは、オレが死んだせいでユウに寂しい思いをさせていることが未練だと思ってる。この考え方が正解だとしたら、ユウが寂しい思いをしているうちは、オレは消えないことになるんだよ」


『オレが今消えるとは限らない』と言外に伝える。

これで安心して睡眠をとってくれるかと思いきや、ユウの眼は不安を消すどころか徐々に水気を帯びていき、縁を赤く染めていった。

間違いない。この表情は、ユウの泣きそうな顔だ。


「…違う。だって、俺が寂しいって言ったの、太陽が幽霊になった後、だから…太陽は俺が寂しかったこと、幽霊になる前は知らなかった、はず…その考え、は…絶対に、違う」


 ユウは涙を流さまいと、瞬きを何度も繰り返す。泣くことを必死に我慢している健気なその仕草に、ギュッと胸を締め付けられた。


「大丈夫だから、泣かないで」


 咄嗟に口から慰める台詞が飛び出た。

 それは、無意識に音を持っていた心の中の言葉。

 ただ、ユウを安心させたい一心で出てきた言葉。


 泣かないでと言われたユウはキュッと口を結ぶ。

 アンバーの眼はオレを見つめて細められはすれど、逸らされはしなかった。


ーー守らないと…この弱った親友を守れるのは、オレだけなんだ。


 目前の人間に対して、使命感にも似た庇護欲を抱く。守りたい。ユウが怯えている恐怖を、追い出してやりたい。


 オレは肩の力を抜いて、ユウに微笑みかけた。


「違わないよ。きっと、始めは殺されたことへの未練から幽霊になったんだ。で、その後ユウと顔を合わせて、ユウから『寂しいからそばにいて』って言われて、そのお願いがオレの二つ目の未練になったんだよ」


 優しい声を意識しながら心持ちゆっくりと語りかける。勿論、笑顔にも気を抜かない。ユウがオレの笑った顔に特に弱いことは、この前の『聞いているこちらの方が恥ずかしくなる暴露』の時に知っているのだ。


「…ほら、そう考えたら『違わない』でしょ?」


 ユウの心を解せる声と顔を作り、まるで、悪魔の囁きのように甘く提言した。さすれば、アンバーの潤んだ眼は燻っていた不安を霧散させ、目尻を僅かに垂れさせる。


「…ああ。…違わない」


 オレの思惑通り、ユウはオレを信じたのだった。

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