親友は、勘違いをしている
ユウは、オレと初めて会話した頃から既に、自身が周囲の人間から嫌われていると勘違いしていた。そう、これは勘違いなのだ。
『俺は周囲に嫌われているから、あまり話し掛けない方がいい』と初顔合わせをした次の日に言われた時は驚いた。女子どころか男子も憧れるレベルで顔の良い男が、自分は嫌われている宣言をするなんて、冗談としか思えないだろう。余程性格が悪ければ嫌われるかもしれないが、オレがクラスメイトから聞くユウの話は全て『勉強も運動も出来るすごい奴』とか、『こないだ廊下でハンカチ落とした時拾ってくれてファンになった』等、悪い話は一つも無い。寧ろ良い話しかない。しかも、あまりにも人気が有り過ぎて、本人非認知のファンクラブまであるらしい。それがどうして『嫌われ者』という認識に陥るのか。
一体何があってそのような勘違いが親友の中で起きているのか以前探ってはいたのだが、ユウは放課後の人気の無い図書室以外では徹底して顔を合わせてくれなかった為、ユウがどのようにして同級生と接しているのか見ることが出来ず、何も分からなかった。
勘違いの原因は結局判らなかったが、ユウが『嫌われ者』ではないことは確かだ。だからオレはユウに何度も言った。
「いつも言ってるけど、ユウはみんなから嫌われてないよ」
何度も言っているのに、
「いや、嫌われてるんだ。じゃなきゃ、周りから避けられたり邪魔者扱いされたりしないだろ」
ユウは『嫌われていないこと』を全く信じなかった。流石にここまで来ると、業が深いと言わざるを得ない。
ーーというか、避けられたり邪魔者扱いされたりってどういうことだ。完全にソイツらのせいじゃん。オレが生きてたらソイツら血祭りにあげてたな。
しかし、ファンクラブ持ちの人間に対してそのような陰湿な行為を働く者が本当にいるのだろうか。
モヤモヤと考えていると、片手鍋のお湯が激しく沸騰を始めた。すかさずユウが袋から出した麺をその中へ投入する。
「オレ、カップ麺なら作ったことあるけど、袋麺は無いなぁ。カップ麺はお湯に浸せば出来るけど、袋麺はお湯を沸騰させてから麺を入れるものなんだね」
「しっかり沸騰させてから麺を入れた方が美味しいんだ。お湯の時から入れておくと、余計に水を吸ってしまって旨味が出ない」
「うわ、ユウがすごいプロっぽいこと言ってる」
グツグツと底から泡が溢れる鍋の中に沈む麺を、オレはジッと眺めた。その合間にユウは換気扇のスイッチを押し、いつの間に準備していたのか、スマホのストップウォッチ機能で経過した時間をチェックしている。
「ユウって、三分茹でるって書いてあったら三分キッチリ計るタイプなんだね」
「太陽は計らなさそうだな」
「カップ麺の麺の固さが作った時によって違うのが面白いんだよ。カップ麺の醍醐味だよね」
「その楽しみ方を重視してカップ麺作ってる人は、少ないと思う」
それから少し経ち、スマホのストップウォッチが二分を過ぎた時、ユウがカウンターテーブルの箸入れから1組の黒い箸を取り出した。
「それ、ユウのマイ箸?」
「そう。俺専用」
「名前は『西野夕陽』って彫ってる?」
「日本旅行の土産に箸を買う外国人じゃないんだから…日本生まれ日本育ちの俺が、家でしか使わない箸に名前彫る訳ないだろ」
やや長めの箸を手に、ユウが片手鍋の前に立つ。箸先を幾分か柔くなった麺の隙間に差し入れ、麺同士の絡みをほぐしていった。
麺をかき混ぜて一分が経過したら、コンロの火を消して粉末スープを入れ、更にかき混ぜる。
粉末が溶けて満遍なく広がると、片手鍋の取手を掴み、器に鍋の中身を溢さないように移す。
「…ん、よし。出来た」
「おお!豚骨ラーメンの完成!」
早速ユウはローテーブルに器とガラスコップ、箸を置き、『頂きます』と手を合わせて朝食を取る。
「美味しい?」
オレが作った訳ではないが、味の感想を尋ねる。
麺を啜る音を立てずにお行儀良く食事をするユウは、『いつも通り美味しい』と答えてくれた。
ーー本当に美味しそうだなぁ。まぁ…何も匂いはしないけど。
『豚骨ラーメン』なんて匂いの強いものが湯気を漂わせながら目前に存在しているというのに、全くの無臭。如何やらオレは、幽体になってしまったことで嗅覚をも失ってしまったらしい。
触覚を失っていると気付いた時にも思ったが、今までは当たり前に共有できていた物や事柄を、幽霊のオレではもう一生共有できないのだ。
ーー本当に…嫌な身体だよ。
こうしてユウと共有できなくなったものを数えていく度に、寂しさが募っていった。
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