オレは、拗ねている


「エプロンは着る?」


「インスタントラーメン作るだけだから要らない」


 袖捲りをしたユウは、台の下にある戸棚から小さな片手鍋を取り出し、それにポットからのお湯を注ぐ。鍋の三分の一程度入れ終わると、コンロの上に置きカチカチと点けた火の強度を上げた。


「朝はラーメン派って言ってたけど、もしかして毎日インスタントラーメン食べてたの?」


「まさか。平日はトースターで焼いたパンにジャム塗って食べてる」


 オレは、ユウの男にしては細い身体をチラリと見やる。

 腕捲りされて露わになっている腕が白いのは、ユウがオレをも超えるインドアだからだ。普段から殆ど日に焼けていない肌の白さは、身体の線の細さも相まってやや不健康気味に見えた。


「…ちゃんと栄養あるものも食べてよ?」


 いつか倒れてしまうのではないかと心配すると、ユウは『心配しなくても大丈夫』と返す。


「昼と夜はちゃんと食べてるんだ。平日の朝は特に忙しくて料理に時間が割けないから、簡単に済ませてるだけ」


「へぇ、ユウの両親って共働きだったんだね」


 思ったことを口にしただけなのだが、その台詞の何かが引っ掛かったのか、ユウは僅かに目を見開いて自身の左隣に立つオレへと振り向いた。


「今、なんで両親が共働きって思った?」


「え?朝忙しいって言ってたから、ユウのお母さんは朝から働いているのかなって思っただけだよ。違った?」


 ユウの、普段よりも少し大きく目が開いているだけの驚いた表情に、間違っていたのか伺う。

 ユウはフルフルと首を横に振った。


「いいや、合ってる。名推理だった」


 換気扇の横、シンクと蛇口の上にある食器棚からガラスコップとラーメン用の器が用意される。その器は、内側と外側の縁に赤色の雷文模様が描かれている、ラーメン店でよく見る器そのものだ。ラーメンを定期的に作って食べるからと、専用のものをわざわざ買ったのだろうか。


「すごい。この器、雷文が入ってるじゃん。誰でもお手軽に作れるインスタントラーメンの為に使う器じゃなくて、本格的な手作りラーメン用の器に見えるよ。コレをインスタントラーメンに使っちゃって大丈夫?中国の人達に怒られない?」


「日本のインスタントラーメンは美味しいから中国の方々も許してくれる…はず」


 ユウは自信無さ気に答えつつ、冷蔵庫の中から緑茶の2リットルペットボトルを取り出し、中身をコップになみなみと注いでいく。


「ちなみにユウは、インスタントラーメン以外の料理は出来ちゃう系男子?」


「簡単なものなら出来る。カレーとか、ハンバーグとか、焼き魚とか。基本、土日の夜は俺が作ってるから、あらかじめ多めに作った後、残りを月曜の弁当に詰めたりしてた」


「ユウの手作り料理、学校に持って来てたってこと⁈マジで⁈」


 さり気なくした質問から思わぬ事実を知る。

 『もっと早く知っていればよかったっ!オレ一度でもいいから食べてみたかったよ』と悔しがると、緑茶のペットボトルを冷蔵庫に仕舞いながら、ユウが流し目でオレを見た。


「どのみち、学校で昼は一緒に食べてなかったんだから、オレの弁当を食べる機会は無かったと思う。太陽がクラスメイトと昼食取ってる間に俺が自分で食べてるだろうから」


 ユウの言い分にオレは少しだけ頬を膨らませてムッとする。

 学校で昼に一緒に食べていなかったことに関しては、この友人に言ってやりたいことがずっとあったのだ。


「…ユウが、一緒に弁当食べようってオレが何回誘っても断ってたからそういう機会が無かったんじゃん。人の目があるから嫌だとか言うし、じゃあ二人で人気のない処で食べようって言えば、太陽は何処にいても目立つからダメとか言うし」


 口を尖らせて常々感じていた不満を垂れ流す。

 ユウが『拗ねてる?』と尋ねてきた。

 ぶっちゃけ、オレは拗ねている。6回目の誘いを断られた辺りからずっと、この件に関しては拗ね続けている。何も、そんなに頑なに親友からの昼食の誘いを断らなくてもいいじゃないか、と思い続けているのだ。


「他人の目とかオレはどうでもいいのに…」


 ユウが頑なに断るには勿論理由がある。それはーーー


「どうでもよくない。太陽は同級生の皆から好かれていたけど、俺は怖がられてたし、多分…結構嫌われてたから、俺と一緒に居る所を見られたら、太陽も悪く言われるかもしれないだろ。それはダメだ」


 ーーー嫌われ者の自分とオレが親しいことを周りに知られるとオレまで嫌われてしまう、と思っているからだ。

 そのような理由、オレからしてみれば『はあ?別に周りが何を言おうが関係無いし、そもそも、ユウは周りから嫌われてないんだけど』、である。

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