オレは、自分自身に誓う
ーー二人とも良い父親と良い母親だったから、きっと今頃、天国にいるんだろうね…。
優しい愛情と温かな真心を惜しみなく与えてくれた両親のことが、オレは大好きだった。
オレの顔に少しずつ似ている二人の優しげな笑顔を想起する。
あの頃は、本当にーーー三人揃ってこんな最期になるなんて、微塵も思っていなかったのに。
『あら、随分綺麗になったわね。二人とも、お疲れ様!冷えた緑茶持ってきたわよ』
『やったっ。ありがとう、母ちゃん』
『おお、ありがとう、里美』
『いえいえ。庭も後少しで終わりそうで良かったわ。家の中も後少しなの。ユウちゃんが来る明日には見違えるほど綺麗になれそう。ああ、リビングに積んでた雑誌は物置小屋にぎゅうぎゅうに押し込んだから、不用意に開けちゃダメよ。雪崩が起きちゃうから』
『えぇ…次に物置小屋の扉を開ける時は大丈夫なのかい?』
『…三人で開けましょう!一人が扉を一気に開けて、二人が左右から雪崩を食い止めるのよ。私達三人なら出来るわ!』
『…太陽。ユウ君には、絶対に物置小屋には近付かないように教えておきなさい』
『らじゃ。忘れないように今日の内にMIMEで伝えとくよ』
『いよいよ明日なのね、ユウちゃんに会えるのは。とても楽しみだわ!太陽から話は沢山聞くけれど、私とお父さんとも仲良くしてくれるかしら?』
『ユウが無表情なのを気にしないでドンドン話し掛けたら仲良くなれるよ。ユウは意外と話すし礼儀正しいから、父ちゃんと母ちゃんもユウのこと直ぐに気に入ると思う』
『太陽の話を聞けばユウ君が良い子だってよく分かるさ。僕も楽しみだよ。とてもカッコイイ子なんだって?どんな子が早く見てみたいなぁ』
『見るのはいいけど、あんまりユウにしつこく話し掛けないようにね。ユウは、オレと遊びに家に来るんだから』
『あらやだ。先に釘刺されちゃったわね、お父さん』
『そうだね。残念だけど、今回は太陽の言う通りにしようか、里美』
『次回もダメだから!』
ーー…そう言えば、結局釘刺しはあんまり意味無かったな。その次の日には二人ともすっかりユウと仲良くなってたし、ちゃっかり我が家のクリスマスパーティーにユウを呼んでOK貰ってたし。
脳裏に浮かんだのは、『今年のクリスマスパーティーは更に賑やかになるね』と喜びながら、まだ夏だというのに計画を立て始める両親の笑ったカオ。
ーー今年のクリスマスパーティー、二人は一段と張り切ってたのにな…まさか…殺されるなんて…。
オレ達三人の死の訪れは、突然だった。
予兆もクソも何も無い。
死神のように全身黒い服装の男が静かな夜に突如現れ、オレ達の命を鋭い銀の刃物で刈り取っていった。
にくい。
ーーどうして父ちゃんを、どうして母ちゃんを、どうしてオレを…。
憎い。憎い。憎い。
ーーアイツのせいで、オレは、大好きな両親も平和な日常も当たり前の幸せも、全部、全部失ったっ!
憎い。憎い憎い憎い憎い憎い!
ーーアイツのせいっ!ぜんぶっ、アイツのせいだっ!オレがっ、アイツをっ、ころーーー。
「太陽」
黒く濁る思考の最中、親友がオレの名を呼ぶ声が聞こえた。それを耳にした途端、意識が思考の海から急浮上していくのが分かる。
無意識にギュッと握っていた掌から力が抜けた。
「立ちっぱなしはキツく無いか?適当に座ってていいし、暇ならテレビを点けてもいいけど」
ユウが、ソファ近くの薄緑のカーテンをシャッと開ける。床から2メートル程ある高い大窓から、青い空に昇る陽の光が射し込んだ。
オレの目の前、朝日の柔らかく白い光の中に、ユウが立っている。
無造作でピョコンと跳ねた寝癖がついている黒髪。光の眩しさにやや細められているアンバーの眼。絵画の住人のように凛と美しく整った顔立ち。ピンと真上へ伸ばされた背筋。
ーーそうだ。オレは全てを失った訳じゃない。オレは一人じゃない。オレにはまだ…ユウがいる。
大好きな親友だけが、オレには未だ残っている。
「…テレビは後でいいや。それよりも、ユウが料理してるところをオレは見たいなぁ!」
「料理って言っても、ただのインスタントラーメンだけどな」
「火を使ってるからそれは立派な料理だよ」
「そんな定義じゃ、家庭科の小倉先生に怒られるぞ」
キッチンへと歩き出すユウの後ろをついて歩いたリビング内は、ほのかに明るい。恐ろしい夜が明けて、安心できる朝になったから。外の世界には暗闇ではなく、澄んだ青空が広がっているから。
ーーユウは、ユウだけは…オレが守り抜く。
誰にも知られることなく、自分自身にそう誓った。
死は突然訪れる。
当然、オレの親友も例外ではないのだ。
もうオレは、失いたくない。
ならば、守らなければ。
大事な親友を、オレが、守らなければ。
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