俺は、聞かれたくない


「あの部屋は父さんの寝室。父さんは夜まで仕事だけど俺は今日ずっと家に居る予定だから、空気を入れ換える為にわざと窓も開けっ放しにしてあるんだ。もし雨が降ってきたら閉めておいてって言われてる」


「へぇ、ユウのお父さんの…。チラッと部屋の中を見ちゃったけど、本棚とかベット付近とか、綺麗に整理整頓がされてたね。いつも何かしら床に落ちてるオレの部屋とは大違いだ」


 彼はあの部屋を見て好印象を持ったらしい。

 確かに、身の回りの整理整頓が出来る人に対して悪い印象を持つ人間は滅多にいないだろう。実際、父の私室は常に綺麗に整えられており、父自身、だらしのない性格ではない。寧ろ真逆。仕事においては、隙が無いほどに厳格な面を持っている。


「ああいう綺麗な部屋の持ち主なんだから、ユウのお父さんはきっと、仕事の出来るカッコイイ人なんだろうな」


 『オレ、そういう大人に憧れるんだよなぁ』、と彼が溢す。

 俺はそれを、あえて聞いていないフリをした。


「ほら、早く下に降りよう。俺に置いて行かれて、家の中で迷子になっても知らないからな」


「フッ、幼稚園児じゃないんだから、流石に家の中で迷子にはならないよー。...ちょっ、待ってお願い置いてかないで!寂しいから!迷子にはならないけどオレが寂しいから!」


 迷子にはならないと鼻で笑う彼を放置して階段を降り始めれば、慌てた様子で彼が追いかけて来る。


ーー…仕事の出来るカッコイイ人、か。俺には、真面目で、キッチリしていて…冷たい人に見える。


 俺は、父の私室があまり好きではない。

 整理整頓されていることは好ましいが、その他が見ていて苦い気持ちになるからだ。

 父の部屋が全く同じ面積の俺の私室より広く見えるのは、整理整頓というより、単に物数が少ないから。カラーリングがシンプルなのは、特にこだわりが無いから色を統一しているだけ。


 あれは、父が仕事を切り上げて家に寝に帰るためだけの部屋だ。だから、あの部屋には殆ど生活感が感じられない。


ーー父さんらしい部屋だけど、その『父さんらしさ』が…少し苦手だ。


「…ねぇ、ユウ」


「何、どうかした?」


 名を呼ばれた為、階段を降りながら隣を並んで歩いている彼へ顔を向ける。視線の先の彼は、なんだか不思議そうな表情をしていた。


「…いや、何でもないよ。気のせいだったみたい。それよりさ、ユウは朝食って白米派?パン派?パン派だったらオレとの戦争が始まっちゃうんだけど」


「安心して。俺はインスタントラーメン派だから」


「まさかの第三勢力!」


 俺を白米派の派閥に引き込みたいのか、彼は白米の良さを隣で語り始めた。白米の美味しさや、パンとラーメンには無いアピールポイントよりも先に『小学5年生の頃に学校行事で自身が体験した田植えがいかに大変だったか』を語り出すあたり、熱の入りようが凄い。

 熱弁する彼の言葉に適当に相槌を打ちながら、俺は内心安堵する。


ーー上手く話を逸らせてよかった…太陽にはあまり、家族の話を聞かれたくなかったから。


 先程は『気のせいだったみたい』と彼は言っていたが、なんとなく勘付かれている気がした。俺の変化に聡く、優しい彼のことだ。俺を心配して話を聞こうとしてくるかもしれない。それはーーー正直、困る。


 友人とはいえ、言いたくないこともあるのだ。


 白米派の少しズレた主張を続ける彼を横目で見遣りながら、俺はこっそりと溜息を吐いた。

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