第三話 朝食の隠し味は『嘘』

彼は、エロ本を探したい


 一悶着あったがなんやかんやで場が落ち着いた頃、朝食を取っていない俺の腹が空腹を訴えてきた。


「ユウ、朝食がまだだったよね。オレのことは気にしないで、食べて来なよ。オレはこの部屋でエロ本でも探してるからさ!」


 気にしないでと言いつつ余計に気になる発言をしてサムズアップする彼に、俺は呆れた視線を送る。


「そんなことを本人の目の前で堂々と宣言するな。…でも、物に触れないのにどうやって探すんだ?触れないなら動かすことも出来ないだろ」


「…ハッ‼︎確かに!え、けど、物がすり抜けるなら、壁とかクローゼットにすり抜けて奥が探せるんじゃないかな?ちょっとやってみるね」


 スクッと立ち上がり、彼はクローゼットの閉められた扉の前に立つ。

 『よし』と意気込んだ声が聞こえたかと思えば、勢いよく彼の頭部が扉へと突っ込んでいった。


「うわっ、ちょ、大丈夫か?」


 大丈夫だろうとは思っていたが、それなりに衝撃的な光景だった為、咄嗟に彼を気遣う言葉が出てきた。『大丈夫』と朗らかな声がクローゼットの中から聞こえてくる。


 先程、頭と何かがぶつかる音はしなかった。恐らく、しっかりと彼の身体は物体をすり抜けたのだろう。

 見た感じクローゼットの扉に損傷は見られないが、彼の首から上だけが扉の奥にすり抜けて消えて見えるその姿は軽くホラーである。側から見れば、首無し人間が扉に首元を擦り付けているように見えるのだ。


「クローゼットの中が暗すぎて何も見えなかったや」


 無音でスッと頭をクローゼットの中から外へとすり抜け出した彼は、たははと後頭部を片手で掻きながら笑う。


ーーまぁ、だろうな。


 光源は存在せず、閉め切られているせいで一ミリも外から光が入って来れないクローゼットの中は当然真っ暗だ。夜目が効くならば見えていただろうが、残念ながら幽霊は夜目が効かないらしい。


「でも扉をすり抜けはしたんだ。壁を通り抜けることもできるんだろうな。これならドアノブを触れなくても移動が…そう言えば、物はすり抜けられるのに床はすり抜けていないんだな。この部屋は二階だから、すり抜けたら一階に落ちるのに」


「そう言えばそうだね。何でなんだろう。『床は踏む物』って概念がオレの中にあるからかな?まぁ、幽霊って親切設計っぽいし、都合の良い初期設定なんだろうね。エロ本は気になるけど探せなさそうだし、朝食食べてるユウとお喋りでもしようかな」


 ドアノブを掴んで扉を開けた俺の後ろに彼も続き、自室を出た。

 自室の扉前の廊下の向こう側には階段が見えており、廊下と階段の間には落下防止の手すりが設計されている。右手側の廊下を突き当たりまで歩いたら一階へと伸びるこの階段を降りられるのだが、右方向へと歩き出した俺の後に彼はついて来なかった。

 何故か、廊下の左側へと視線を向けたまま、場を動かないのだ。


「?、どうした?」


 声を掛ければ、彼は俺へと顔を向けて左側廊下を指で示した。


「あの扉開きっぱなしだからさ、閉めなくていいのかなって思って」


 人差し指で指された先にある、ドアノブが銀に光っている木造の扉。扉自体は俺の私室と全く同じ造りだが、此処からでも少しだけ見えている室内は、俺の部屋より色が単調で床面積が広く見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る