俺は、親愛を伝えたい


「オレはエスパーじゃないから、きっと偶然欲しかった言葉だっただけだよ。オレは、オレが伝えたいって思ったことを言ってるだけ。自分の伝えたい気持ちが伝わるって、すごく嬉しいことだから」


「自分の、伝えたいこと…太陽は、俺が伝えたいことを言葉にしたら、嬉しい?」


「...正直、内容による、かな。嫌いとかウザいとか言われたらオレは確実に凹む。ユウに嫌われたら子供みたいに泣きじゃくるからなオレは。でも内容関係無しに、オレに言いたいことは言って欲しいよ。どんな言葉でも、ユウの気持ちなら受け止めたいから」


 俺を甘やかす、穏やかな目が見つめてくる。

 思えば俺は、いつも彼に甘やかされていた。俺の手を引いて楽しい場所へ連れて行ってくれるのも、寂しがりな俺の心に寄り添ってくれるのも、『そばにいて』なんて我儘を嫌な顔せずに聞き届けてくれたのも、全部。


 親愛を行動で示してくれるから、俺は彼に甘やかされるのが好きだった。


ーー俺が太陽から甘えられる存在になれたら、少しは不安定な心の支えになれるだろうか。


 そう考えて、俺は彼の金髪へと右手を伸ばした。

 陽の光を反射している艶やかな金糸に掌が触れる。視覚的には触れているが、触覚では何にも触れられていない。


「?、ユウ?何してるの?」


 触れられないと分かっているのに触れようとしている無駄とも思える行動に、彼は首を傾げる。それが不都合だった俺は『首を動かさないで』とストップをかけた。


「そのまま動かないで。今...太陽の頭を撫でて甘やかしてるから」


 テストで良い点を取っていた娘に母親が『よく頑張ったね。偉いわ』と頭を撫でていたシーンを、昔ホームドラマで見たことがある。それを脳内でイメージし、右手で実践した。


「...太陽、強盗犯を呪い殺そうとしたこと、思い止まれて偉い。太陽が人殺しでも俺は友達辞めないけれど、悪い事はしちゃダメだからな」


 ゆっくりと、掌を頭部の曲線に沿って動かす。

 触り心地の良さそうなサラサラの髪に触れられた感触は全く無いが、それでも頭を撫でているフリをし続ける。


 お互いに触れた感触が無いのだから、撫でているとは言えないのかもしれない。が、別にそれでもいい。大事なことは、頭を撫でることではなく、頭を撫でる行動で示している俺の気持ちが相手に伝わるのかどうかということ。

 俺の彼に対する親愛さえ感じてくれれば、それでいいのだ。


「俺、太陽が俺とのことを沢山考えてくれていたことを知って、凄く嬉しかった。だから、ありがとう。あと、この際だから太陽が生きてた頃に言えずにいたことを言うけど、俺は太陽みたいな友人に恵まれて幸せ者だった。太陽がいた毎日は楽しかったし、太陽のそばは一番居心地が良かったんだ。だから、太陽が死んでとても悲しい。太陽が死んだなんて受け入れたくなくて毎日泣いていたんだ」


 言い聞かせるような口調で、伝えたいことを羅列していく。

 果たして彼に、俺の気持ちは伝わるだろうか。

 伝わればいいなと願いながら、想いを言葉で紡いでいく。


「俺は太陽の笑った顔が特に好きだ。もう太陽の笑顔が見られないと思うと、これから先普通に生きていけるのか不安だった。太陽は俺にとって、焦がれて止まない陽の光だったから。太陽が居ない昨日までは、暗くて寒くて凍え死にそうだったんだ。でも今朝は暖かかった。太陽の笑顔を見たら、心が暖かくなるからだ」


 彼の顔がじんわりと徐々に赤く染まっていったのが目にも明らかに分かった。

 自分でも今恥ずかしいことを喋っていると理解している。多分、俺の顔の表現力が人並みだったならば、彼以上に顔を赤らめていたことだろう。今回ばかりは表情が乏しくて助かったと思った。


「太陽...お願いだから、泣きそうな顔をしないで。太陽にはいつも、笑っていてほしいんだ。太陽の眩し過ぎる笑顔を、俺はずっと見ていたい」


 言いたいことを言い終わると同時に、彼の瞳が一際大きく揺れた。


ーー今の反応は……ちゃんと、伝わった?


 彼は一度視線を横に逸らして小さく長く息を吐き出し、ゆっくりと目蓋を下ろす。3秒ほど経った後再び現れたブラウンの眼は、もう不安定に揺れてはいなかった。


「…ありがとう。ユウの伝えたいこと、ちゃんと伝わったよ。オレも、嬉しい。死んじゃったけど、こんな身体だけど、またユウに会えて、すっごく…泣きたいぐらい、嬉しかったよ。今もユウがめちゃめちゃ嬉しいこと沢山言ってくれたから泣きそう。でも、ユウはオレの笑ったカオが好きだから、オレも笑っていたい。ユウがそばに居てくれたら、オレは幾らでも笑顔になれるよ。だから...オレからもお願い。オレが笑えるように、オレのそばにいて」


 彼の言葉を丁寧に自身の中で咀嚼する。

 それをゆっくりと飲み込んだ俺の心は、温かく満たされたのだった。


「…ああ。俺は太陽の、そばにいる」


 頭を撫でていた手を下ろし、一文字ずつ噛みしめるように、彼に告げる。

 それを聞いた彼はーーーブラウンの眼を甘く緩ませ、微笑んだ。

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