彼は、認めたくない


「オレは幽霊になったんだ、って足元見たら分かったよ。そして直ぐに...オレは、あの強盗犯を呪い殺す為に幽霊になったんだって思った」


 手だけでなく、声まで震え始めている。

 目を見開いてジッと彼を見つめるも、俯く彼の顔色は伺えない。震える両肩と根元が僅かに黒いつむじしか、此方には向けられていなかった。


「殺しに行こうと思って、とりあえず部屋から出ようとしたんだ。そしたら、声が聞こえたんだよ。『太陽』って。振り向いたら、近くのベットにユウが寝てるのが見えてさ...赤く目を腫らしてて、涙の跡が残ってたのを見たら、俺...強盗犯のこととかどうでもよくなって、ずっと、ユウのことばっかり考えてた」


 ふと、上げられた彼の顔。

 普段は眩しいくらいに輝いて見えていたそれの面影はどこにも無い。

 不安定に揺れる曇ったブラウンの瞳や小刻みに震えながらも『ユウ』と名を呼ぶ唇は、必死に何かを伝えようとしている。


「俺の、こと‥って?」


 初めて目にする彼の様子に、俺は目を逸らせない。

 視線の絡んだ眼が、驚き過ぎて言葉に詰まる俺を視界に入れたまま数回ゆっくりと瞬きをした。


「土曜には遊ぶ約束してたのにとか、今年の文化祭に一緒に見て回ろうって言おうと思ってたのにとか、もっと一緒にいろいろなゲームしたかったとか、もっと、もっと、もっとっ...ユウと一緒に沢山のことをしたいって考えてたっ!ねぇ、嘘って言ってよっ!オレ、自分が死んだなんて認めたくないっ!」


 歪んだ顔に涙は一粒も流れていない。けれど、ガタガタに震えている声は、確かに泣いていた。


ーーやっぱり太陽も、受け入れたくないんだ。...自分が殺されて死んでしまったことを。


 前半は丁寧に一つ一つ数えるように。

 後半はやり場の無い苛立ちや焦りをぶつけるように。

 前後半に高低差があるのは、彼自身が不安定だからだ。不安定になってしまうぐらいにーーー自身が死んだ事実を受け入れられないでいる。


「オレっ、オレはっ、なんでこんな身体にっ...こんな...こんな、何も出来ない身体にっ!嫌だ、嫌だよっ!ユウと楽しみにしてたこと、沢山有ったのに...こんなの...あんまりじゃんか...」


 目前で自身の身体を両腕で前屈みに掻き抱いて痛々しく呟く彼に、俺は何をしてあげることが出来るのだろう。触れられないから、その背中を優しくさすることも出来ない。


ーー俺が太陽にしてあげることが出来るのは、会話だけ。言葉なら、太陽に届けられる。…でも、何を言えばいいのか…。


 彼はいつも、俺が欲しい言葉をくれる。

 『ユウが嬉しいとオレも嬉しい』とか、『ユウの表情の変化は見た目にあんまり出ないから他の人には分からないけど、オレには分かる』とか。

 俺も、彼が今欲っしている言葉を送りたい。けれど、俺は彼じゃないから、正解なんてどれだけ考えても分からない。でもそれなら、彼だって正解は分からない筈だ。如何して彼は正解が分かるのだろう。心理学でも習得しているのだろうか。


 分からない。

 分からないなら、聞くしかない。


「太陽。太陽はどうして、いつも俺が欲しい言葉が分かるんだ?心理学でも学んでいるのか?それとも、もしかしてエスパー?それって、頑張れば俺にも出来る?」


「………え?…このタイミングで、何故にエスパー疑惑が?自分で言うのもアレだけど、今…シリアスなシーンだったよね?」


「いいから、早く答えて」


ーー1秒でも早く太陽を励ましてあげたいから、早く答えを教えて。


 急かせば、困惑気味に返答される。


「………えぇ……そんなこと言われても、俺はユウの欲しい言葉は分からないよ」


「でも、太陽はいつも、俺の欲しい言葉をくれる」


 『だから教えて』と再度尋ねる。

 戸惑った様子で彼は小さく笑った。

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