第二話 俺は生者で、彼は死者

彼は、ジェットコースターが好き

 事実は小説よりも奇なり、とは聞いたことがあるがーーーまさか、その慣用句を地で行く友人が目の前に現れるとは、思わなかった。


「いやぁ、気付いたらユウのベットの横に雑に転がってたんだよね。目を覚まして辺りを見渡したらユウが寝てるんだからビックリ。人って、驚き過ぎると声が出ないんだって知ったよ」


 床に胡座をかく友人(幽霊)は、『ユウの部屋って、シンプルだけどカラーリングとか小物とかオシャレなんだなぁ』と探検に出掛けた少年のような目で室内を見回している。因みに今、彼の降ろしている腰は床板に触れることなく常に3センチほど浮いている状態だ。

 寝巻き用のスウェットからジーパンとシャツ、カーディガンに着替えた俺は、彼の対面に腰を降ろし、改めて彼の姿を眼に映す。俺が彼に触れようとした時に俺の身体は彼の身体をすり抜けてしまっていたが、彼の身体自体は透けては見えない。俺の目には、不自然に浮いていること以外は普段通りの彼に見えていた。


ーーすり抜ける上に浮いてるから、幽霊って言われてすごい納得はできるんだけど...太陽も俺も、意外といつも通りなんだよな。


 本来、幽霊なる存在に遭遇した場合は平静を保てなくなるものなのだと俺は思う。幽霊は非科学的な存在で、しかも実体(?)は既に死んでいる人間なのだから。驚愕し、疑念や恐怖に駆られて取り乱してもおかしくない...いや寧ろ、取り乱さない方がおかしいのではないかとさえ思う。


 再会した直後は確かに平静を装えてはいなかった。主に俺が。彼は割と通常運転だった気がするが、困り顔をしたのは珍しいし、何かを堪える顔は初めて目にした表情だった為、多少の動揺はあったのだろう。だが、何かの間違いでも起こったのか、あれから数分経った今では、俺も太陽も以前の日常と同じようにだらだら駄弁って過ごしている。その『何かの間違い』が『幽霊が生前と変わらない態度や過ごし方をしていること』ではないかとは、俺の考えだ。


 彼は事態を軽く捉えているのか、普段通りに俺に接してくるから、俺の常人としての感覚は麻痺した。正常な感覚であれば、得体の知れない幽霊という存在に対し敏感になるのだろう。こんな、彼が死ぬ前と同じように彼に接することが自然とできている俺は、おかしい。きっと、俺をおかしくしたのは、柔らかで暖かい陽の光のような雰囲気を纏っている彼に感化されたせいだ。そうに違いない。そして、麻痺した感覚を持つ俺は、彼が幽霊となった理由や俺の部屋に突然現れた理由などを、知りたいと思わなかったのだ。


 正直、興味は別の所にあった。


ーーもしかして、今の太陽は、仏の道を極めすぎて不思議な力で浮けるようになった僧侶みたいに見えるのでは...?


 如何なる時も、決心したら即行動すべし、である。


「...なぁ、太陽」


「ん?どしたの?」


「その体勢のままもっと上に浮くことはできるか?仏パワーで浮けるようになったお坊さんみたいなの、見てみたい」


「...ユウ......天才か」


 彼は真顔で『その発想は無かった』と称賛し、浮けるように集中するためか、黙想を始める。そして、3秒も経たない内に彼の身体は真上へと上昇を始めていた。


「なんか、集中しなくてもちょっと念じるだけで浮いたや。幽霊って、成ったばかりの初心者にも優しい親切設計なんだね」


 床から1メートルの高さまでフワフワと難無く浮いた彼は、その浮遊感が楽しいのか、エレベーターのように垂直上下運動を始めた。


「それ、楽しい?」


「んー...楽しいっていうより、こう、無重力でフワッとなる感覚がジェットコースターの降り始めみたいで好きかな。オレ、絶叫系に乗るの好きだったから」


「...そうだったな」


「あれ?ユウ、眉間にほんの少しシワが寄ってるよ。なんでそんな苦いカオしてるの?」


「いや...太陽と二人で遊園地に行って、ジェットコースターに乗ったことを思い出した」


 苦々しくそれを口にすると、『ああ、夏休みに行った遊園地の話ね』と彼は腰を落ち着けて相槌を打つ。


「ジェットコースターに乗ってる時は流石に何かしらのリアクションをしてくれるんじゃないかって思ってたのに、ユウは見事にずっと無表情だったもんなぁ。ノーリアクションだったから絶叫系が大丈夫なタイプなんだと思えば、降りて直ぐに『死ぬかと思った』なんて真剣なカオで言い出してさ...あははっ。今思い出しても面白いよ。あの時はなんの冗談かと思って笑ったよね」


『あんなに澄ましたカオしといて心の中ではめちゃくちゃビビってた人、オレ初めてみた』と言い、彼はくすくすと笑い出す。

笑われたことが少し恥ずかしかった為、『うるさい』と言葉を投げた。しかし彼は『なぁに?恥ずかしがってんのー?ユウってば、恥ずかしがり屋さんなんだからぁー』なんて、ニヤけ面で揶揄ってくる。俺は咄嗟に、近くに落ちていたクッションを彼に向けて投げつけた。


 クッションは直線を高速で描き、彼の顔面へ吸い込まれていく。

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