第3話 ココロココエ
休み時間に三上 徹(とおる)は窓際の席で、
机の上に両腕を組んで突っぷくした姿勢をとり
顔を横に向けて窓から外を見ていた。
校庭にある体育館の鋭角になった屋根の上で
雨が降ったあとだったからなのか、
止まった鳥が足を滑らせては、
細かく交互に足の上げ降ろしを繰り返し、
なんとか留まろうとしている。
いくら自分で正しいと思っていても、
第三者から見れば、バカなことをしているように見える。
まさに今のボクのようだ。
彼女のために。
という正義を掲げてはいるものの、
その奥では、実のところ、
彼女への興味が顔をのぞかせていることに目を伏せている。
徹には他人の考えていることがわかってしまうチカラがあった。
正確には彼女、斜め右前の席に座っている
広末さんの考えていることがわかってしまう。
広末さんは高校2年生にしては大人しい子で、
休憩時間には文庫サイズの小説をいつも読んでいる。
反面、すごくおっちょこちょいで、
授業中によく失敗をして、周囲の嘲笑をえてしまうタイプでもあった。
最近で言うと、国語の時間に先生に当てられて、
教科書を読むことになったのだが、何をまちがえたのか、
いつも持ってきている小説を読み上げてしまう。
ということがあった。
そんな所がかわいいと思ったのか、
守ってあげたいと思ったのか、
自分でもよくわからないのだが、
気になってしまっていた。
というわけだ。
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広末さんの事を考えながら心の中でおまじないを唱えると、
彼女の考えていることが声ではない声で聞こえてくる。
きっとこれは、彼女のことが気になるあまりに
身についたチカラなんだ。
このチカラで彼女が困っていたら、
ボクが助けてあげるんだ。
チカラを使うにあたって、
徹は3つのことを自分なりに決め事としていた。
1つ:1日に使うチカラの数は3回まで。
1回の長さは3分まで。
2つ:あまりにプライベートな内容を聞いてしまいそうな時は、
すぐにチカラの使用をやめる。
3つ:チカラで得た情報は、彼女のためになるように使う。
私欲のためには使わない。
徹が顔の向きを変えて、広末さんの方を見ると、
広末さんはやはり小説を読んでいた。
しばらくすると小説を開いた状態で下に向けて机に置き、
鞄の中をゴソゴソと何か探しているようなそぶりをはじめた。
あれ?なにか困っているのかな?
と徹は思った。
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徹がおまじないをココロで唱えると、
広末さんの声が聞こえてきた。
“家にスマホ置いてきちゃったかな。
もぅ!いいところなのに、「湯湯婆」この字なんて読むんだろ?
えぇと…、 ゆーゆーばぁ?ユーチューバーかな?なわけないか”
徹はすかさず自分のスマホを取り出し、
検索エンジンで「湯湯婆」を調べた。
「どうしたの?忘れ物?」
徹が広末さんに話しかける。
「えっ?んー、スマホを忘れてきちゃったみたいで探してたの。
きっと家においてきたのね。」
と広末さんが答える。
「あっそうだ。三上くんこの漢字読める?」
よしっ!
徹は気づかれないようにこぶし小さく胸の前で握った。
「ん?どれ。……あっ、これかー。
えっとねー。これはあれだ、あのー“ゆたんぽ”!でしょ。」
徹が答えると広末さんは
「わぁ、ありがとー。いいとこだったのに、読めなくて。
すごく助かったよ。」
と言った。
「読めない漢字があったら、いつでも言ってくれよ!
オレ漢字得意だからさ!」
と徹が言ったところで、
キーンコーンカーンコーーン
休憩時間が終わり、次の授業の開始を告げるチャイムが鳴った。
広末 鈴(すず)は三上 徹のことが好きだった。
徹は覚えていないだろうが、2年生になってすぐの頃に
小説を校内のどこかに置き忘れたのを一緒に探してくれたことがあった。
とても気に入っていた小説だったのも手伝ってか、
その時の徹のやさしさに鈴はやられてしまっていたのだった。
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鈴には人にはないチカラがあった。
一般的にテレパシーと呼ばれるそれを鈴は使うことができる。
このテレパシーを使って、どうにか徹との接点をつくれないかと
試行錯誤した結果、鈴はひとつの方法を思いついたのだった。
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それは、このおまじないの言葉をテレパシーで徹に聞かせ、
その時に自分の考えていることを一緒に伝えることで、
徹が鈴のココロを読めると思うように働きかける作戦だった。
何度かこれを繰り返していくうちに、
徹はうまく、自分で鈴のココロが読めると思い込んでくれるようになり、
あとは徹がおまじないを唱えた時に、
徹が話しかけてくれるきっかけとなるような情報を
テレパシーで送るということを鈴はやっていたのだった。
今日も、話しかけてもらえたわ!
鈴はこぶし小さく胸の前で握り、喜びを噛み締めた。
「じゃぁ、次p19を広末さん読んで。」
先生が鈴の名前を呼んだ。
あっ、えっと、慌てた鈴は
「お富や、彼方あっちへ行っておくれ。私は今旦那さまに叱られているところだからね…」
と読んだところで気がついた。
また、小説を読んでしまっていたことに。
おしまい。
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