第6話
次の日、学校が終わり、咲哉と恋火は他のクラスメイトと居残りをすることになったため、華美は夏紀と駅のホームのベンチに座っていた。
「華美はさ、よかったの?」
その一言で、夏紀も気づいていたことがわかって、華美は少し笑ってしまった。
「・・・どうかな」
「これから辛くなったりしない?」
「・・・そのうち2人と大喧嘩しようかな」
「ふふっ・・・そんなことできないくせに」
「なんかその何でもお見通しって感じすっごい腹立つ」
少し笑いながら言われたものの、ちょっと悪い気もして、夏紀は冗談交じりに言った。
「もしさ、辛くなったら連絡してよ」
「夏紀くんが言うとなんか気持ち悪いの何でだろうね」
「・・・キャラにないこと言うからかな」
「そういうの、自分で言うことじゃなくない?」
「ふふっ・・・僕ははっさくと恋火だけじゃなくて、華美も好きだからさ」
「・・・ありがと」
夏紀の精一杯の優しさに、華美は嬉しくなった。
「じゃあさ、ついでに聞いてもらおうかな」
「何?」
「私ね、大好きなお菓子作りをするために自分の店を持つことにした」
「また・・・大きく出たね」
「パティシエになるって夢・・・やっぱり諦めたくなくてさ。学園祭の時に思ったんだよ。私のカフェで好きなお菓子をみんなに出したいって。もちろん、世界一美味しいお菓子作るけどね!」
「・・・そっか」
「好きを諦めるって、こんなにつらいことなんだってわかった。だからさ、もう1個の好きはやっぱり諦めないって決めたんだ。それに・・・前を走ってればきっと、ずっとみんなと一緒にいれると思うんだ」
「それ・・・」
「最近増えた、私の好きな人の受け売り」
それは、茨の道だということも、わかっていたから。
「だからさ・・・たまに連絡するかも」
「うん。わかった」
夏紀は優しく、頷いた。
だから、華美はもう少しだけ甘えることにした。
「あとさ・・・少しだけこっち向かずにいて」
ホームは人がまばらにいて、少しだけ賑やかで。
だから、そこに紛れて聞こえた雑音は、他の人には聞かれないと思った。
でもそれは、長くは続けられなかった。
しばらくして、乗る電車が駅に着くアナウンスが入ったから。
「・・・この間のケーキ美味しかったよ」
もう、雑音は聞こえなかった。
「だから、きっと華美ならできるよ」
「・・・ありがと」
「そういう可愛いとこをもっと出せば華美もモテると思うけどね」
「やっぱ気持ち悪いから無理に励まさなくていいよ」
「いい友達になれると思ったんだけどな」
「そんな無理したセリフ言わなくてももう友達だから」
「・・・ありがと」
「イギリス行っても頑張ってね、夏紀くん」
***
金曜日・・・学校にとっては特別な行事もないから、いつも通りの日常。
だけど、クラスにはどことなく寂しさが広がっていた。
夏紀が学校にいる最後の日。授業も全て終わって、下校の時間になった。
最後のホームルームで、担任から夏紀が今日で転校することが告げられ、夏紀はみんなの前で一言話すことになった。
「半年間という短い間でしたが、このクラスに来ることができて、本当によかったです。このクラスじゃなければ・・・コンテストで優勝することも、留学すると決めることもできなかったと思います。すごい絵描きになれるように頑張ります。ありがとうございました」
あの表彰式のスピーチのように、その言葉に嘘はなくて、本心で思っていることは、少し滲んた目から伝わった。
「「さようならー!」」
学級委員の号令とともに、今週が終わった。
・・・そして、夏紀のいる日が終わった。
「そういえば夏紀、屋上行ったことあるか?」
唐突に、夏紀に聞いた。
「・・・ない」
「じゃあ行こうぜ!人生に1回しかない高校生活、1回くらい屋上でダベらないと終われないだろ?」
「いや・・・別に」
そう言う夏紀の腕を強引に引っ張る。
残念ながら、引きずり出すうまい理由を考えることができなかったんだよな・・・。
作戦を考えるのが隊長の仕事でしょ?って見捨てられた俺は、完全に力技で押し切ったために、見捨てた2人から呆れられながら、夏紀を屋上へ引っ張っていった。
***
屋上について、フェンス越しに景色を見る。
「どう?高校生っぽくないか?」
「・・・どうかな」
夏紀は呆れながら笑っていた。
屋上に連れて行くことに必死になりすぎて、そこからどうするかを何も考えていなかったから、できることはもう何もなかった。
それを見透かしたのか、夏紀が口を開いた。
「じゃあどうせなら、高校生っぽい話でもするかい?」
「・・・何だよ?」
「恋火とのこと、おめでとう」
「・・・知ってたのかよ」
なんか、逆襲された気分だった。
「絵を描くには観察力が必要だから」
「だったらもう少し人付き合い頑張れよな」
「絵を描くのに必要ないでしょ?」
「・・・本当にバカだよな、お前」
「・・・そうだね」
こういう真っ直ぐなところが、夏紀のいいところなんだと思う。
自分の好きにこんなに夢中になれるほどの真っ直ぐさが。
夏紀がしみじみと言う。
「初めて、人と一緒にいるのっていいなって思ったんだよ。恋火と・・・はっさくのおかげだよ」
「華美も入れてやれよ」
「そうだね」
夏紀が少しだけ、笑った気がする。
「本当にいいトリオだなって思った。羨ましかった」
「言っとくけど、トリオじゃねーよ。・・・4人組だ」
「カッコ悪っ」
「何て言うかわかんねーんだよ」
「カルテット、って言うんだよ。4人組。こういう時に決めれないのが残念だよね」
「うるせーよ!」
「ありがとう、はっさく」
少し笑った後、夏紀は続けた。
「恋火のこと、僕は大好きだよ。だけど、はっさくのことも大好きだよ。もちろん華美のことも」
遠くの景色を見ていた目は、さらに遠くを見るような目になって。
「最初はさ、女の子として好きだと思ってたんだよ。だけど、恋火やはっさくを見て気がついた。僕が絵を描くために、恋火が必要なだけであって、たぶん、幸せにできないんだって」
そう言い終わると、深呼吸をして、力強く言った。
「恋火がいなくても、絵が描けるようになってくる」
「そうか。頑張れよ」
「日本に戻ってきたら・・・また4人で会えないかな?」
「恋火や華美とバラバラになってなきゃ大丈夫かな」
「じゃあもし帰ってきた時に恋火が1人だったら、その時は僕が一緒にいる」
「・・・十分好きじゃねーかよ」
思わず、笑ってしまった。
「だから、はっさくの友達として、友達の恋火のこと、頼んだから」
「任せとけ。その代わり、友達として、すごい絵描きにならずに逃げて帰ってきたらぶっ飛ばすからな?」
***
スマホが鳴り、合図を受け取った俺達は教室に戻った。
夏紀を先に教室に入れると、クラス全員が残っていて、一斉にクラッカーを鳴らした。
「すげえ・・・」
黒板一面を使って、「日向夏紀くん、留学頑張ってね」の文字と、見事に書かれた夏紀の顔。そしてみんなの名前。
計画は知ってたけど、思わず俺が驚いてしまった。
「・・・僕、もう少し髪の毛長いし、口もこんなに」
「お前本当に絵描きバカだな」
「・・・ごめん」
教室のみんなが笑う。夏紀のことは、みんなももうよくわかっているから、誰も怒らない。
「これ、みんなから!」
恋火が手渡したのは、あのノートだった。
「2Bs be ambitious」の文字が表紙に書かれ、裏表紙には、夏紀の描いた横断幕の写真が貼られていた。
月曜日、華美に頼んでバレないように夏紀を先に帰らせて、居残りしてみんなで頑張って作ったものだった。
夏紀が中を開くと、夏紀が自分で描いたクラスメイトの名前と笑顔のスケッチ。そしてそれぞれ自分のページの余白に寄せ書きを書いていた。最後のページには学園祭の時に俺が撮った夏紀の写真。そしてその日に全員で撮った写真と、俺たち4人の写真を貼った。
「本当に・・・ありがとう」
夏紀はノートを大事そうに持って、みんなの顔を見た。
クラスメイト、と言うと少し物足りなくて、友達と言うと少し重すぎて。
だけど、いつか友達になれそうな気がするみんな。
一緒にいたのはたった半年だけだけど、夏紀は他に表す言葉を知らないから、みんなのことを話すときに、自分の中だけで、そう呼ぶことにした。
僕の『幼なじみ』、と。
幼なじみ狂騒曲 あおいろ @aoiwenico
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