第5話

夏休みも残り2週間というところで、結局、夏休み中に4人で遊んでいないことに気がついた。花火大会は葵もいたし。

じゃあ遊ぼう!ってことで、急遽遊ぶことにしたものの、遠出ができるわけでもなく、「ボウリング行ったことないから行ってみたい!」という恋火の一言でボウリングに落ち着いた。

「夏紀くんボウリングしたことある?」

「ないかな・・・」

「じゃあ一緒だね!」

いつにも増して、楽しそうだった恋火を横目に、俺も華美に聞いた。

「お前は?」

「私もやったことないなぁ・・・はっさくは?」

「俺もない」

「・・・誰もやったことないの?」

「・・・そうだな」

予想通り、俺と華美、恋火と夏紀でチームに分かれて始まったボウリングは、それはそれは泥仕合だった。

玉もまともに転がらないし、やれフォームがおかしいとか、やれ変な軌道だったとか、1回1回投げるたびにみんなで笑って。

「やったー!7本も倒れたー!」

恋火が飛び跳ねながら喜んでいる。今日の最高記録を更新できたもんな。

「いぇーい!」

戻ってくるとチームメイトの夏紀とハイタッチしたりもして。

夏紀も少し嬉しそうだったりして。

こんな感じでたまにピンが倒れるとそれだけで大喜びした。

「くっそ・・・俺だって」

「はっさくー?またお掃除の時間かなー?」

あ、こいつさっき7本倒したから調子に乗ってる。

後半は、こんな感じでほぼほぼ恋火と俺の罵倒合戦になってたりもして。

「大丈夫、期待してないから」

「お前同じチームだよな!?」

華美がいじわるな笑顔で送り出した。

まあそう言いたくなる気持ちもわかるけどさ、3フレーム連続でガターだもんな、俺。

ふてくされながらやけくそで投げたボールは、奇跡的に三角形の頂点に当たり・・・全部のピンが倒れた。

「嘘―っ!?」

恋火の声が後ろから聞こえて、やっと目の前の光景を認識できた。

「いぇーい!」

「「見たかー!」」

華美とハイタッチをして、すぐに2人で恋火を挑発した。

恋火が膨れていると、夏紀が席を立って、投げる準備をしていた。

「夏紀くん、頑張ってね!」

「うん」

涼しい顔で投げたボールは、全部のピンを倒した。


***



「あー、楽しかった」

「・・・4人ともスコアボロボロだけどな」

「大事なのは何をしたかじゃなくて、楽しかったかどうかでしょ!」

恋火の一言は、どこかで聞いたことのある一言で。

その意味がわかった俺と華美は思わず笑ってしまった。

正直、隣の小学生の方がいいスコアだったけど、誰よりも楽しんでいたと思う。

晩ご飯はファミレスだった。

ひとしきりご飯も食べ終わったけど、そのまま帰ることはなかった。

4人でいるのが楽しくて、帰るって誰も言い出せなかったから。

「6年生の時、はっさくが先生のことお母さんって言ったりとか」

まあエスカレートし始めてきて今は俺と恋火でお互いの小学校時代をディスってるだけだな。

っていうかやらない?うっかりお母さんって言っちゃうことない?

そんな話の流れで、みんなの昔の話になったりもして。

「夏紀くんはさ、昔から絵描いてたんだよね?」

「うん・・・幼稚園の時から絵描くの大好きだったし」

「嫌いになったりしないの?」

「なりかけたけど・・・大丈夫だった」

微笑みながら言う夏紀の顔を見て、少し嬉しくなった。

「いいなー、やりたいことが決まってるって」

「お前もあったじゃん、花屋になるって」

「あったね」

「その辺の花集めては花屋なのに何の花かもわからずに俺に高値で売りつけてたもんな」

「よく覚えてるねそんなこと・・・」

華美と夏紀は笑っていた。恋火は膨れてたけど。

だから逆襲もしてきたし。

「はっさくはヒーローになりたかったんだもんね!ずーっと変身してたし」

「幼稚園の頃な」

「ねーねー、あの時の変身のポーズやってよー!久しぶりに見たいー!」

「絶対嫌」

冷たくあしらう俺に、恋火は結局膨れてたりして。

「華美は将来の夢とかあった?」

「私ね、パティシエになりたかったんだ」

「パティシエ!?」

こいつ、たまに女子感出してくるよな。

「悪い?」

その思いまで汲み取られたのか、華美は冷たい視線でこっちを見た。

「そういえば、バレンタインはいつも手作りだったな・・・」

少しごまかしも入ったけど、なんとなく納得がいったりもして。

中3の受験前の忙しい時ですら、手作りだったもんな。

「華美はもうパティシエにならないの?」

恋火が聞いた。少しだけ、時間を置いて華美は答えた。

「・・・やめちゃった」

「そっか。華美のお菓子、美味しかったのになぁ」

残念そうに言う恋火の横で、ぼそっと夏紀が呟いた。

「食べてみたいな・・・華美のお菓子」

「じゃあ、バレンタインに義理チョコ作ってあげるよ」

少しいたずらっぽく、華美は笑って返した。

「その頃にはもう受験勉強とか始まってるんだろうな・・・」

思わず、言ってしまった。

「あぁぁぁぁぁ進路どうしよー」

だけど、もっと目の前の現実を恋火が思い出したりして。

「そういえば始業式の日に提出だったな・・・」

高校卒業後の進路希望の提出。

夏休み中、提出用の紙を何回か見たけど、まだ何も書けずにいた。

「夏紀くんは芸術大学とか?」

「うん・・・そのつもり」

「いいなぁ・・・」

たぶん、内容よりも決まってることに対してのコメントだよな。今は出すことに精一杯だもんな。

「ま、俺らはとりあえず大学だろうな」

「そうだよね・・・」

進路希望の提出が危うくて絶望感漂うのを見て、華美は少し悪い顔をして言った。

「っていうか、そもそも宿題は終わったの?」

「華美、それは言っちゃダメだ」

さらに目の前の現実を突きつけやがった。

「終わらないよぉぉぉぉぉ!どうすればいいんだよぉぉぉぉぉ!」

押し寄せる絶望感で、恋火は華美に泣きついた。


***


久しぶりに1日中泣くほど笑った気がする。

笑っていたのは他の3人も同じで、そのくらい、今日1日はずっと楽しかった。

そんな楽しかった日の最後に、華美のせいで一気に全員で現実に帰った。

あんなことを言った華美も実はまだ終わってなかった。

結局、次の日からみんなでちゃんと夏休みの宿題を頑張ることにした。

LINEのグループでお互い進捗状況を報告しながら励まし合ったり、俺の部屋に4人集まって宿題をした日もあった。

理由が宿題だとしても集まればいつも通り賑やかだった。

わからないところがあると、お互いに教え合ったり、恋火が宿題に飽きて、遊び始めたり。

結局そこに乗っかって休憩がてら遊んだりしていた。

夏紀は古文が苦手らしく、得意だった恋火が楽しそうに教えていた。

その様子が気になって、必死に集中しようと頑張ったけど、やっぱり集中できなかった。

その度に、華美に手が止まってるって怒られたりもしたけど。

そんな感じだったから、9月に入って、クラスの中は久々の再会で盛り上がっていたけど、久しぶり感は全くなく、いつも通りだった。

結局昨日も次の日から学校だというのに俺の部屋に集まって宿題に追われていたし。

で、今朝起きてスマホ見たら恋火が午前3時に終了宣言してて、さすがに寝坊するかと思ったけど、ちゃんと学校に来ている。

髪ボサボサだし目に隈ができてるけど。

そのおかげで始業式は無事・・・じゃないな、恋火も俺も寝てたな。

気がついたら始業式は終わっていて、教室に戻ると、2学期の始まりを告げるように、学級委員が話し始めた。

「今から学園祭の出し物を決めまーす」

うちの高校は11月に学園祭をする。

高校にしては遅い気もするけど、受験前の息抜きという名目もあるらしい。

実際3年生は自由参加だし。

ステージは音楽系の部活や演劇部で埋まるので、基本は各クラスが、教室ごとにやることを決める。

となると、やることはだいたいお店になる。

衛生面とかいろんなこともあってそこまで凝った料理が出せる訳もなく、うちのクラスは結局無難にカフェということになった。

ただ、1つだけ、無難ではないことがあって。

「最優秀賞を取った日向くんの絵をモチーフにしたカフェとか!」

これを言ったのは、俺たち4人の誰でもなく、クラスメイトの女子が言い出した。

夏紀は始業式の最初に表彰された。

俺も恋火も、それを見届けてから寝たから記憶に残っている。

その時に、プロジェクターに絵が映し出されて、全校生徒が感嘆の声を上げていた。

どうやら、商魂たくましく、その人気にのっかろうということで。

・・・っていう考えもあるけど、それだけじゃなかった。

あの絵の世界を再現するだけじゃなく、みんなが広げていこうとしていた。

現に、部屋の世界観を決める教室の壁の絵は俺たち4人が担当だけど、店員の衣装とか、出す料理とか、いろんなことを、各担当があの絵をじっと見ながら毎日のようにいろんな案を出していた。

そして、結果的に総監督となってしまった夏紀はその案に1つ1つ、「僕には正解かどうかわからない」と言っていた。

でも、誠実に答えていた。

正直、自分でもあの絵の解釈はわからないと話して、見た人が感じたこと、それぞれが正解なんだってちゃんと自分の口でみんなに説明していた。

あの街は元々どんな街だったのか、妖精はどうして魔法をかけていたのか、魔法をかけた結果、街や妖精はどう変化したのか、描いた本人は何も考えていなかった。

ただ、カラフルな不思議な街の中で、妖精が楽しそうに魔法をかけているその瞬間を切り取っただけ。ということらしい。

おかげで、背景の方は困難を極めた。

4人でいろいろと解釈を出してみるものの、どれもしっくりこない。

結局、他の各担当はいろいろな案を出しているにも関わらず、俺たち背景チームは何もできずに2週間が経った。

帰り道、恋火と頭を悩ませながら歩いていたけど、やっぱり案が出ることもなかった。

家に着き、ベッドに倒れこんで天井を眺めていた。

しばらくすると、さっきまで一緒に悩んでいた恋火から連絡が来ていた。

『明後日、夏紀くんとデートすることになった!』

『学園祭の絵、描くためにって』

なんとなく、しばらく返事を返せずにいた。

ベッドに寝転がり、じっと画面を見る。たぶん、数分は経ったと思う。

やっと文章を打つけど、消して、また打っては消して。

ようやく、送信した。

『そっか、いい絵描けるといいな』


***


「あ、夏紀くんおはよー!」

「おはよう」

その週の日曜日、夏紀は恋火とデートをすることにした。

「じゃあ行こっか!」

「うん」

目的地は、インターネットで検索して見つけたおしゃれなカフェ。

今日は3件ハシゴすることになっていた。

1件目は、SNS映えしそうなカラフルな内装のカフェ。

落ち着かないけど、色合いはあの絵に近かった。

でも、そこは特にピンと来ず、1時間くらいして次へ向かった。

2件目は内装の評判が高かったおしゃれなカフェ。

たしかに、居心地も良くて落ち着いた雰囲気だったけど、やっぱりピンと来ず、1時間くらいして次へ向かった。

3件目は1件目よりも色合いは柔らかいけど、カラフルでポップなカフェだった。

あの絵に近い世界観で、いけるかもと思っていた。

どの店でも、恋火は楽しそうに話をしていた。

夏紀は時折話をしながら、絵の構想を考え続けていた。恋火のことを眺めながら。

だけど3件目で、夏紀はずっと感じていた感情に気づいた。

「・・・あのさ」

「ん?」

恋火が今日3杯目の飲み物を飲もうとしたところで、夏紀が声をかけた。

「何かあった?」

恋火はきょとんとして答える。

「何にも」

「本当に?」

「うん」

「楽しい?」

「うん!」

「そっか・・・」

夏紀は、少し考えると、ノートと筆記用具を片付けた。

「やっぱり今日は普通にデートしようか」

「もう描かなくていいの?」

「うん、いいんだ」


だって、今日の恋火もなんか・・・。


そう言いたかったけど、夏紀はその言葉を胸の中にしまい、微笑んだ。


***


残念ながら、日曜日のデートでは、収穫はなかったらしい。

デートの内容は、何も聞かなかった。

精神衛生上、その方がいい気がしたし、今こうやって、夏紀と恋火が頭を悩ましている時点で、背景を考えるという目的が達成できなかったこともわかっているし。

結局、月曜日に相変わらず4人揃って頭を抱えた。

前回の横断幕の時のことが、頭をよぎった。

あの時は、1ヶ月何も出てこなかった。

規模や他の担当のことも考えると、さすがに来週までに多少は出てこないとヤバい。

後がなくなった俺たちは、授業後に居残りで考えることになった。

だけど、居残り初日から早々に恋火が根を上げた。

そういえばこいつ、購買のパン売り切れたせいで昼ご飯食べてなかったな・・・。

おかげで近くのファミレスに場所を変えて、会議を続行することになった。

のはいいんだけど・・・

「お前、そんなに食べたら晩ご飯食えなくなるぞ・・・」

「どうせ今日もカレーだからいいの!」

ステーキにドリアにサラダって完璧晩ご飯だよな・・・。

これでまだデザート食おうとしてるあたりさすがだよな。

隣で久々の食事にがっついてる恋火に対して、俺は夏紀と一緒にポテトをつまんでいた。

ふと正面を見ると、華美は1口食べてそのままスプーンを咥えながらケーキをじーっと見ていた。

「華美・・・なんかあったか?」

「えっ、いや、何にも!」

「・・・疲れてるなら帰っても大丈夫だからな」

「ううん大丈夫・・・ありがと」

夏紀も、ポテトをつまみながら、スマホにあの絵を表示させてじーっと見ていた。

今まで大きな四角の紙に絵を描いていた夏紀にとって、4面もある部屋の壁紙を考えるということは、未知の領域だった。

「なんかこの間のこと思い出すね」

恋火がふと呟いた。

「この間って・・・ボウリング行った日か?」

「そういえばあの日の夜もファミレスだったね」

「楽しかったよね、あの日!」

「なんか異様だったよな・・・」

「夏休み最後っていう魔法のせいかな?」

恋火が箸を杖のようにくるくるさせている。

・・・行儀悪いぞお前。

でも、たしかに異様だった。みんながテンションに飲まれていったというか・・・

「夏紀くんも、たくさん笑ってたもんね」

「そうかな」

俺たち3人が腹を抱えて笑うのはいつものことだったけど、あの日は夏紀もずっと笑っていた。

そのぐらい、すごく楽しい日だった。

「あー、楽しい日思い出したらお腹いっぱいになっちゃった」

「思い出したからじゃなくて元々食えない量頼んだからだろ・・・」

食べたいものを躊躇なく注文するからいつも食べきれないんだよなこいつ・・・。

「はっさくステーキ食べる?」

結局今日も、食べきれなかったステーキを差し出してきた。

「仕方ないな・・・」

そう言いながら、3分の1残ったステーキを食った。その瞬間だった。

「じゃあこれでステーキははっさくのお金ってことで!」

「お前最初からそのつもりだったろ!?だいたい半分以上お前食ったろ!?」

「男ならケチケチしないで払いなよー男が下がるよ?」

「そういうこと言うと女が下がるぞ?」

「華美ぃぃぃぃ!!はっさくがいじめるよぉぉぉぉ!」

机をバンバン叩くんじゃない。

他のお客様の迷惑になりますのでおやめください恋火さん。

「上司は部下に奢る。これ社会の常識」

「だったら上司らしく扱ってくれないかな!?っていうか俺今何の上司だよ!?」

だけど、やっぱり今日も華美は迷惑になる行為をする部下よりも、上司の責任を追及してきたりして。

そんないつも通りのやりとりが行われている片隅で。

「ふふっ・・・」

夏紀は笑っていた。思わず俺ら3人が夏紀を見てしまった。

「ごめんごめん・・・」

笑いながら謝る夏紀は、そのまま笑いながら言葉を続けた。

「あのさ、悪いけど先帰っていい?」

「いいけど・・・どうした?」

夏紀は落ち着くために、深く息を吸って、吐いた。

「描ける気がする」

笑顔で、でも自信満々にそう言った夏紀を、俺達は笑顔で送り出した。


***


次の日、夏紀は宣言通り絵を描いてきた。

入り口付近は現実に似せて。

だけど徐々に魔法がかかっていって、部屋の中はあの不思議な町を完全に再現していた。

天井から風船をぶらさげるという飛び道具まで提案して。

出口もまた、徐々に魔法が解けていくように。

だけど、入口と違って、希望の光が差すように。

あの絵とは違って、夏紀の中に少し狙いを持っていた。

「お客さんを魔法にかけて、魔法が解けても、その魔法で希望が持てるように」

俺たち3人は、何も言うことがなかった。

まあそもそも文句をつけられる技術はないんだけどさ、本当にいいと思った。

それからの作業は早かった。

大きな紙にひたすら夏紀が絵を描き、俺達は手伝える色塗りとか、加工とか、できることをやった。

横断幕の時とは違って、締め切りまでは余裕がたっぷりある。

こだわるところにはとことんこだわっていった。

背景が完成していく様を見て、みんなもまた、奮起して、自分たちの案をブラッシュアップしていった。

せっかく考えたのにそれをやめて1から考え直したものもある。

それだけすごいものができていると思ったし、みんなの気持ちも感じていた。

11月の頭が学園祭だっていうのに、10月の半ばに、俺たちの担当分は全て完成した。

全ての絵を貼り、風船までぶら下げた教室をみんなで見たときは、本当に感動した。

それこそ、壁紙に描かれた妖精に魔法にかけられたような、そんな気分だった。

俺たち4人は、記念にスマホで写真を撮ってもらった。

そういえば、4人で写真を撮るなんてこと、今までしてなかったな。

クラスのみんなも、思い思いに写真を撮っていた。

廊下を通る他クラスの生徒の「すげぇ・・・」って声も聞こえたりして、妙に嬉しかった。

そんなクラスみんなの顔を見て、満足そうな顔をした夏紀を、俺はこっそりスマホで撮った。


***


そして、学園祭2日前。俺と華美、恋火は俺の部屋に集まっていた。

たぶん、最後になるだろう「作戦会議」。

夏紀がいないのは、そういうことだった、

「なんかさ、作戦っていうほどでもないよね」

「でも結局1番いいのは王道だろ。っていうか、1回も王道で攻めたことないんだから1回くらいやろうぜ」

そしてその会議は、学園祭終了後の夜に行われる後夜祭で、最後に打ち上げられる花火の時に告白する、という超王道パターンで行くという結論になった。

花火が上がっている時に愛を誓いあったカップルは永遠に結ばれる、っていう伝説があるところまでちゃんとお約束通りなんだけどな。

転校生の夏紀がそれを知ってるかどうかは置いといて。

「・・・うん、そうだね」

恋火は少し笑って、作戦の実行を決意できたようだ。

最後の会議だっていうのに、あっさりと終わってしまったことが、少し寂しくて。

同じように感じてるのか、華美が少し静かなのが気になって。

「じゃあ、明日から大変だし、今日はもう帰ろうか」

「うん」

華美に促されるように、恋火も帰る準備を始めた。

俺の家の隣が恋火の家だけど、華美を家まで一緒に送ってからそれぞれ家に帰るのがいつものパターンだった・・・はずだけど、今日はいつもと違っていた。

「恋火さ、そんなに告白するまで時間ないし、告白の中身考えなきゃいけないと思うから、今日ははっさくに送ってもらうよ」

「え?」

「だからさ、家に帰ってゆっくり考えて」

「あ、うん・・・ありがと!」

「ってことで、はっさくはどうせ暇なんだからよろしく!」

「はいはい、どうせ暇人ですよ・・・」

恋火が家に入るのを、2人で見送って、華美の家に向かっていった。

歩き始めて、しばらくは静かだった。

・・・いや、やっぱり華美の表情が引っかかって。

「華美さ、何かあったか?」

「・・・バレた?」

「一応4年以上の付き合いだしな」

「最後の作戦会議・・・寂しかったなーって」

「だよな・・・」

想いが一緒だったことが少し嬉しくて、少し表情が緩んだのが自分でもわかった。

でも、それはごまかしていただけなのかもしれない。

次にかけられた言葉の重さを感じたから。

「あのさ」

「ん?」

華美は、深くため息をついて、静かに言った。

「このままだと恋火と夏紀くん、くっついちゃうよ?」

「・・・そうだな」

「いいの?はっさくはこれで」

華美の言葉の意図が、俺には掴めなかった。

だけど、俺が言えることはこれしかなかった。

「今回こそは勝ってほしいんだよ。恋火が幸せなら、俺も幸せだから」

そうだよ。もう何年も、こうやってずっと戦ってきたんだ。

だから今度こそ恋火が幸せになれれば、恋火が笑顔で居てくれれば・・・俺は幸せだ。

「・・・あぁぁぁぁぁもうっ!」

華美は叫びながら、俺の腕を思いっきり叩いた。そして正面に回り込んだ。

「はっさくのそういうとこ、ほんっと、イライラする!はっさくは恋火の何を見てきたの!?」

まっすぐ見つめる華美の目を俺は見ることができなくて、少し背けてしまった。

「恋火はさ、たしかに全敗してるよ。でも負けてるんだよ!勝負つけてるんだよ!どんなにボロボロになったって、いつもちゃんと立ち上がって、また戦って、負けてるんだよ!」

それでもなお、俺の目をまっすぐ見つめる華美の目には涙が溢れていた。

「はっさくはまだ負けたことも、倒れたことも、戦ったことすらないよね!?何にもしてないんだよ!なのに何勝手に結果決めてるの!?バカじゃないの!?」

普段弱いところなんてあんまり見せず、いつも恋火を慰めている華美のそんな表情はいつもよりも胸に迫って。

「男なら戦ってきなよ!今戦わなかったら、はっさく一生戦わないよ?恋火のこと、そのぐらいにしか思ってなかったの!?」

鋭利な刃物で刺されているような、激痛が次々と襲ってきた。

「幼なじみだから?イケメンじゃないから?知るかバーカ!何でもかんでも言い訳にしたいだけじゃんか!」

そう言って、華美は両手で俺の胸のあたりをぐっと掴んで、そのまま顔をうずめた。

今はただ、立ち尽くすしかなかった。


***


『幼なじみは告白直前に告って負ける。』

『だったら勝負できるのは明日1日だけ。』

『明日の帰り道が勝負だから。』

『はっさくならできる。』

咲哉は、恋火への想いを伝える決心ができたようだった。

そんな咲哉に、華美はLINEでエールを送った。

「噛ませ犬の幼なじみは私1人でいいんだよ」

つい数分前に自分が言ったことを思い出しながら、華美は再び目に涙を浮かべた。

「私が勝負したら・・・勝ってたのかな」

思い出した言葉たちが、自分の胸に刺さるのをただただ受け止めながら。


***


学園祭前日の準備の日。朝から床に背景を並べ、紙の丸みを取っていた。

当日は朝から外部のお客さんも入るため、準備の前に全校集会が朝から行われることになっていたから、集会が終わる頃には丸みも取れてすぐに貼れるようになるだろう。

そう思って、教室いっぱいに背景を広げていた。

・・・だけど、集会が終わって教室に戻ると、事件が起こっていた。

注意事項とか、前日の宣伝合戦とか、いろいろやっていたおかげで1時間ほどやっていた集会の間に、スコールのように雨が降っていた。

そして、教室の窓は開けっ放しだった。

窓の近くの床はびしょ濡れになって、床に広げていた絵は窓の近くにおいていた壁1面分も、びしょ濡れになっていた。絵の具は滲んで、とても掲示できる状態じゃなかった。

目の前の現実を、受け入れたくなかった。

それは、華美や恋火、夏紀も一緒だった。

恋火は泣いた。高校生だっていうのに人目もはばからず。

「・・・とりあえず、できることをしよう」

「・・・そうだね」

「じゃあ・・・まずは無事だったやつ貼ろうか」

華美が冷静に、他の3面分の掲示を提案した。

被害があったのは、外側壁面に貼る分の背景。

あとの3面分は無事だったし、床を占拠しているのでこのままじゃ他の担当も準備もできなくなる。

無事だった背景の貼り付け、風船の準備までやりながら、残りの1面分をどうするか、考えることにした。

壁に背景を貼り付け、風船を膨らまして天井からぶら下げる。

俺らは必死に準備した。

・・・たぶん、現実逃避をしたかったんだったんだと思う。

できることが全部終わって、窓側を見る。

やっぱり・・・壁まるまる1面空いていて、違和感しかなかった。

もう今は1時もすぎ、呆然とする俺たち3人に、恋火が言った。

「やっぱりもう1回作ろう!」

「お前・・・あの1枚だけでも4人で作って3日間かかってるんだぞ。あと半日で元通りはさすがに無理だよ」

「そうだよ恋火、今は半日でできること考えようよ」

「ダメだよ!だってこれは・・・」

恋火が泣きそうになったとき、クラスの男子たちが声をかけてきた。

「あのさ・・・俺ら準備終わったし、できることは手伝うよ」

「クラスの出し物だし、みんなでやろうぜ」

「・・・いいの?」

恋火が2人の方を見る。

「あの時の写真使えば再現はできるんじゃない?ほらこれ」

会話を聞いていた女子が、スマホを見せてきた。

そこには確かに、びしょ濡れになってダメになった背景の完成形が写っていた。

「で、人数は何人いれば足りる?」

学級委員が笑顔で聞いてきた。

「・・・できるだけ。できるだけたくさん頼む!」

ここまできたら、もう乗るしかなかった。

「夏紀、やれるよな!?」

「・・・うん、頑張ろう」

笑顔で返してきたのを見て、覚悟が決まったのはわかった。

華美と恋火は聞くまでもなく、俺の顔を見て言葉の続きを待っていた。

・・・今だけは、本当に隊長になろう。

「じゃあまず、紙と画材の確保から!」

「俺B紙と絵の具買ってくる!」

最初に声をかけてきた男子がそう言うと、教室を駆け出していった。

「みんなー!筆と絵の具持ってる人!今すぐ出して!あと手空いてる人はこっち来て!」

それからは、他のクラスまで画材を借りに行ったりとか、みんなが写真を撮っていたあの1枚を、LINEでみんなで共有して、絵が得意な奴を中心に線描きをして、苦手な奴は色塗りとか、切り貼りしたりとか。

もう下校時間も過ぎたというのに、クラスのみんなが自分の担当の仕事が終わると、こっちの手伝いをしてくれた。

4人で3日間かけて仕上げた絵は、たった5時間で完成した。

夏紀は、恋火のところに行った。

「恋火、ありがとう」

「だって夏紀くんの絵の世界だもん。あんなすごい絵が1回現実になったのに、諦めるなんてできないよ」


***


クラスで喜びを分かち合う時間はほとんどなく、見回りの先生に追い出されるように解散となった。

俺と恋火は駅で華美と別れて2人で家に向かって歩いていた。

「いよいよ明日だな」

「そうだね・・・」

「小学生の頃から続いた隊長の任務もついに終了となると、なんか嬉しいな」

「今日初めて、隊長っぽく見えたよ」

笑顔で言う恋火の顔を見るのが、少し恥ずかしかった。

「うるさいな・・・」

だから、そう言いながらも、少しだけニヤけてしまった。

「これで明日不評だったらはっさく切腹だね」

「さすがにあの出し物の全責任俺だけなのはひどすぎるだろ・・・」

恋火はけたけたと笑っていた。その笑いが収まると、ぽつりとつぶやいた。

「あのさ・・・今までありがとね、はっさく」

「なんかお前に素直に言われると気持ち悪いな」

「ひどくない!?」

「ごめんごめん」

笑いながら謝る俺に、恋火は膨れていた。

「本当にお前、成長したな」

「・・・なんかはっさくも素直に言うと気持ち悪いね」

「うるさい」

笑顔でこっちを向く恋火の顔を見ることができなかった。

見たら、きっと言えなくなるから。

深呼吸をして、覚悟を決めた。

「俺さ、恋火のこと、小学生の時から1人の女として好きだよ」

「えっ・・・」

恋火がどんな表情をしていたのか、俺は見ることができなかった。

「昔から普通に可愛いし、優しいし、一緒にいて元気出るし」

こうやって、2人で並んで歩いて帰るのは、小学校の頃からの日常だった。

「それに危なっかしくて目離せないし、すぐ泣くからほっとけないし、俺が守らなきゃって思ってた」

毎日毎日、いろんな話をして、その度に俺は笑ったり、励ましたり、一緒に怒ったり。

「でも、恋火は昔以上にすっごくいい女になった」

恋火はその度に成長しながら、大人になっていった。

「だから・・・」

それに比べて、俺は何か変わったのだろうか。

「・・・ありがと、はっさく」

恋火は立ち止まって、泣いていた。すごく可愛い笑顔なのに。

「明日はきっと上手くいくから、頑張れ」

俺は、泣き止むまで恋火の頭を撫でることしかできなかった。


***


学園祭は順調だった。カフェは大盛況で、俺たちも店員として働いたり、空き時間は4人で回ったりした。

楽しかった学園祭はあっという間に片付けの時間になった。たくさん写真を撮って、名残惜しみながら片付けをし、後夜祭を残すだけになった。

「夏紀くん、あのさ・・・後夜祭、2人で一緒に行かない?」

「うん。いいよ」

「おう、行ってこい」

「ハメ外しちゃダメだよー?」

「華美どういうこと!?」

「ふふっ・・・じゃあ行こうか、恋火」

「うんっ!」

そう言って、2人は後夜祭の会場へと向かっていった。

「行っちゃったね・・・」

「そうだな」

もう姿が見えなくなった2人を見ながら、俺はぽつりと呟いた。

「華美・・・結局俺、勝負できなかった」

「やっぱり」

「やっぱりって何だよ!?」

「肝心なところでチキるのははっさくの十八番でしょ?」

「十八番とか言うなよ・・・」

「だからほっとけないんだよね」

「え?」

「さ、負け犬よ!私たちも後夜祭に行ってカップル達を見ながら毒を吐こうじゃないか」

「・・・お前随分ひどいよな」


***


後夜祭の会場の中庭から少し離れて、夏紀と恋火は後夜祭の全体が見渡せる場所にいた。周りにそこまで人はいないこの場所で、恋火は勝負をするつもりだった。

「あのさ」

でも、先に声をかけてきたのは夏紀だった。

「・・・何?」

「僕は恋火のこと、大好きだよ」

「えっ!?」

「だからこそ・・・僕だけじゃきっと恋火ちゃんを幸せにできないと思うんだ」

想像していなかった言葉が次から次へと続いて、恋火は何も言葉を出せなかった。

「僕は、恋火がいたから、絵が描けたんだ。コンテストの絵も、横断幕も、学園祭の装飾も」

それは、紛れもない事実だった。だからこそ、自分が気づいてしまった真実を伝えないといけないと思った。

「でもさ・・・気づいたんだよね。恋火がいて僕が絵を描けるのは、はっさくがいるからなんだって」

夏紀は少し、寂しそうな顔をしていた。

「恋火がいて、はっさくがいて、華美ちゃんがいて、3人がいるから僕は絵が描けるんだって」

最初の花火が上がった。恋火は、何も言い出すことができず、ただただ花火を見ているだけだった。


***


恋火は家に帰ってから、晩ご飯も食べずに、部屋のベッドに寝転がって4人のグループLINEを眺めていた。

順番に遡って。1つ1つ、出来事を思い出しながら。

それは、6月の最初で終わりを迎えて、今度は咲哉と華美との3人のグループLINEを眺める。また、1つ1つ出来事を思い出しながら。

楽しいこと、辛いことがたくさんあった。その1つ1つを思い出しながら。

『あのさ』

『夏紀くんに自分の気持ち、言えなかった』

しばらくして、恋火は華美にそう送った。

4人で一緒に帰ったし、夏紀は先に別れたから、咲哉や華美に言うチャンスもあったのに、なんとなく言えなかった。

『そっか』

返事はすぐに返ってきた。

その画面を見ながら、何もできずにいたら、再びスマホが鳴った。

『はっさくには言った?』

華美の質問に、胸を締め付けられた。

『まだ』

それだけしか、返すことができなかった。

しばらくして、華美からは『わかった』という文章と、キャラ同士が頭を撫でるスタンプが送られてきた。


***


学園祭が終わった次の日から2日間、学校は休みだった。

恋火から、連絡は来ていない。

俺は後夜祭での結果を聞くのが怖くて連絡をとれずにいた。

だけど、頭からはそのことが離れなくて、結局2日間とも、何も手がつかなかった。

そして、休みも終わった次の日。

いつも通り、恋火と家の前で合流して、華美とも合流したけど、誰も口を開かなかった。

その沈黙は教室まで続いて。

そして、珍しく朝早くに教室にいた夏紀が沈黙を破った。

だからこそ、嫌な予感もしていて。

「あのさ・・・話があるんだよね」

「どうした?」

「昨日さ、夏にスカウトされた会社から連絡があって」

それは、まさに青天の霹靂で。

「学園祭見に来てたらしくて・・・イギリスに、留学しないかって言われた」

「「えっ!?」」

俺と華美が驚いた。

恋火は、声には出さなかったけど、やっぱり驚いていた。

「どうしてもうちに来てほしいからって全部手配してくれるらしい」

「夏紀くんすごいじゃん!」

一番に、華美が声を上げた。

「そう・・・だな」

何か反応しなければと声を出したけど、ものすごく、空虚な声だった。

だって、思わず、恋火の方を見てしまったから。

俯いている恋火の方を。

「・・・夏紀はどうしたいんだ?」

悟られないように、夏紀に話を振る。

でも、その気遣いは無駄に終わった。

「行きなよ!」

恋火が、大きな声を出していたから。

「行ったほうがいいよ!」

少し震えながら、長い髪の毛で表情を隠しながら席を立って。

そのまま、教室を飛び出していった。


***


後を追った華美は、屋上でフェンスにもたれかかる恋火を見つけた。

隣に座ると、泣いているのがわかった。

「さすが、真面目な高校だね・・・授業中だっていうのに誰もいない」

ついさっき、チャイムが鳴ったのを華美は聞いていた。

恋火は反応しなかった。

その様子を見て、華美は続けた。

「皆勤賞、逃したなぁ」

「・・・ごめん」

さすがに悪いと思ったようで、恋火は小さく謝った。

だけど、華美は笑い始めた。

「ふふっ・・・私、もう4月に風邪で休んでるし。お見舞い来てくれたでしょ?」

「あっ・・・」

華美の優しさに気がついて、余計に涙が止まらなくなった。

黙って、頭を撫でて落ち着くのを待ってくれている。

だけどその優しさで、余計に涙は止まらなかった。

「ねえ、華美」

「何?」

「私・・・どうしたらいいのかな」

「さあ、知らないよ」

「・・・いじわる」

「何にもしてないけど?」

「もぉぉぉぉぉ!!」

くすくすと笑いながら、むくれた恋火の頭を撫でる華美。

「私は恋火が後悔しないことが正解だと思うよ。だからさ、自分の人生くらい、自分で決めなよ。選んだ道が、恋火の人生だよ」

「なんか・・・はっさくみたいなこと言うね」

「そうかな?ずっと一緒にいるからかもね」

華美は、少し嬉しくもあったし・・・寂しくもあった。

「ずっと一緒にいるとさ、それが当たり前になっちゃうけど、当たり前じゃないんだよね」

それは、好きな人が気づかせてくれたことで。

「私ね、恋火とはっさくに会えて本当によかったって思ってる。幸せだって思ってる」

それは、あの夏の日、寂しく感じたからこそ思えたことで。

だからこそ、お礼が言いたかった。

「恋火、ずっと一緒にいてくれてありがと」

恋火は、華美にもたれかかていた。だから、顔を見られていないことに、華美は安心していた。恋火には見せられない状態だったから。

「だからひとつだけ言っとく。恋火がどっちを選んだとしても、私は恋火とずっと一緒にいる。だから安心して選びなよ」

「華美ぃぃぃぃぃぃ!!」

「お~よしよし。まったく・・・羨ましいよ」


***


結局、恋火と華美は1時間目の授業には戻ってこなかった。

恋火の後を追おうとしたけど華美に止められた俺は、授業の中身なんて何一つ入らなかった。

あの後、すぐにチャイムが鳴ってしまい、挙句2人がいない理由も担任に伝えなければいけなかったので、夏紀とゆっくり話すことができなかった。

当然、2人がいない理由は保健室にしたけど。

「・・・お前はさ、どうしたいんだ?」

休み時間になった瞬間、夏紀の席に行って聞いた。

少しだけ、間を置いて夏紀が答えた。

「行くことにした」

「そっか・・・留学したいって言ってたもんな」

「ううん、それだけじゃないよ」

思わぬ一言に、言葉が詰まった。

いや、その言葉だけじゃなくて。

「僕はやっぱり絵が好きだから、一人でも絵が描けるようになりたい」

その言葉には、決意のような気持ちと熱さがあって。

「もっと、みんなを驚かせたり、楽しませる絵が描きたい」

止めるなんていう選択肢は無かった。

「・・・みんな、ねぇ」

むしろ、嬉しかったりもして。

「昔の夏紀だったら、言わなかったな」

「・・・そうかもね」

自覚があるのか、少し苦笑しながら、夏紀は続けた。

「だから、僕は一人で絵が描けるようになりたい」

その言葉に、少し笑ってしまった。

「どうして絵描きってみんな一人になりたがるんだろうな」

その言葉の意味がわかったのか、夏紀はやっぱり苦笑いで続けた。

「僕がその絵描きに感化されたからかな・・・だけど僕はその絵描きよりすごくなれる」

その言葉には、自信があって。

「だって、一人で描けるようになって日本に帰ってきたら、僕にはみんながいるから」


***


恋火と花火は、3時間目の授業には戻ってきた。

恋火は夏紀に謝り、夏紀は、2人にも留学に行く意思を伝えた。

恋火も華美も、頑張ってねとエールを送っていた。

夏紀の留学はトントン拍子で決まっていき、早いほうがいいからと、2週も経たないうちに出発することになってしまった。

夏紀が日本にいる最後の日曜日。俺達は送別会を行うことにした。

ひとしきりいろいろな場所で遊び、夜は俺の部屋でささやかなパーティーを行った。

俺の家に向かう前に「1回家に帰る!」と言った華美は、手作りのケーキを持って部屋に来た。

そのおかげで、別れというよりも、祝う気持ちになれた。

たった半年だけどいろいろなことがあった思い出を話したり、葵に電話して報告したり、どうでもいいことで俺と恋火が喧嘩して華美が悪乗りしたり。楽しい気持ちになれたから、たくさん笑った。

そして、話の流れで夏紀とはできていなかったUNO大会をすることになった。

案の定、華美は相変わらずの1位抜け、そして、俺は2位で抜けることができた。

となると、やっぱり後の結果は予想ができたりもして。

「なんで勝てないんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「夏紀にUNOでも勝てないとなったらいよいよお前は誰に勝てるんだろうな」

「華美ぃぃぃぃぃ!!はっさくがまたいじめるよぉぉぉぉぉ!!」

「そうだね、女の子に優しくないからいつまで経っても彼女できないんだよね」

相変わらず、痛いところをついてくる華美だったけど、どうやら今日は何かが違うようで。

「さ、じゃあ勝ち組2人は負け組2人のおごりでアイスでも買いに行こうか」

「えっ」

ついに暴君になったぞこいつ。

一応勝ち組扱いだと思われる俺が一番に「えっ」ってリアクションしちゃったじゃん。

「100円にしといてあげるからよろしく!じゃあ行こうかはっさく大臣」

「お前は王様なのか」

時代が時代ならそのうち暴動が起きて処刑される気がする独裁ぶりを発揮した王様は、俺を部屋から連れ出した。


***


「ったく・・・さっきケーキ食べたのにアイスいらねーだろ」

ケーキも食べたし、もう11月の終わりで寒いからそこまでアイスいらないんだけどな・・・。

「いいじゃん、王様のわがままにたまには付き合いなよ」

そんな俺の想いを組むことはなく、2人になっても暴君ぶりは相変わらずで。

だから、不意をつかれてしまった。

「私ね、好きなこと、諦めないことにしたよ」

何を言われたのか、理解できなかった。

「だから・・・私ね、たぶん高校卒業したらきっと2人とは同じ学校に行かないと思う」

それは、決別の言葉で。

「私もさ、1人で戦えるようになってくる」

だけど、その反対の意味も持っていて。

「それはさ、はっさくと恋火と、夏紀くんとずっと一緒にいるって決めたから、決心できたんだよ」

だけど、華美がその言葉を言った理由は、痛いほどわかって。

「はっさくが思ってる以上に、好きを諦めるって・・・大変だよ」

少し前を歩く華美の優しさが、心に染みた。


「だからさ、ちゃんと戦ってきなよ、恋火のヒーローさん」


***


「行っちゃったね・・・」

「・・・そうだね」

リアクションする間もなく、あっけにとられていた負け組2人は、王様と大臣が部屋から出てしばらくしてから現実に返ってきた。

「あのさ」

不意に夏紀が声をかけた。

「何?」

恋火は隣にいる夏紀の方を見た。

「・・・半年間、ありがとう」

「うん、こちらこそ!」

「恋火がいなかったら、僕はきっと絵を描くのが嫌いになってやめてたと思う。だから、こうやって留学に行くって決心できたのは、間違いなく恋火のおかげだし、はっさくや華美のおかげだと思うんだ」

「・・・本当に、絵を描くの好きだもんね」

「うん。大好きだって、今は自信持って言える」

夏紀は恋火の方を見ずに正面を見ていた。

優しく微笑んだ表情の夏紀の顔を見て、恋火も正面を向いた。

「私ね、夏紀くんのこと、大好きだよ」

それは、夏紀の顔を見るのが恥ずかしかったからではなくて。

「ずっと一緒にいたいって思ってるし、本当はイギリスに行ってほしくない。だけどさ、それ以上に、夏紀くんにすごい絵描いてほしいし・・・幸せになってほしい」

自分の顔を見られたくないわけでもなくて。

「夏紀くんが1番好きなのは絵で、私が1番好きなのは・・・夏紀くんじゃなくて」

壁ではなく、自分たちの未来を見るように。

「だから、お互い付き合っても幸せになれないんだよね」

だからこそ、明るく、そう話した。

「でも、私は夏紀くんと・・・葵ちゃんと華美と・・・はっさくと。みんなでずっと一緒にいたい!」

それでも、感情が溢れすぎて。

「だからみんなでまた会おうよ!何年経っても絶対!」

いつの間にか瞳に溜まっていたものが、こぼれ落ちた。


***


「・・・終わっちまったな」

「そうだね」

夏紀を駅まで送って、華美とも別れた帰り道。

いつも通りだけど、きっとしばらくはないだろうと思う「いつも通り」。

その実感は、じわじわと湧き上がってきた。

なんとなく、恋火と何も話せなくって、しばらく静かに歩いていた。

それでも、恋火の寂しそうな表情を見て・・・言ってしまった。

「あのさ、俺今から思いっきり恋火を困らせること言うけどさ」

それはあの日、言えなかった言葉。

「やっぱり、俺は恋火が大好きだ。華美や夏紀のことも好きだけど、なんていうか・・・好きの種類が違うっていうかさ。いつも危なっかしくて、無鉄砲で、それなのにすぐ泣くし・・・だけどいつも元気だし、全力だし、真っ直ぐだし。恋火がいてくれたから、俺は毎日楽しかったし、たくさん元気もらったんだよ」

だから今、恋火が寂しそうなのが我慢できなくて自分ができることをしたかったから。

「恋火のこと、俺が幸せにしたい。ずっと笑っててほしい。できるなら・・・一緒にいてほしい。だから、恋火が毎日笑えるように、勝手に守って、一緒にいることにした」

でもそれはわがままなのもわかってた。

「それが嫌だって言われたら諦めて離れようと思う。恋火が幸せになるなら、それでいいと思う」

そう言った俺の手首を、恋火が掴んだ。

「嫌なんて・・・言うわけ無いじゃん!」

掴んだ手は、ぐっと力が入っていて。

「私、はっさくがいなかったら、きっと何にもできなかった」

俯いていて表情は見えないけど。

「たしかに1回もうまくいかない作戦しか立てられないダメな隊長だし、見た目その辺にいるような平凡な男子だし」

それでも、言葉だけは強くあろうとしていて。

「だけど・・・ずっと一緒にいてくれた。どんなときも、一緒にいてくれたんだよ」

掴んだ手は、震えているのがわかって。

「私バカだからさ、何にも気づかなかった。全部さ、奇跡なんだよね。夏紀くんと出会えたことも、華美や葵ちゃんと出会えたことも・・・」

いつの間にか、声も震え始めてきて。

「奇跡のさ、1つ1つにちゃんと意味があって、そんな奇跡が集まった結果が運命なんだって」

それでも明るくいようと必死で。

「でも私ね、バカでよかったと思ってるよ。運命に早く気づいてたら、華美とも、夏紀くんとも出会えなかった」

恋火のそういうところ全てが

「やっと気づけたんだ。1番最初の奇跡からずいぶん経っちゃったけど」

昔から俺は大好きだ。

「大好きだよ、はっさく」

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