第4話

東京から帰ってきたその週末、俺と恋火は地元の祭りに来ていた。

花火が上がるわけでもないし、規模もそこまで大きいわけじゃない。

だけど、人はものすごくたくさんいた。

いつもなら華美もいるはずだったけど、どうしてもバイトが休めなかったらしい。

・・・そう言えばあいつ、東京行く日、本当は出勤だったんだよな。

夏紀も誘ったけど、まだ東京にいるらしい。

そして、華美と夏紀が来ないという話は、4人のLINEグループで行われていた。

ということは、恋火もその事実を知ってるわけで。

「はっさく」

やっと集合場所に来た恋火は浴衣を着ていた。

「お前・・・その浴衣何年目だよ」

「中1の時買ってもらったから・・・5年目?」

「女子って普通、たまには違うの着たいってなる気がするんだけど」

「だってこの祭りでしか着ないし・・・」

いつもならつっかかると文句言うのになんか調子狂うな・・・。

そのぐらいわかりやすく、恋火は元気がなくて。

この間のことに加えて、今日は華美もバイトだもんな。

今までこんなことなかったし。

「東京に行った日の帰りの話、覚えてるか?」

「・・・うん」

恋火が寂しそうな目でこっちを見る。その表情に心が少し痛くなった。

「俺さ、思うんだけど」

たしかに、俺も夏紀が東京に行くかもしれないっていうのは寂しかった。

せっかく仲良くなったのに、一緒にいれないどころか、遠くへ行ってしまう。

その可能性を考えるだけで、つらかった。

だけど、思ったんだ。

「誰かがもう嫌だってなるまではきっとずっと一緒にいると思う」

お互いがまた会いたいって思い続けて、たまに連絡とったりしてれば、大丈夫だって。

「ペースはたしかに減るかもしれない。週一とか、月一とか、年一とか」

頻度が減ることはたしかに寂しいかもしれない。

「でも、会いたいって思ってればたぶん会えるし、一緒にいれると思う」

そして、会った時はいつも通り・・・いや、会っていなかった分いつもより濃密に、楽しい時間が過ごせるんじゃないかって。

「お前がどう思ってるか知らないけど、少なくとも俺は来年も再来年もお前と一緒にこの祭りに来たい」

だからこそ、片思いでも思いを告げる。

俺は、恋火と一緒にいたいという思いを。

「・・・もうこの規模じゃ物足りないんだけどね」

恋火は、少しだけ笑って言った。

高校生が来るには、ちょっと物足りない祭りなのは確かだけど、俺はきっと、毎年この時期になるとここに来たいんだって思う。

あの夏や・・・この夏に戻って、楽しくみんなと会える気がするから。

そんな思いをごまかすように、少し笑った恋火の隙を俺は逃さなかった。

「そもそもこれ以上大きいところに行ったら恋火迷子になるだろ」

「ひっどーい!」

久々に見た元気な恋火の姿は、初めて2人で来たあの夏の祭りと同じ、はしゃぐ恋火の姿と重なった。

親もいない、初めての2人だけの夏祭り。

楽しそうな恋火が見れて嬉しい気持ちと、たくさんの人に恋火が埋もれて、どこかに行ってしまいそうな不安な気持ちを抱えたあの日を思い出した。

「じゃあ行こうか」

「えっ・・・」

だから、思わずあの夏のように手を出してしまった。

「・・・迷子になるだろ?」

ギリギリごまかせたか?

そんな思いがバレたのか、手を握り返してくることはなかった。

「もう高2だよ?それに知り合いいるかもしれないし・・・」

「そうだな・・・」

「昔は繋いで回ってたもんね」

「よく迷子になってたからな」

「うるさいなぁもう!」

「イオンの迷子センターのお姉さんに顔覚えられてたし」

「それは・・・」

「迎えに行くといっつも泣いてるしな」

「もう昔の話じゃん!」

「・・・そうだな」

あれはもう10年も前の話だった。

「迷子センターのお姉さん、元気かな」

「本当に好きだったもんなお前」

迷子センターのお姉さんは、小4の時にいなくなった。代わりのお姉さんにいなくなったと聞いたとき、あいつ泣いてたっけ。

「・・・そしたらさ、見つかった時にすぐに外せるようにこうしよう」

また寂しそうな表情に戻る前に、俺は恋火の左手の小指に自分の右手の小指を絡めた。

「行くぞ」

「・・・うん」

小指は外されることなく、恋火は少し後ろをついてきた。


***


「楽しかったね!」

「誰だよもう物足りないとか言った奴」

「えー?知らなーい!」

祭りには、小中の時の同級生もたくさんいた。

おかげで絡めた小指は5分も立たずに離れ、久しぶりの再会を喜んだ。

恋人と来ている同級生には嫉妬し、俺と付き合ってると茶化す同級生には怒り、可愛くなったと褒められれば少し照れて。それはそれは楽しそうだった。

「ねえはっさく」

帰り道で、急に俺の前にたったと思ったら、顔を覗き込むように見てきた恋火にドキドキしながら、相槌を打つ。

「なんとかして、4人でどっかお祭り行けないかな?」

「そうだな・・・」

「たまには花火でも見に行くか?」

「見たい!」

「じゃあまずは夏紀にいつ帰ってくるか聞かなきゃな」

「・・・うん!」


***


夏紀は、それから2,3日して帰ってきた。

その週末に、ちょうど大きな花火大会があるという話をしたら、全員予定が空いていたので、行くことにした。

その当日、夏紀とは現地合流でってことで、なんとか夏紀を見つけて合流することができた。

夏紀にものすごい怪訝な顔で見られながら。

「で・・・何で葵がいるの?」

「実家こっちだし」

「葵は完璧に東京生まれ東京育ちだし、両親ともに東京出身でしょ」

「咲哉くんがどーしてもって言うから」

「言ってない言ってない」

「咲哉くんって誰?」

「恋火さんもう何年の付き合いになるのかな?」

「葉海はっさくくんだと思ってた・・・」

「それ真面目に言ってるなら俺泣くからな?」

「はははっ、やっぱり面白いね君たち」

楽しそうに笑う葵。

恋火は東京の時と違ってむくれるわけでもなく、普通だった。


だって、2人はもう仲良くなっていたから。


数分前に、恋火と華美と一緒に、葵を迎えに行ったときのこと。

「はっさく・・・何でこの人いるの?」

「こっち来たいって言うから・・・」

「口を滑らせて花火大会の日に呼んじゃったんだって」

華美がいつもの悪い顔で告げ口をする。

「やっぱり、いい顔しなかったね」

葵は苦笑いで言った。

だから当日まで恋火には黙ってたんだけど。

ただ、恋火がそんな態度をとってしまったから、確信が持ててしまったこともあって。

「恋火ちゃんさ、夏紀のこと好きでしょ」

「えっ!?」

敵に意表をつかれて、恋火は慌てた。

「んでもって、私のことライバルだと思ってるでしょ?」

なぜか華美が、少しだけ笑っていた。

恋火は恋火で、ことごとく見破られて完全にテンパっていた。

そんな恋火を見ながら、葵はけたけたと笑っていた。

「あー面白かった!満足満足!」

「お前、ただただ性格悪く見えるぞ」

「ごめんごめん!でもさ、たぶんその評価のことは大丈夫だよ」

相変わらず恋火に負けないほどの元気いっぱいで。

だけど、一瞬の寂しさをにじませて葵は続けた。

「私ね、今日は夏紀とバイバイしに来たんだ」

「え・・・?」

恋火がきょとんとしている。

俺も華美も声には出さなかったけど、目が点になった。

「夏紀は絶対すごい絵描きになるって思ってたから、私がずっと前を走ってたんだ。私が引っ張って、夏紀をすごい絵描きにするんだって。それに、前を走ってれば、夏紀とずっと一緒にいられると思ってたんだよね」

だから、葵は夏紀とライバルになった・・・というよりも、強靭な壁として立ちはだかった。

好きだから・・・なんだと思う。

「表彰式があった日の夜、夏紀がうちに泊まったんだけどさ、ずっと楽しそうにみんなの話するんだよ」

素直に、その事実を聞けて俺は嬉しかった。

けど、葵が、空を仰いで喋り始めた。

「それでね、私ね、気づいちゃったんだよ。本当はさ、悔しかったのは、負けたことじゃなくて、あの絵に私がたどり着かせられなかったこと。それに、私が、夏紀がいないと絵が描けないってこと」

少し、深呼吸して、子どもみたいにはしゃぎながら言葉を続けた。

「私ね、すっごい絵描きになりたい!夏紀にも負けない絵描き!」

でも、それは虚勢だってすぐにわかって。

「だから・・・バイバイするんだ」

自分に言い聞かせるように少し小さな声で言った。

俺らは何も、声をかけられなかった。

顔を腕で拭い、葵がこっちを見る。

「それにね、私はみんなと仲良くなりにきたんだよ!」

「え?」

「だって、夏紀をあんな絵描きにしたのはみんなだからさ、仲良くなればすごい絵描きになれるかもって」

そう言いながら、恋火の肩に手を置いた。

「特に恋火ちゃん、同じ夏紀好きとして私はシンパシー感じてるから」

その結果、葵と恋火は、あっという間に意気投合した。

たしかにキャラも近いし、同じ人を好きというだけでこんなに仲良くなれるのかってくらいに。

恋火だけでも賑やかだけど、これじゃあ単純に2倍だよな。


***


3人が賑やかに前を歩くのを、華美と夏紀は微笑みながら見ていた。

「ねえ夏紀くん」

「何?」

「終業式の日の帰りの仕返ししようと思うんだけどさ」

「・・・何したっけ?」

「明らかに覚えてるよね、その表情」

わざとらしくとぼけた夏紀を、少し睨み返す華美。

「ごめんごめん。仕返しって?」

「葵のこと、好きだったでしょ?」

「・・・どうしてそう思ったの?」

「女の勘」

「じゃあ違うって言っても大丈夫そうだね」

「その言い方は、そうだって言ってるようなもんだと思うけど?」

夏紀は図星と言わんばかりに笑うしかなかった。

「遠く離れちゃったから?」

「ううん、違うよ」

葵の背中を見ながら、夏紀は続けた。

「葵はさ、ライバルなんだよ。この間は勝ったけど、たぶんあっさり抜き返してくるから。それにさ・・・葵にはいい絵描きになって欲しいから」

「・・・そっか」

微笑みながら話す夏紀を見て、それ以上の詮索をやめた。詮索をする必要が、無くなったから。

「僕も聞いていいかい?」

「何?」

「華美ちゃんはさ、恋火ちゃんのこと、嫌いになったりしない?」

「何で?」

「だってはっさくは恋火ちゃんが好きなんでしょ?」

意表をつかれたけど、今日は油断しなかった。

「・・・本人から聞いた?」

だから、情報の入手元を落ち着いて確認できた。

けど、結局それは無駄だったこともすぐにわかった。

「画家になるための観察眼修行」

「本当に嫌な修行だね」

華美は苦笑いしながら言い、言葉を続けた。

「私はね、恋火のことも大好きなんだよ。そりゃあ、はっさくのこと好きだって気づいたとき、嫉妬もしたよ。だけどさ、恋火のこと嫌いになれなかった。2人が幸せでいてくれれば、それでいいって思ったんだ」

「でも、はっさくとくっつけようとしないんだね」

夏紀がそう言うと、華美は少し笑った。

「人を好きになるってさ、簡単じゃないんだよきっと。勘違いさせることはできるかもしれないけど、所詮勘違いだし。ずっと幸せでいてほしい、って思えることが人として好きってことだし、その上で自分が幸せにできるって思うのが恋人にしたい好きじゃないかなって」

華美は、前を歩く3人の背中を見ながら続ける。

「今、恋火とはっさくを無理やりくっつけても、きっと2人は幸せにならないって私は思うから」


***


案の定、花火大会の会場はものすごい人だった。

なんとか座って見れる位置を確保すると、咲哉はビニールシートを敷いた。

恋火は用意の周到さに感心すると同時に、少し離れたところに中学校の時の同級生を見つけて走り出した。

咲哉と華美も、夏紀と葵に謝りながら恋火を追いかけた。

いつもなら葵が話を振ってくるのに、黙ったままなのが落ち着かない。

結局、夏紀は自ら声をかけた。

「何で来たの?」

「ん?ライバルの偵察」

「偵察って・・・」

「あんな絵私も描きたいもん。作者を研究するのは当たり前でしょ?」

「・・・そうだね」

「まあ、それはおまけみたいなもんだけどさ」

少しだけ笑うと、葵は話を続けた。

「転校するって聞いた時さ、すっごい心配だったんだよ。行った先でちゃんと人付き合いできるのかなって」

夏紀は心当たりがありすぎて苦笑いするしかなかった。

「私がいなかったら・・・いじめにあって死んでたかもね」

「・・・そうかもね」

やっぱり否定はできなかった。

きっと冗談で言っていると思いつつ、現実になっていたかもしれないこともわかっていたから。

小学校や中学校でも絵のことしか考えていなかった夏紀はクラスで浮いていた。

葵はそんな夏紀とずっと一緒にいた。

その意味や大切さは、今だからわかる。

「葵、ありがとう」

だから、つい言葉に出た。

葵は笑顔を見せると、正面を向いて、まだ少し明るい空を見上げた。

「私もね、ずっと1人で絵を描いてると思ってたんだよ」

声は明るく・・・するように努めて。

「でもさ、表彰式の時の夏紀のスピーチで思い知らされたよ。私は夏紀がいたから絵が描けたんだって」

でも、その努力は続かなかった。

「ずっと先を走ってたつもりだったのにさ・・・実は私が助けられてたんだ思ったら悔しかった」

それを聞いて、夏紀もまた、少し明るい空を見上げた。

「だから私は、1人で絵が描けるようになりたい」

葵が涙声になったから。

「強くなって、1人で絵が描けるようになって、その上で一緒にいる人が現れたら、最強になれると思うんだ」

そして少しだけ、夏紀は自分の拳を強く握った。

「夏紀が引っ越して寂しかったけど、これは最強の絵描きになるための神様が与えてくれた試練なんだって思うことにした」

葵は溢れた涙を拭いて、何事もなかったように笑顔で夏紀を見て、明るく言った。

「だから夏紀、私が1人で絵が描けるようになったら、また最強のライバルになるから」

夏紀も、葵の顔を見る。

「絵描くの、諦めちゃダメだよ?じゃないと、戦う相手がいなくて私退屈だし」

「・・・頑張るよ」

「10年後の8月に、また秘密基地で会おう」

「秘密基地作ったこと無いでしょ?」

「ふふっ・・・そうだね」

「そもそも10年は長い」

「・・・そうだね。頑張るよ」


***


花火は盛大に打ち上げられた。

いろんな色や形で上がる花火に、「あれハート!」とか形を当てながら見たり、感動して言葉にならなかったり、5人みんなで仲良く花火を見ていた。

途中、夏紀が絵を描いたりもしてたけど。

無事に花火大会も終わり、駅まで歩く道は人で溢れていた。

葵は半ば強引に華美と咲哉を隣に並べ、前を歩いて行った。

結果的に、夏紀と恋火は2人で後ろを歩いていた。

「花火、綺麗だったね」

「そうだね」

恋火は、なんとなく会話をするのが怖かった。

やっぱり、静かな恋火に耐え切れず、夏紀が口を開いた。

「聞かないんだね」

「えっ?」

「どうすることにしたか」

「・・・うん」

「どうして?」

「だって・・・」

言いにくそうにしている恋火を見て、夏紀はため息をついた。

「結局・・・断っちゃった」

「えっ!?何で?」

「東京にいる間、ずっと絵を描いてたんだ。だけど・・・何も描けなかった」

恋火は黙って話を聞いていた。

「コンテストの絵も、横断幕の絵も、恋火ちゃんがいたから描けたんだ。1人じゃ・・・いい絵は描けなかった」

「・・・そっか」

恋火は複雑な気持ちになった。

悪い方の気持ちを払拭しようと、明るく努めた。

「夏紀くんさ、東京でした約束、覚えてる?」

「ん?」

「デート!2人でさ、夏休みにデートしようよ!」

「・・・そうだね」

夏紀は明るく、同意した。


***


「みんな今日はありがとね」

「っていうか女子高生1人で夜行バスって・・・」

思わず、口にしてしまった。

「しょうがないじゃん明日は東京で予定あるしお金ないし・・・」

「そもそも夜行バスに乗って1人で九州行ったりするし」

「あっ、夏紀それ友達いないって思われるから秘密!」

本当にこの2人は仲がいいらしい。お互いを高めあえるいいライバルだと思うし・・・そんな関係に少し、憧れたりもする。

「またさ、来てもいいかな?」

「うん!また遊ぼう!」

恋火は元気に言った。

遠く離れているけど、またいつか会いたいと、俺も思う。

「またみんなで東京にも行くよ」

「うん、待ってる!」

屈託のない笑顔で言うと、リュックを背負った。

「じゃあ行くね!夏紀のことよろしく!」

「保護者じゃないんだから」

呆れながら言う夏紀に、葵は微笑みながら言った。

「ちゃんと夢叶えなよ?私、応援してるんだから」

「・・・頑張るよ」

こうして、幼なじみライバルは東京へと帰っていった。

恋火が俯いていたのは、葵が帰るのが寂しかったから・・・なのかな。


***


夏紀と華美とも別れ、俺と恋火は家に向かって歩いていた。

「あのさ・・・はっさく」

「どうした?」

「私・・・いい女になってるかな」

「おしゃれに気を使うようになってきたし、レベルは上がってきてると思うけど・・・」

そう言いながら、恋火の表情が暗いままなのを見て、こういうことじゃないんだって思った。

「何かあったか?」

「なんかさ、嫌な女になってきてる気がしてさ」

「・・・葵に嫉妬したりとか?」

「それもあるけど・・・」

そう言うと、恋火は深呼吸して、話を続けた。

「夏紀くんさ、あの会社の話、断ったんだって」

思わず、動揺した。

夢を叶えるチャンスが目の前にあったのに、それを蹴るってことは、ものすごく大きいことだっていうのは俺でも想像ができる。

でも、たぶん恋火はそれがショックだったわけではなくて。

「私がいないと絵が描けないからって言われてさ・・・嬉しくなっちゃったんだよ」

目の前の信号が赤に変わる。

「葵ちゃんはさ、夏紀くんの幸せを1番に考えて動いてるのにさ」

そうすると、恋火の表情を見ることができてしまって。

「私はさ・・・自分のことしか考えてなくってさ・・・」

幼なじみライバルが現れて嫉妬したり、夢を叶えるチャンスが来た時に応援できなかったり。ただただ恋火は自分を責めていた。

「私・・・夏紀くんと一緒にいていいのかな」

「らしくないこと言ってるな」

恋火の頭を撫でながら、少し笑って言った。

「気づけたなら直せばいいし、そうやって後悔してる時点で、大丈夫だと思う」

「・・・うん」

信号は青に変わったけど、渡るにはもう少しかかりそうだった。


***


「・・・で、恋火さん」

「はい」

花火大会から3日後の夜。恋火は俺の部屋で正座させられていた。

「反省してるのかな?」

「・・・はい」

「だそうですけど華美さん」

「たぶん一人で大丈夫だから今日は解散しましょう」

「では解散」

「お慈悲をぉぉぉぉぉ!!お二人ともお慈悲をくだせぇぇぇぇぇぇ!」

俺と華美から見捨てられた恋火は立ち上がろうとする華美と俺の手を掴んでいた。

何でこんなことになったかって?

「お前、2人でデートに行くの黙ってた挙句、デート前日の夜に急に俺たち集めてデートプラン考えろって何をどう考えても同情の余地ないからな?」

「2人でデートに行く約束とりつけるまで1人でできたからきっと大丈夫だよね?」

今朝急に「作戦会議したい」って連絡が来て、いざ始めたら結構な爆弾落としてきたよね。

っていうか前日の夜に集まって何ができるって言うんだよ・・・。

目をうるうるさせ始めた恋火を見て、華美は笑顔で言った。

「さ、はっさく、そろそろ泣きそうだし気が済んだからデートプラン考えようか」

「そうだな」

座り直した俺たちを見ながら、恋火が呟いた。

「鬼や・・・!!この人たち鬼や・・・!」

「何か言った?」

「いえ華美様何でもありませんよろしくお願いしますっっっ」

あ、今日の上下関係完璧決まったわ。思いっきり土下座してるし。

「で、とりあえず今の段階で決まってることは?」

「晩ご飯の場所だけはとりあえず・・・」

夏紀がコンテストのお礼にと、晩ご飯の場所だけは指定してきたらしい。

「あとは私が考えてあげるね!って言ったから・・・」

「で、考えたの?」

あ、取調室みたいになってる。華美のものすごい圧力の追及始まってる。

「いえ・・・何一つ」

「自信満々に私が考えるとか言っておいて、何も思いつかなかった・・・と」

「はい、おっしゃる通りです」

スタンドライトの向きを変え、恋火にチカチカ当てながら、問い詰める華美。

その迫力に観念し、恋火はなすがままに罪を認めていく。

・・・っていうか学習机の上のライト、いつの間に取っていったんだよお前。

「できないこと、何で言ったの?」

「つい出来心で・・・」

「知ってる?そういうのを嘘つきっていうの。嘘つきは泥棒の始まりだよ?」

「はい・・・」

「はっさくくん、鈴風恋火、窃盗自白し」

「してないしてない!まだ未遂だから!」

だいたいはっさくくんって緊張感なくなるから。

まあ俺もいつカツ丼出して泣き落とすか考えてたから緊張感なんてまったくないんだけど。

「で、とりあえず昼からだろ?」

「うん・・・」

気を取り直して、状況を整理する。

今決まっているのは、晩ご飯の場所と集合時間だけ。あとは何一つ決まっていない。

・・・自由度高すぎるだろ。

「予算は?」

「お金はないけど心意気はある!」

「心意気あったらもう少し自分でなんとか頑張ろうね」

少し微笑んではいるけど怖いよ華美。

「華美今日怒ってるよね・・・?絶対激おこぷんぷん丸だよね・・・?」

「え?激おこぷんぷん丸じゃないよ?」

「よかっ」

「激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

無表情の破壊力すごいな。というかそれを1つも感情を乗せずに言える華美がすごい。ただお前らネタが古いぞ・・・。

とりあえず、今日の華美は取り扱い注意だということがよくわかったので作戦会議としては順調に進んでいる・・・ということにしておこう。

実際は恋火で遊んでるだけなんだけどね。

「お前行きたいとこないのかよ?」

「いろいろ考えたんだけどさ・・・夏紀くん喜ぶのかなって考えたらわかんなくなって」

恋火は、この間の反省を生かしたらしい。

だからこそ、1人では考えられなかったのだろう。

前日まで粘ってしまったことについては反省の余地があるけど。

その迷いの答えを出したのはぷんぷん丸・・・じゃなかった、華美だった。

「デートって、どこへ行くかが大事なんじゃなくて、誰といるかが大事だと思うよ」

「たしかにな・・・」

華美のその言葉は、納得できるところもあって。

ただ、恋火はまだしっくりきていなかったらしくて。

「恋火はこの間はっさくと一緒に行った夏祭り、楽しかった?」

「うん!」

「つまり、そういうことなんじゃない?」

「え?」

「はっさくがいなくて、自分1人であの夏祭り行くとしたらどう思う?」

「・・・楽しくない」

「あの夏祭り、やっぱり高2にはショボいからな・・・」

「はっさくがよかったのか同級生に会えたのがよかったのかって話にはなるけどそれは置いといて、行き先なんてどうでもよくて、そこに行って共有して話をすることが楽しいんだよ。その場所がつまらなくっても、つまらないって話で盛り上がるかもしれないし」

「いい意見なのにすんなり入ってこないのはどうしてかな・・・」

まあ自覚はしてるけどさ。俺いつになったらラスボスになれるんだろうな・・・。

「どうせなら、恋火の行きたいところ行きなよ。お礼だって言ってるならめいっぱい甘えればいいよ」

「うん!」

迷いが晴れたようで、恋火は用意していたルーズリーフにデートプランを書き始めた。

完成したデートプランは、ありふれたものだった。

だけど、恋火にとって、初めて作ったこのデートプランはたぶん一生記憶に残るデートなんだと思う。

そう思うと、なんだか複雑な気持ちになった。

「明日、寝坊するなよ?ちゃんと早起きして、完璧に整えていけよ?」

俺が言えるのは、これくらいだった。


***


改札を出る前に夏紀を見つけた恋火は、夏紀の元に走っていった。

「ごめん夏紀くん!待ったよね?」

「ううん、大丈夫」

同じタイミングで恋火を見つけていた夏紀は、その様子を見て少し笑ってしまった。

「じゃあ恋火ちゃん、行こうか」

「・・・あのさ、夏紀くん」

「何?」

「恋火でいいよ。デートなんだし!」

「うん・・・じゃあ行こうか、恋火」

「うんっ!」

恋火が選んだのは、水族館だった。

魚とかを見て楽しむつもりでいたけど、結局夏紀が楽しんでいるかずっと気になってしまった。

夏紀は、食い入るように水槽の中を見ていた。

時折、魚の説明をしたりして、恋火を驚かせていた。

「夏紀くん、魚好きなの?」

「水族館、好きなんだよね」

飛び跳ねるほど、大喜びしたかった。

だけど、周りの迷惑にならないように、自分の中にしまいこんだ。

「・・・嬉しそうだね」

しっかりバレてはいたけど。それでも、慌てずに、頷いた。

緊張してたのもある。

だけど、昨日の咲哉や華美の叱咤激励があったから、夏紀に見合う女になろうと必死にもなっていた。

こうして、水族館デートも終わり、晩ご飯の場所まで電車で移動することになった。

帰宅ラッシュの時間と被り、ホームはたくさんの人がいた。

列に並び、電車を待つ間、恋火は気になったことを聞いた。

「そういえばさ・・・今日は絵、描かないんだね」

「今日は恋火にお礼をする日だから、全部置いてきたんだ」

その言葉に、恋火は嬉しくなった。

けど、夏紀はやっぱり引っかかったようで。

「・・・そんなにいつも描いてるかい?」

「うん、描いてる」

恋火がいじわるな笑顔で言った。夏紀は少し申し訳なさそうに返す。

「ごめん」

「絵描くの大好きだもんね!それに・・・私、夏紀くんが絵を描いてるときの楽しそうな顔、好きだよ」

「・・・ありがと」

案の定、着いた電車は満員だった。

それでも最後の方に乗ったので、恋火は扉を背にして、夏紀はその目の前にいた。

発車する瞬間、急だったせいで電車が大きく揺れた。

「あっ」

夏紀がドアに手をつく。

・・・恋火の顔の横に。

それに、顔が近いし、目が合ってる。

「ごめんね」

「・・・ううん」

恋火は思わず下を見てしまった。直視出来なかった。

次の駅について、ちょうどたくさん降りるところだったらしく、1度電車を降りて、降りる人がいなくなったところでもう1度乗った。

少し余裕ができて、普通に釣り革を持って乗れるようになって、恋火は少し残念に思った。

晩ご飯は、おしゃれなイタリアンレストランだった。

ご飯を食べている間に、東京にもあるお店らしく、よく家族に連れて行ってもらっていた話をした。

そこから好きな食べ物の話とか、今までどんな絵を描いてたのかとか、好きなことの話とか、いろんな話をした。

夏紀の話を1つ聞くたびに、恋火は嬉しかった。だからこそ、時間はあっという間に過ぎていった。

夏紀は、恋火の地元の駅まで着いてきてくれた。

「夏紀くん、今日はありがとね」

「こちらこそ。楽しかった?」

「うん!すっごく!」

満面の笑みで、恋火は返した。

「それはよかった」

「夏紀くんは?」

「楽しかった」

夏紀は、微笑んで返した。

「よかった!」

「・・・また、2人で出かけたいな」

「うん!また行こう!」

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