第3話

「なんか、久々だな」

華美と恋火は、そのまま俺の部屋に来た。

もう何回やったかわからない作戦会議。

だけど、4月にやったきり、随分とやってなかった。

もうあれから3ヶ月も経ってたんだな・・・。

「で、どうする?告白のプラン練るのか?」

この作戦会議は、いつも「恋火が告白をするための作戦」を考える会だった。

どうやってアタックするかを考えるのが普通だと思うんだけど、恋火は毎回「明日告白する!」って聞かないから、結局告白のシチュエーションだけを考えるのがいつもの流れだった。

「あのさ・・・そのことなんだけどさ」

恋火は深刻そうに口を開いた。

「告白するの、なんか怖いんだよね。せっかく仲良くなれたのに、全部なくなりそうで」

珍しく、恋火は怯えていた。

今までは一目惚れに近かったから、ほとんど接点がない人ばかりだった。

だけど今回は違う。

毎日のように仲良くしている人。今まで簡単に言えていた「好き」という一言を言うだけで、もしかしたら今日までの仲がよかった関係が崩れてしまうかもしれない。

その気持ちは・・・俺もよくわかっていた。

「どうしたらいいのかな・・・」

恋火が珍しいことを言ったからなのか、痛いほど気持ちがわかるからなのかはわからないけど、鼻で笑ってしまった。

でも、言うことは決まっていた。

「お前の人生だ。お前の好きなようにしろ。でも、お前がやるって決めたなら、俺はそれを助ける」

「・・・ありがと」

「で、恋火はどうしたいの?」

華美が恋火の顔を覗き込みながら優しく聞く。

表情が凛々しくなったところから、腹は決まったらしい。

「夏紀くんに、時間がかかってもいいから私のこと好きになって欲しい!告白されるくらい!」

「ふふっ・・・やっといつもの恋火らしくなったね」

華美が笑いながら言った。

「いつものって今日もいつも通りだったよ!」

「もう10年以上一緒にいるけど、今日ほど静かな日なんて無かったぞ?」

「私いつでもおしとやかなか弱い女子じゃん!」

「どっちもダウトだから。おしとやかも、か弱いも、要素0だから」

「華美ぃぃぃぃぃぃ!!なんなの!あいつなんなの!?」

「恋火、夏紀くんを手に入れてぎゃふんと言わせてやりなよ」

「うん!ぎゃふんと言わせる!」

「そのモチベーションはおかしいし、ぎゃふんって言わないし」

というかぎゃふんって言う奴見たことないし。

反撃すると、華美が小声でぼそっと言いやがった。

「本当に手に入れたら悔しいくせに」

「華美―?なんか言ったかー?」

「えー?何にもー?」

完璧ごまかしてやがる。絶対よからぬこと言ったぞこいつ・・・。

恋火の頭を撫でながら明らかに作っている満面の笑みでこっちを見る華美。

その絵は猫を撫でながらワインを飲む黒幕そのものだった。飲んでるのぶどうジュースだけど。

猫・・・じゃなかった、恋火は落ち着いたようで、しおらしく話し始めた。

「・・・どうしたら、夏紀くん、私のこと好きになってくれるかな」

「お前はさ、レベル1の上に装備も何も無しで突っ込むから負けるんだよ」

恋火の敗北パターンはいつも同じ。最初の町を出た瞬間にラスボスに突っ込んでいく。それで勝てるのは奇跡に近い。

今までそれをわかっていながらも、恋火が「明日告白する!」と聞かなかったので、しぶしぶ現在の状態でラスボスとどう戦うかを考えていた。

しかし、今回は長期戦も視野に入れてくれている。

そうなれば、やることはわかっていた。

「時間をかけるならレベル上げと装備の充実」

「そうだね」

華美も賛同する。こいつも毎回時間かけなよっていつも言うもんな・・・。

「まずはそのボサボサの髪の毛、華美みたいにかわいい髪型にしてみたらどうだ?」

「えっ!?」

「やりたい!華美教えてー!」

「・・・じゃあ恋火、向こう向いて座って」

「はーい!」


***


こうして、レベル1の女子は毎日少しずつレベルを上げながら、装備を整え始めた。

寝坊がちな恋火でも、髪型だけは毎朝頑張っていた。

朝、家の前で会うたびにその失敗した髪型を見て俺が爆笑し、仕方なく電車に乗る前に華美に直してもらう。

2,3日もすると、自分でできるようになり、褒めることも多くなった。

週明けの朝は思わずびっくりしたけどな。

「おはよー!」

「おう、おはよう・・・今日は完璧じゃん」

「でしょー!自信作だよ!土日すっごい練習したんだから!」

「・・・可愛いな」

「なんか言ったー?」

「早く行かないと遅刻するぞ!ただでさえ最近お前の髪セット待ちでギリギリなんだから」

一応、華美は化粧も教えたらしい。

だけど、残念ながら寝坊がたたり、髪型を変えるのが精一杯だった。

作戦会議をした次の日から、恋火は夏紀と普通に話せるようになっていた。

気持ちが決まって、迷いがなくなったらしい。

横断幕も、順調に完成に向かっていた。

残り2週間という状況から一気に進み、週明け、ついにこの時を迎えた。

「これで完成だね」

教室の床に広げた横断幕を、少し離れたところから4人で見る。

「やったー!終わったー!」

恋火の喜びの声が教室に響く。

そんな恋火に似た、横断幕に描かれた自由の女神は、絵の中でも同じテンションでクラスメイトを導く。

その後ろには俺、そして華美、夏紀と続き、クラス全員が少しポップなイラストになって描かれている。

似顔絵にしなかったのは「こういうのは完璧に似せるよりちょっとポップにしたほうが楽しそうじゃない?」と夏紀が言っていた。

そのおかげで、楽しそうな雰囲気が横断幕全体に漂っていた。

顔だけじゃなく、動きまで1人1人の特徴を捉えて、今にも賑やかな声が聞こえ、動き出しそうな絵だった。

こいつ、本当にクラス全員をちゃんと見てたんだな・・・。

完成の次の日のホームルーム。

黒板に完成品を貼りだした時のクラス全員の顔を、状況を、俺はずっと忘れないと思う。

全員の顔が明るくなって、夏紀がものすごく持ち上げられて、俺の横で少し恥ずかしそうに顔を背けて。

その横断幕を掲げ、球技大会は始まった。

男子サッカーの試合には、恋火と華美が応援に来た。

俺は小学生の頃にサッカー部だったから、それなりに活躍できたと思う。

夏紀はディフェンスで、ボールがきても遠くへ蹴り飛ばすのが精一杯だった。たまに空振りもしてたし。

でも、それを責める奴はいなかった。

みんなで笑い合って、助け合って戦っていた。

女子バスケの試合の時は俺と夏紀が応援しにいった。

さすが元バスケ部2人。がんがんシュートを決めて活躍していた。

途中、夏紀が応援を忘れてじっと恋火をじっと見ていた。

「・・・夏紀応援どうした?」

「あ、うん」

何を考えていたのか、聞くのが少し怖かった。

・・・なんか、嫌な男になってきたな、俺。


***


球技大会は、優勝こそできなかったけどどの競技もそこそこ勝ち進んだ。

そもそも上級生もいる時点で優勝は難しいけどな。

7月の球技大会が終わるということは夏休みが始まる、ということ。

朝から長い終業式をやって、もらいたくはない通知表をもらい、1学期は終わった。

「夏休みだー!」

帰りの挨拶が終わると同時に、恋火が喜んだ。

廊下もすでに賑やかだったし、クラスの中も賑やかだったから違和感何もないんだけど。

いや、1つ違和感のある状況が発生した。

珍しく、夏紀が俺たちの席にやってきた。

「あのさ」

「ん?」

「何何―?」

俺に続いて、恋火が興味津々で聞く。

「・・・みんなで一緒に東京行かない?」

「え?」

恋火がぽかんとした表情をしている。

・・・まあいきなりだもんな。俺もびっくりした。

「行きたいの?」

夏紀が珍しく積極的に言い出したのが嬉しかったのか、華美が明るく聞いた。

「コンテストの表彰式があって・・・来てほしいんだ。3人にも」

「行く!」

恋火が即答する。

「仕方ないから行ってあげよう」

華美もいじわるな笑顔で言う。こういう時に素直になれないのが華美らしい。

「そうだな・・・夏紀の絵も見たいし」

「けってーい!とうきょーう!」

恋火が嬉しそうに飛び跳ねる。

「新幹線代は出すよ。両親の許可も取ったし」

「いやいや、俺たちが行きたいんだから気にするなよ」

「じゃあ美味しいご飯くらい、奢ってもらおうかな?」

「華美!」

「じゃあそれで」

「やったー!」


***


そんな東京行きも決まった帰り道。

華美は帰りにそのまま買い物に行ったから、電車の中は俺と恋火の2人になった。

「にしてもお前、今日はいつも以上に機嫌いいな」

「んー?そうかなー?」

「もしかして、今日散々夏紀が女子たちの誘いを断ってたのが嬉しかったか?」

「えっ!?何で!?」

図星だったらしく、すごい勢いでこっちを見てきた。

球技大会で、夏紀のクラス内の評価は上がった。

夏紀が冷たくあしらうこともなくなって、クラスの女子たちはここぞとばかりに仲良くなろうと、遊びに誘っていた。

だけど、夏紀はその誘いを全部断っていた。

その様子を、恋火はじーっと眺めていた。

「言っとくけど、夏紀が断る度にニヤニヤするとかものすごい性格悪いぞお前」

「だってさー可愛い女の子たくさんいたのに全部断るんだよ!なのに東京デートに誘われる私」

「私たち、な」

恋火が俺の肩に、ぽんと手を置いた。

「高校生が2人で県外なんて許してくれる訳無いじゃん!気を使ったんだよ!なんならはっさくは当日風邪引いて休んでもいいんだよー?」

「俺はお荷物ですかそうですか。じゃあもう作戦立てなくてもお前一人で頑張れるな」

「ごめんなさいはっさく様それだけはご勘弁を」

手のひらを返すように低姿勢になった恋火を見て、ため息をついた。

「ったく・・・まあ珍しく順調かもしれないもんな。あいつ、お前に興味持ってるし」

「本当!?」

球技大会で応援も忘れてぼーっと恋火を見る夏紀が、一瞬頭をよぎった。

「今回は、初めていけるかもな」

その言葉に、喜びの感情を入れることができなかった。

「どうしよぉぉぉぉぉ!!なんか緊張してきたぁぁぁぁ」

そんなことは知る由もない恋火は、長年の願いが叶うかも知れないという現実を目の前に興奮した。

そのおかげで、俺は冷静になれたけど。

「言っとくけど興味持っただけかもしれないからな?早まるなよ?それに2人で遊びに行ってもないし」

その一言に引っかかったらしく、恋火は少し考えて、何かを閃いたようだった。

「それやはっさく!それやで!」

「お前どこの人だよ」


***


夏紀は、買い物に向かう華美と同じ電車に乗っていた。

電車のドアが閉まり、しばらくして、夏紀は華美に向かって言った。

「華美ちゃんはさ、はっさくのこと好きでしょ?」

「えっ、まっ・・・何いきなり!」

「痛っ」

夏紀の言ったことにあまりにも驚き、思わず強めに腕を叩いてしまった。

「あっ、ごめん」

「ふふっ・・・やっぱり」

笑う夏紀に、華美は少しイラっとして、思わず睨みながら言ってしまった。

「・・・どうしてそう思ったの?」

だけど、まったくひるむことなく、夏紀は飄々と言った。

「え、見てればわかるよ」

「そんなに!?そんなに見ててわかる!?」

「・・・どうかな?気づいてないはっさくが鈍感なのかも」

華美の顔がどんどん赤くなっていく。それだけで、夏紀は十分答え合わせをすることができた。

「大丈夫だよ、たぶん恋火ちゃんも気づいてない。絵描きになるために観察力鍛えてたんだよ」

「・・・随分性格の悪い鍛え方だね」

「そう?おかげで結構当たるんだけどな」

自分の取ったリアクションに恥ずかしくなったのと、負けたくない気持ちからか、華美は夏紀に聞き返した。

「夏紀くんはさ、好きな人とかいないの?」

「昔いたんだけどね・・・」

そう言うと、夏紀は少し上を向き、遠くを見つめた。

それと同時に、電車がゆっくりと速度を落とし、停車した。

「あ、ここで降りるね。じゃあまた」

夏紀が一瞬だけ暗い表情を見せたのを、華美は見過ごさず、小さくなっていく夏紀の背中を見ながら、その理由を考えていた。


***


表彰式当日。行きの新幹線、朝も早いってのにそれはそれは賑やかだった。主に恋火が。

修学旅行で夏紀とできなかったトランプ大会を再び開催し、夏紀が入ったにも関わらず、やっぱり恋火は全敗で。

表彰式に出るから、夏紀は制服だった。

俺たち3人はというと、指定はなかったけどあえて制服にした。

おかげでなんだか修学旅行のやり直しをしているみたいだった。

そのおかげなのか、元々度胸が据わってるのか、会場に着いた今も夏紀はリラックスしていた。

「じゃあ客席はあっちだから。終わったらまた合流しよう」

「おう!」

「夏紀くん、頑張ってねー!」

「表彰式で何頑張るんだよ・・・」

「あ、そうだね」

恋火が俺の指摘に笑いながら同調した、その時だった。

「夏紀・・・?」

遠くで、俺たちの声を聞いていた女子高生がこっちを向いた。

他の受賞者なのかな・・・と思った瞬間、こっちに嬉しそうに走ってきた。

「夏紀―!久しぶりーっ!」

「葵・・・」

葵と呼ばれたお世辞抜きで可愛い女子高生は、夏紀の手を握った。

・・・俺の見る目がいいかどうかは置いといて。

「この人達は?」

「同じ学校のはっさくと恋火ちゃんと華美ちゃん」

「「初めまして」」

「初めましてぇ・・・」

恋火のテンションが下がったのがわかる。

「紹介するよ、海陽葵(かいようあおい)。僕のライバル」

それもそうだ。何度も言うけど、ものすごく可愛い。

しかも夏紀の知り合い。夏休み前にあれだけライバルがいなくて喜んでいたところにこれだしな・・・って

「ライバル?」

思わず聞いてしまった。

海陽さんが半分笑いながら答えてくれた。

「幼稚園からずーっとね。まあ私が全勝してるからライバルっていうには程遠いけどね」

「今回は勝った」

「そうだね初勝利だねおめでとう」

「感情こもってないけど」

「当たり前でしょ!私が1番になるはずだったのにまさかの負けとかありえないから!」

「・・・そうだね」

「でもさ、あんな絵描かれたら勝てっこないよ。まったく・・・誰が描かせたんだかあんな絵」

「はーい!」

恋火がここぞとばかりに手を挙げる。

「え、本当に!先生お願いです私にも教えてください!」

「何か勘違いしてると思うけどこいつものすごい絵下手だしこいつが絵の描き方教えたわけじゃないから」

「なんだぁ~」

海陽さんはものすごくがっかりしていた。

さすが夏紀のライバル。夏紀と同じくらい絵が好きなんだな。

「あの絵の妖精、恋火ちゃんがモデルなんだよ」

夏紀が少し笑いながら話すと、海陽さんは驚いた。

「この子が・・・あの妖精!?」

「そう!私妖精なんだよ!」

「違う違うお前はただの女子高生だよ」

なんか杖的なやつクルクルしなくていいから。

「はははっ・・・なんか、あの絵が描けた理由、わかった気がするよ」

「写真で見たけど、葵の絵もすごかった」

「はいはい。勝者の余裕ですかー?」

「違うよ、素直にいいと思った」

夏紀が笑いながら答えた。

そんな2人の様子を見て、華美が冷静に聞いた。

「・・・っていうか2人とも、時間大丈夫?」

ふと、海陽さんが時計を見ると、慌て始めた。

「あっ、夏紀、そろそろ行かないとヤバい!」

「そうだね・・・じゃあみんな、またあとで」

2人は、そのまま控え室に向かっていった。随分と仲良さそうに。

それを見ながらムッとしている恋火を、俺と華美は客席へと引っ張っていった。


***


表彰式は粛々と行われた。

受賞者は1人ずつ挨拶をしていった。

海陽さんは、本当に1番になれなかったのが悔しかったらしく、舞台上で来年のリベンジを誓っていた。

そして、夏紀の番が来た。

「歴史あるコンクールで、このような賞を受賞できたことはとても光栄に思います。本当にありがとうございました」

あいつでも緊張はするらしい。随分と表情が硬いし、声も震えている。

隣で、恋火が大きく手を振っていた。

それに気づいた夏紀はこっちを見て、深呼吸をして喋り始めた。

「僕はずっと、絵は1人で描くものだと思っていました。だけど、今回描いた絵は、僕1人の力では描けませんでした。あの絵はアイデアも、構成も、実際に形にしていく作業も、いつもと同じ、僕1人でやりました。だけど・・・一緒にいてくれる人がいたから、描けたのだと思います。あの絵を見て、元気が出たという声をたくさんいただきました。僕も、あの絵から元気をもらいました。自分で描いた絵に元気をもらうのも不思議な話ですけど。これからも、人の感情を動かせる絵を描けるように頑張りたいと思います。ありがとうございました」


***


表彰式も終わり、みんなと合流しようした日向は、スーツ姿の男に声をかけられた。

「日向くんだね?」

「はい」

見たこともない男だったので、夏紀は怪訝な顔をして返事をした。

「私、こういうものなんだけど・・・」

臆することなく、男は名刺を差し出した。

日向はその名刺を見て、驚いた表情を見せた。


***


表彰式が終わって、俺達は待ち合わせ場所のロビーで夏紀が来るのを待っていた。

恋火はぼーっとしながら遠くを見ている。

「カッコよかったなぁ・・・」

さっきからうわ言のようにずっと繰り返している。

男の俺から見てもカッコいいしスタイルもいいと思うけど、舞台で喋る夏紀は、本当にカッコよかった。

「一緒にいてくれる人って言ったとき絶対目合った・・・絶対私を見てたよ・・・」

「あ、それ私も」

「ライブあるあるだよな」

「2人とも何でそんなこと言うの!?私のこと応援してくれてるんじゃないの!?」

「いやそれで熱上がって暴走されても困るし」

「恋火あるあるだよね」

「ひどくない!?なんか今日2人揃ってひどいよね!?」

華美との息のあった消火活動で、燃え上がりかけた恋火の温度を下げる。そうしなければいけなかった。

今までと違って今回は勝ちが見える戦い。

だからこそ、こんなところで大火事にするわけにはいかなかった。

そしてこの消火活動は、華美との意思疎通の結果だった。

表彰式の間、舞台の上の夏紀(座ってるだけ)に恋火が気を取られている間に、密かに俺と華美は密かに重大な事態が起こっていることを確認し合った。

「お前さ、あの海陽さんのこと、どう思う?」

「・・・ヤバいと思う」

「だよな」

「お約束通り、ライバル来たって感じ」

「・・・ものすごい可愛い幼なじみライバルとか、どんなラブコメ展開だよ」

「可愛いかどうかは置いといて」

華美の温度が下がった気がしたけど気にしない。

華美は淡々と話を続けた。

「ラブコメ展開なら幼なじみライバルはかませ犬になる可能性は大いにあると思うんだけど」

「それは恋火がラブコメの主人公だったら、だろ?あいつ、今やっとレベル5くらいになったとこだぞ?ラブコメで言ったらせいぜい主役のバーターで出された女優が演じるクラスメイトBくらいだぞ?」

「・・・名前は辛うじてついてるレベルってとこだね」

「あいつが主人公になれる日はいつ来るんだろうな・・・」

上り詰めるまでには、まだまだかかりそうな気がして、なんだか悲しくなってきた。

「でもさ、所詮敵は東京。帰ってしまえば手出しはできないよ」

「俺も同じこと考えてた。東京にいる間は、あいつにヘマさせないようにしないとな」

「そうだね」

初対面の人を「敵」と言ってしまう華美も十分ヤバいとは思うけど、これで首脳陣2人の話はまとまった。

熱暴走されて火がつこうものなら、勝てる戦いも勝てなくなる。

悪いけど、今日だけは浮かれてもらっては困る。

帰ったら、ちゃんと浮かれさせてやるからな・・・。

そうこうしているうちに出火の原因である夏紀がやってきた。

「ごめん、お待たせ」

「夏紀・・・何かあったか?」

思わず、声をかけてしまった。

表彰式が終わったあとだというのに、その表情は少し・・・違和感があった。暗いわけでもないんだけど。

「・・・ううん、何も」

「緊張して疲れたんだよ。ね、夏紀くん!」

「あ・・・うん、そんな感じ」

おい恋火、私だけが夏紀のことわかってる感出すんじゃない。

たぶんだけど、お前不正解だから。残念だけど疲れた表情ではないから。

ただ、夏紀が同意したせいで完璧に調子にのり始めている。

「夏紀―!」

そして遠くから走ってくる女子高生・・・海陽さん。

またよりによってめんどくさいタイミングで現れてくれたよ・・・。

「あ、海陽さん、おめでとうございます」

「そうだった、おめでとうございます」

俺と華美は、遅ればせながら海陽さんを祝った。

初対面の時に受賞してるの聞いてなかったし、そもそもそれどころじゃなかったしな。

「・・・おめでとうございます」

主にこいつのおかげで。

案の定、ライバル登場で明らかに膨れてるし。

「みんなありがとう!っていうか、葵でいいよ!同級生なんだし・・・それに夏紀の友達は私の友達だし」

そんなことを知ってか知らずか、明るくフレンドリーに接してくる。

初対面だけど、距離感の詰め方がすごい・・・というか、元々人との距離が近い人なんだろうな。夏紀とは完璧にひっついてるし。

あー腕からましてるわー。これはまた恋火のボルテージ上がるわー。しかも地味に胸当てて大きいのアピってるわー。

・・・いやこれは偏見だな。俺もこじれてきてる。

「ジャイアンみたいな理論で強引に奪うのやめてもらっていいかな」

夏紀がそう言いながら、葵が絡ませた腕を外す。

「奪うなんて失礼な・・・夏紀の人間嫌いをフォローするのが私の役目だし。大丈夫?そっちで夏紀迷惑かけてない?」

「お生憎様、心配しなくても夏紀くんはちゃんとみんなと仲良くしてますよ」

なんだろう、たぶん正妻感出して上に立ちたいんだろうけど、どっちかといえば姑というかお局というか、あんまりいい女感出てないぞお前。

「まあいろいろとあったけどな」

これ以上恋火がしゃべるとろくなことにならない気がしてきたので、口を挟んだ。あくまでも事実を伝えるということで。

「やっぱり・・・」

苦笑いをしながら、葵がさらに続ける、

「じゃあさ、みんなでお昼ご飯行こうよ!どうせこのあと予定ないでしょ!?」

「お前なぁ・・・」

「夏紀が迷惑かけてるんだし、私がお詫びも兼ねていいところ連れてってあげるよ!」

「あ、私たちこの後予定」

「代官山のおしゃれなカフェなんだけど・・・」

「代官山・・・おしゃれなカフェ・・・」

おい田舎者恋火、その表情は完璧に白旗上がってるぞ。行きたい!って感じが前面に出てるぞ。

実際のところ、美術館に夏紀の絵を見に行く以外に予定があるわけでもないし、夏紀も久々の幼馴染との再会だし、恋火がおしゃれなカフェという響きに落ちた時点で断る理由は何もなかった。

っていうか、何で女子っておしゃれなカフェに弱いんだろうな・・・無事に帰れる自信無くなってきた。


***


代官山へ向かう途中。俺と華美と葵の3人で前を歩いていた。

自然と夏紀から引き離す手腕はさすが華美と言ったところだった。

・・・どうせまたあとでダメ隊長とかディスられるんだろうな。

そんなことを思っていた矢先だった。

「あのさ!せっかく仲良くなったし、LINE教えてよ!」

「・・・ああ、いいよ」

人間、いざとなるとスマホ壊れてるとかLINEやってないとか出てこないんだな。

あっさりと許可してしまった俺に、侮蔑の眼差しを見せる華美。

これはあとで説教されるな・・・。

これは決して可愛い女の子だから許したわけじゃないからな?作戦だから。敵を知るための作戦だからさ。下心がないことはわかってくれるよな・・・?

華美もしぶしぶ、友達登録をした。

登録している間、ずっと睨まれていた気がするけど、気のせいということにしておこう。


***


「「あのさ」」

3人の後ろを歩く恋火と夏紀は、しばらく静かに歩いていたのに、同時に話しかけてしまった。

「恋火ちゃんから・・・先いいよ」

「私ね、夏紀くんと遊びたい!帰ったら、デートしよう?」

「わかった」

「えっ!?」

即答した夏紀に思わず驚いてしまった。

歩いていた夏紀の正面に立ち、足を止めて確認する。

「本当に!?本当にいいの!?」

「結局お礼らしいお礼もしてないし、お礼させてほしいな」

「いいよいいよそんなの!夏紀くんとデートできれば!」

夏紀に笑顔で言われて、恋火のテンションはさらに上がってしまった。

「で、夏紀くん何言おうとしたの?」

舞い上がった恋火は、順番を夏紀に譲る。

夏希は少し考えて、ゆっくり口を開いた。

「もし僕と一緒に東京に住まない?って言ったら、恋火ちゃんどうする?」

「えっ!?」

あまりにも想像していなかった言葉に、恋火はびっくりして、しばらく言葉が出なかった。その様子をしばらく見て、夏紀が笑って言った。

「・・・ごめん、今の忘れて」

「えっあっ・・・うん」

2人はまた歩き始めた。けど、言葉を交わすことはなかった。

恋火がその言葉の真意をずっと考えていたから。


***


代官山のカフェに着き、残念ながら俺の予想は当たってしまった。

「夏紀は画家になるのが夢だもんねー」

「・・・そうだね」

「やっぱり東京帰ってきなよ!実績できたし、今ならきっと引く手数多だよ」

それはそれは、葵の独壇場で。

「家族ごと引っ越したのに帰れる訳無いよ」

「夏紀だけ来ればいいじゃん!私の家、兄貴出てって部屋空いてるし、夏紀なら親も許してくれるよ」

恋火はおしゃれなカフェに似合わないほど、むすっとしながらパスタをほおばっている。

好きな人の前では可愛らしくいようっていうよりももはや怒りの方が勝ってるんだな、こいつ。

ただ、夏紀の様子が少しおかしかったりもして。

なんていうかどこかに意識が飛んでるというか・・・いつも通りと言えばそうなんだけど。

「夏紀さ、やっぱり表彰式の後なんかあったろ?」

やっぱり気になって聞いてしまった。

さすがに2度目の追及は堪えたらしい。

「・・・実は」

そう言いながら、夏紀は小さな紙を出した。

「スカウト・・・された。絵、うちで描かないかって」

紛れもなく机の上にあるのは名刺。

しかも、知らない人はいない大手の会社だった。

「すげー・・・」

こんなこと、現実にあるんだなって思ったら思わず声に出てしまった。

「もしよければ今日、話だけでもって言われてる」

「夏紀やりなよ!夢叶うんだよ!」

葵のテンションが上がる。

幼なじみの長年の夢が叶う。同じ幼なじみとして、気持ちが少しわかる気がしてしまった。

「でも帰らないと・・・」

「今日はうち泊まればいいし!こんなチャンス、何回もないよ!」

そうだよ、チャンスなんて、そう何回もあるわけじゃない。

そんな言葉が口から出かけた瞬間に、恋火を見てしまった。

さっきまでむすっとしていたはずなのに、考え込んでいた。

「チャンスなんでしょ?行きなよ。私たちのことはいいから」

華美は笑顔だけど、冷静に夏紀に話す。

「・・・一緒に美術館行けなくてごめん」

「いいよ、大事な話なんだし。頑張ってこいよ」

「うん、ありがと」

恋火は何も言えず、俯いたままだった。


***


「すっごいな・・・この絵」

「そうだね・・・」

思わず、俺と華美の声が漏れた。

美術館に飾られた、カラフルな不思議な街の中で妖精が楽しそうに魔法をかけている絵。

写真で見ていたはずなのに、当たり前だけど、実物は写真より言葉で言い表せないのが悔しいくらいすごい絵で、見ているこっちも楽しくなるような絵だった。

「あいつ・・・これ修学旅行終わりで描いたんだよな」

「・・・そうなんだよね」

その凄さにただただ圧倒されるしかなかった俺と華美。

そして、妖精のモデルの恋火は、ただただ黙って絵を眺め続けていた。


***


美術館から東京駅に向かう電車の中。ずっと口を開くことがなかった、恋火がぽつりと呟いた。

「東京ってさ、遠いよね」

「そうだな」

淡々と返す言葉に、感情を乗せないようにしていた。

「夏紀くん、東京行っちゃうのかな」

「・・・行くかもな」

そのはずだったのに、寂しい気持ちが少し乗っかってしまった。

悟られたのかどうかはわからないけど、恋火は少しだけ明るい声色で聞いてきた。

「はっさくはさ、やりたいこととかあるの?」

「・・・考えたことなかったな」

「華美は?」

「私も・・・ないかな」

「・・・みんな一緒だね」

力なく笑って、恋火は寂しそうに言葉を続けた。

「いつか・・・みんな一緒じゃなくなるんだよね」

「さすがに仕事同じって幼なじみは聞いたことねーぞ」

「そうだね」

華美が少し笑って同意する。だけどやっぱりどこか寂しそうで。

だから、恋火がその感情の原因を突いてきたりして。

「今はさ、毎日のように一緒にいるけど、週に1回とか月に1回とかになって、年に1回とかになってさ」

それは、きっと俺が会話の最初に感じたことで。

「結婚して、赤ちゃん生まれたりとかしたら、何年かに1回になったりしてさ」

顔は見なかったけど、涙を浮かべていそうで。

「いつかさ・・・会えなくなっちゃうのかな」

東京の帰り道は、少ししんみりしていた。

新幹線に乗っても、誰も口を開かなかった。

華美と恋火に挟まれて座った俺は、窓の外を見ると、恋火が視界に入った。

窓側に座り、外を眺める恋火。こいつは今、何を考えているんだろう。

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