第2話
「来たよ大阪ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「誰のライブのMCのマネだよそれ」
バスを降りた瞬間に恋火が叫んだ。あれだけ3時間も華美と喋ってたのに元気だな・・・。
少しだけ気温が高くなり、暑くなった5月の中旬。
俺たちは修学旅行として大阪に来ていた。
行きのバスの中、俺の席の後ろでは恋火が景色が変わるたびに興奮し、華美は少しなだめながら付き合っていた。
そして2人の前の座席には俺と・・・日向がいた。
この修学旅行、俺と恋火と華美、そして日向は同じ班になった。
班決めをする時に、恋火は真っ先に日向を誘いに行った。あいつの中では俺と華美はすでに同じ班で、あと1人をどうするかという選択だけだったんだと思うけど。
日向は、拒むことはなかった。
他に選択肢がないということなのかもしれないけど、俺達には少しだけ心を許してくれているからだと、どこかで願っている自分がいた。
その自信も少しはある。
あの日以来、俺たちは日向の前に行って話していた。
俺たち3人の会話に入ることもなく、ノートに絵を描いている。
一見すると、興味がなさそうに見えるけど、絵を描く手が止まっているときは話を聞いているらしく、たまに少しだけ笑う時があった。
その様子を見て、私もいけるかもと思って果敢に挑んだ他のクラスメイトもいた。
忘れがちだけど、あいつはラスボス級のイケメンだ。下心を持って挑む女子は数多い。
だけど、話しかけるたびにスルーされたりあしらわれたり。男女問わず、打ちのめされて離れていく奴が後を立たなかった。
あ、そういえばラブレター渡せって2,3人に言われたな。どうせ受け取らないから門前払いしたけど。久々にモブ感発揮したな、俺。
というわけで、ラスボスの下僕と成り下がった俺は、窓側にいるラスボスの邪魔をしないように移動時間を過ごしていた。
ラスボスは外を見ながらたまにノートにスケッチをし、たまに風景とは関係ない絵を描いていたよ。ラスボスっぽい怖い表情で。
休み時間とかも思ってたけど、こいつ絵を描くときなんでこんなに怖い表情なのだろうか。これじゃあ氷の王子じゃなくてただのラスボスだよな。
おかげさまで、俺はバス内で一切しゃべることなく、ただただ後ろの楽しそうな会話をラジオ代わりに3時間を過ごした。
寝ようとも思ったけど、眠くなると後ろで恋火が座席を蹴るせいで寝れなかったよね。みんなはバスではおとなしく過ごそうね。
初日は全員行動で大阪の文化や歴史を回った。THE・修学旅行って感じだった。
相変わらず、恋火は1つ1つを楽しみ、日向はスケッチしたり、関係ない絵を描いたり。
そんな2人を見て、俺と華美はため息をつきながら2人が集団から外れないように見守っていた。
たまに恋火が日向の絵を褒めるけど、日向は納得できてないようだった。
俺がバスの中で見ていた絵もすごかったけど、たぶん美術2,3の俺らではわからないような領域を求めているんだろうと思う。
夜はホテルで、豪華なご飯を食べた。
さすが私学。海外には行かなかったとはいえ、だいぶいいところに泊まったんだろうな。
・・・また両親に貸しができた気がする。
その後は、朝まで部屋で自由に過ごすことができた。
部屋はツイン。2人1組で宿泊していた。
俺と日向が同じ部屋。1個上の階には恋火と華美が同じ部屋にいた。
外へ出ていこうとする奴もいたらしいけど、さすがに俺達にはその気はなかった。
となれば、やっぱりそうなるわけで。
「来ちゃった!」
「どこの付き合いたての彼女だよお前」
すこし照れながら来た彼女、みたいな設定をわざとらしくやってきた恋火にツッコミを入れる。
相変わらずウインク下手くそだな。睨みつけてるぞそれ。
「憧れてるくせに」
「華美さん、彼女のいない男にダメージ与えて楽しいのかな」
「うん、楽しい!」
「・・・お前、本当に遠慮ないよな」
満面の笑みでいじわるを肯定するのって、良くないと思うんだよね。
「っていうかよく監視かいくぐってきたな」
ここの階は男子フロア。1個上は女子フロア・・・とちゃんと分けられている。
当然監視がいるはずで、かいくぐろうものなら捕まって拷問を・・・じゃなかった、説教を受けるはずだけど。
「いなかったよ?」
「なんならさっき、もっちが酒持って他の先生の部屋入っていったよ」
あ、もっちは俺らのクラスの担任ね。
あんなに真面目そうに見えるけど、疲れてるのだろうか。
っていうかうちの学校自由すぎるだろ・・・一応仕事中だよね?
まあ荒れてるわけでもないからいいのかもしれないけど。
「じゃあトランプしよー!」
「来ていきなりだなお前」
「修学旅行の夜といえばトランプ、UNO、枕投げ、恋バナと決まってるんだよ!」
「半分はカードゲームだけどな」
「ってことで修学旅行のお約束エントリーナンバー1、トランプ大会を始めまーす!」
「いえーい!」
華美も随分とテンションが高い。
こうなったときのこのコンビは止められないんだよな。
「・・・仕方ない、やるか」
「日向くんはー?」
恋火がテーブルに向かって必死の形相で絵を描く日向に声をかけたが、返事が帰ってくることはなかった。
あいつ、いつもよりも鬼気迫ってるな。
ということで、ベッドの上で、3人でのトランプ大会が始まった。
***
「何で勝てないんだよぉぉぉぉぉ!!」
「お前、顔に全部出るからな」
「そうなの!?ねえ華美!私そんなに全部出てる!?」
「うん、ものすごいわかりやすく全部」
「なんでぇぇぇぇぇぇ!!」
大富豪、神経衰弱に続いて、トランプトライアスロン最終競技のババ抜きは、見事に恋火の負けで幕を閉じ、その敗者は悲しみのあまり、ベッドに崩れ落ちた。
ババ抜き3回やって3回とも負けるってなかなかだけどな。
というか大富豪や神経衰弱が全部最下位なのも十分すごいけど。
「こうなったら修学旅行のお約束エントリーナンバー2、UNO大会でリベンジするから!!絶対負けないから!!」
こうなることを先読みしたのか、華美がトランプを片付けていた。本当にいいコンビだなこいつら。
・・・いや、華美は全競技で1位だったな。しれっと勝ち逃げしやがった。
そもそもこうなったのこいつのせいだよな。
「日向くん、UNOやろうよー!」
恋火が再び声をかける。けど、やっぱり反応はなく、今回も3人で・・・
「日向くん、やろうよーーー!!」
と思ったら、ベッドから飛び降りて日向に声をかけに行った。
「うるさいな」
「えっ・・・」
日向は鬼気迫る表情のまま、近づいてきた恋火を睨みつけた。
よっぽど怖かったのか、ショックだったのかはわからない。
だけど、恋火は部屋を飛び出していってしまった。
「華美!」
「・・・わかった」
華美は俺の意図を汲んでくれたらしい。そのまま恋火を追いかけていった。
・・・女子部屋のカードキーを持って。
扉が閉まった音がして、ため息をついた俺は、日向の隣へ行く。
「ったく・・・何イライラしてんだよ」
声をかけた時には、鬼気迫る表情から、いつものクールな表情に戻っていた。
さすがに、少し反省したらしい。
「ったく・・・せっかくの修学旅行だってのになんか追い込まれてるな、お前」
その言葉に、少しはっとした表情を見せ、日向がぽつりと言った。
「・・・コンテストの締切、今週末なんだよ」
その言葉に俺は驚いた。
それと同時に、嬉しくもなった。
初めて少しだけ、弱みを見せたというか・・・よくわかんないけど、とっかかりをくれたことが、嬉しかった。
「そうか・・・そりゃ追い込まれるな。で、どのぐらいできてるんだよ」
「全然。まったく」
「まったくって・・・あんなに描いてたのに?」
「アイデアはいっぱい出るのに、いいものができないんだ」
「ちょっと貸してみ?」
椅子の背もたれに思いっきりもたれかかる日向を見て、テーブルに置かれたノートを手に取る。
パラパラとノートをめくると、たくさん絵が描かれていた。
「・・・全部いい絵に見えるけどな」
「全然ダメだよ」
「なんでだよ?」
「じゃあ、その絵を見て、君は何か感情が動いたかい?」
「・・・いや」
「そういうことなんだよ」
日向は悔しさを滲ませながら微笑んだ。
「僕の絵を見ても『感情が動かない』って言われたんだよ。だから、コンテストでいい成績を出せないって」
「なんか、絵を描くのも大変なんだな」
見た限りでは上手な絵なのに、それではダメで。
芸術っていうものはやっぱり俺には理解できない領域だった。
「日向はさ、絵描くの好きなんだよな?」
「・・・そうだね」
「その割には描いてるとき楽しそうじゃないけどな」
「・・・そうだね」
「描けないから?」
「・・・そうだね」
「お前さっきからそうだねしか言わなくなったな」
「ふふっ・・・君の言うことが当たってるからだよ」
少しだけ笑った日向を見て、俺も笑ってしまった。
「じゃあもう1個当ててやろうか?」
「何?」
「お前、絵以外に何にも興味ないだろ?」
「ふふっ・・・そうだね」
「せめて、クラスメイトにくらいは興味持てよな。せっかく一緒にいるんだからさ」
「ごめん」
「ちゃんと謝れるじゃねーか」
「一応、16歳の高校生だからね」
「だったら人との付き合い方、もう少し考えような?」
「そうだね・・・」
「俺、絵のこととか全然わかんないけどさ、日向はたぶん詰めすぎなんだよ。テストとかでもさ、わからない問題があったとして、飛ばして最後にやってみたら解けたりするときあるだろ?あんな感じじゃねーの?」
日向は黙って聞いていた。
氷の王子ではなく、少し緩めた表情で。
「絵のことばっか考えてないで、たまには他のことも楽しもうぜ。案外、いいアイデアが出てくるかもしれないし」
しばらく考えて、日向は少しだけ笑顔を見せて頷いた。飲み込んだらしい。
「とりあえず、明日の朝一番で恋火に謝れ」
「・・・そうだね」
「で、明日はユニバだし、息抜きだと思ってめいっぱい楽しむぞ!」
「うん・・・ありがとう、はっさく」
「お前まではっさくかよ、夏紀」
***
「鈴風さん、昨日はごめん」
翌朝、昨日部屋に残されたトランプとUNOを差し出しながら、頭を深々と下げる夏紀。
「へへ・・・私こそなんかごめんね」
そして、恋火は笑顔でトランプとUNOを受け取った。
あれから、華美には夏紀が恋火にしたことを反省していることを連絡しておいた。
華美になだめられた恋火もまた、昨日の自分の行いを素直に謝った。
「・・・っていうか、今鈴風さんって言った!?言ったよね!?」
「言ったね」
華美もニヤニヤしている。
・・・いやごめん、俺もニヤニヤしてるわ。
恋火の努力が・・・じゃないな、3人の努力が、実を結んだ瞬間だったから。
やっぱり、仲良くなれたってわかった瞬間はすごく嬉しい。
「恋火でいいよ!ね、華美!」
「そうだね、私も華美でいいよ!夏紀くん」
「あ、華美ずるい!」
「先に言わない恋火が悪いよ」
華美もテンションが高かった。よっぽど嬉しかったらしい。
いや、恋火にいたずらしたかっただけなのかもしれないけど。
その後、バスに乗り込んでからのテンションは異様だった。
座席の後ろから顔を出す恋火を押し戻したり、話をしたくてウズウズしてるのを華美が抑えたり。
俺は俺で、夏紀に今日のルートを説明していた。たぶん何にも知らないからな。
大阪2日目、行き先はUSJ。
回るルートはほとんど恋火が意見を出し、実現できるように俺と華美が調整した。
とはいえ、このタイミングでのユニバは、恋火のテンションが高まりすぎた。
着いた早々、キャラクターの帽子を買いに行った時点で結局バスの中の説明も、そもそも調整したことすら、全て無駄になった。
実現不可能になった計画ほど無駄なものはなくて、俺は方向修正を諦め、乗り物を諦めるたびに恋火と華美から叱責され、夏紀は・・・笑っていた。
場所がそうさせたのか、昨日のことがそうさせたのかはわからない。
だけど、そんなことはどうでもよかった。
4人でいることが、楽しかったから。
***
太陽が沈みかけ、そろそろ集合時間が近づいてきた。
カラフルなセットが、夕日に照らされる。
相変わらず恋火は朝からずっと同じテンションで走り回っていた。
「あっ、キティちゃんだー!」
「おい恋火、走ると危ないぞー」
すっかり保護者みたいになってるけど、これ今日1日ずっとだからな?
ハローキティに向かって走っていった恋火に対し、夏紀は足を止めた。
「どうした?」
「・・・ごめん、少し時間が欲しい」
そう言うと、夏紀は鞄からノートと鉛筆を取り出し、その場に座り込んだ。
そして、絵を描き出した。その様子を見て、華美に声をかけた。
「悪いけど恋火を頼んだ」
「うん・・・わかった!」
俺は、恋火を華美に任せ、夏紀につくことにした。
絵を描くのをやめさせる・・・わけじゃなく、続けさせるために。
今はやめさせるわけにはいかなかった。
こいつ・・・こんな楽しそうに絵描けるじゃん。
華美は恋火に悟られないように、一緒にキャラクターと遊んでいた。
・・・いや、ただ単純に楽しんでたのかもしれないけど。
おかげで、夏紀は満足するところまで描けたようだった。
***
2日目の夜も、やっぱり恋火と華美は部屋に来た。
昨晩できなかった修学旅行のお約束エントリーナンバー2、UNO大会の開催となった。
けど、夏紀はやっぱり参加しなかった。テーブルに向かい、黙々と絵を描いていた。でもその表情は昨日までの鬼気迫るものではなかった。
夏紀はただただ楽しそうに、鉛筆を動かしている。
俺たちも邪魔をすることはしなかった。
一緒にUNO大会をしたい気持ちもあったけど、夏紀のことを尊重することにした。
夏紀がコンテストでいい賞を取ること、それを応援するのが俺たちのできることだって3人で決めたから。
それはいいんだけどさ・・・
「うわぁぁぁぁぁぁんん!!何で勝てないんだよぉぉぉぉぉぉ!!!」
「お前、弱すぎだろ・・・」
結局UNO大会は現時点で恋火の4戦4敗。
昨日からトータルでも全敗って本当に弱すぎる。
「華美ぃぃぃぃぃ!!はっさくが接待してくれないよぉぉぉぉ!!」
「大丈夫だよ恋火、あいつ絶対出世しないから」
「出世関係ないだろ!?っていうか何で恋火に接待しなきゃいけないんだよ!?」
「私班長だもん!この班の班長だもーん!」
「いつ決まったんだよ!?」
「細かいことはいいんだ・・・よっ!」
「痛っ!」
華美の投げた枕が、思いっきり俺の顔面にクリーンヒットした。
「いいぞ華美―!じゃあ修学旅行のお約束エントリーナンバー3、枕投げ大会、かい・・・しーっ!」
「2対1とかずるいぞお前・・・らっ!」
「ハンデだよハンデーっ!」
部屋の中を2個の枕が飛び交う。さすがに2対1はガンガンぶつけられるよな。
それでも、必死に飛んでくる枕を避けながら反撃していた・・・その時だった。
ばふっ
賑やかだった部屋に、一瞬の静寂が訪れた。
恋火の投げた枕が、夏紀の頭にクリーンヒットした。
「あっ・・・ごめん・・・」
恋火が小声で謝る。少しして、夏紀は鉛筆をテーブルに置き、席をすっと立つと、さっき自分にクリーンヒットした枕を手にとった。
「やったな・・・っ!」
夏紀は、恋火に枕を投げ返した。・・・随分と楽しそうに。
「夏紀!反撃するぞ!」
「うん!」
「あ!チーム組むのずるいよ~!」
「お前ら散々手組んでただろ!」
「チームじゃないもーん!はっさくが共通の敵だったんだよ!」
「え、そうだったんだ!じゃあ恋火に投げても文句ないね!」
「そんなぁぁぁぁ!華美ごめぇぇぇぇん!」
こうして、盛大に俺達は枕投げ大会を行った。それはそれは、大盛り上がりだった。
おかげさまで、修学旅行のお約束エントリーナンバー4、恋バナをする前に恋火が睡魔に襲われ、華美とともに部屋に帰っていった。
ユニバもホテルも全力で楽しんでたからな・・・。
***
修学旅行の次の週の月曜日。珍しく夏紀は少し早めに学校に来た。
いつも通り、俺たち3人が近づいていくと、夏紀がスマホの画面を見せてきた。
「すごーい!」
恋火が感嘆の声を上げた。俺も華美も、思わず息を飲んだ。
夏紀のスマホには、夏紀が描いた絵の写真が映し出されていた。
たくさんの色で描かれた街の真ん中で、妖精が楽しそうに魔法をかけていて、見ているこっちも楽しくなるような絵だった。
「本当は実物を見せたかったけど、できたのが締め切りギリギリで・・・ごめん」
「ううん!やっぱり夏紀くんすごいよ!」
「そうだな・・・」
修学旅行から帰ってきてわずか3日で仕上げたらしい。
写真だから細かくはわからないけど、3日で描いたなんて思えないほど、すごい絵だった。
「見せてくれてありがとね」
「ううん、お礼を言わなきゃいけないのは自分の方だよ」
「え?」
「恋火ちゃんのおかげで、いい絵が描けた。ありがとう」
「私何もしてないけど・・・」
「そうだな、何もしてないな」
俺は笑いながら、恋火に同調した。
でも、あの絵の妖精は紛れもなく恋火で。恋火がいなかったらあの絵は描けていなかった。
ユニバで夏紀が描いていた絵と、写真の絵はほとんど同じだったから。
その事実を、なんとなく言うのをためらった。
空気を読んだようにチャイムが鳴る。
席に戻ると、学級委員が教壇に立った。
「今から球技大会の選手を決めます。まずはやりたい競技に手を挙げてくださーい!」
もう1人の学級委員が、黒板に種目と人数を書いている。
7月に、この学校ではクラス対抗の球技大会が行われる。
サッカー、バレー、バスケに分かれて、全学年で大規模に行われるイベントだ。
当然、勝ちに行くことが前提のため、各部活に所属している人から順番に種目が決まる。
俺ら帰宅部4人組は最後まで残る・・・わけではなかった。
恋火と華美は中学時代バスケ部だったことを買われ、バスケチームへあっさり引き抜かれた。
そして残った俺と夏紀はというと、人数が多くなんとかごまかしがきくサッカーに決まった。
「やーい残り物―」
「悪かったな残り物で・・・」
恋火に冷やかされる頃には、クラス全員の種目が決まっていた。
しかし、黒板にはもう1つ。大事なポジションが残っていた
「後は横断幕のデザインだけなんだけど、誰かやってくれる人ー!」
横断幕はクラスで1枚必ず作ることになっていた。この球技大会だけでなく、10月の体育大会や2月にもう1度行われる球技大会でもそのまま使う、いわばクラスの象徴。
2年になった今では、横断幕のデザインをやることが責任重大だということを誰しもがわかっていた。
おかげで、誰も手を挙げることはなかった。
お互いが空気を読み合い、クラスは静寂に包まれた。
それを打ち破ったのは・・・俺だった。
「夏紀がいいと思います!」
そう言って、夏紀の方を見る。相変わらず無表情だった。
でも、嫌そうにしていないあたり、まあいいかとは思っているらしい。
あいつも感情が素直に出るってことはわかってきた。
「俺も手伝うんで!」
もちろん、言い出した責任は取る。そのつもりだった。
けど・・・
「え、やらねえだろ・・・」
誰かが、ぼそっと呟いた。
その一言を皮切りに、クラスはぼそぼそとみんなが話し始めた。否定的な感じで。
夏紀は俺達には心を開いてくれていたけど、他のクラスメイトとはなかなか話せずにいた。
修学旅行に行くまでは塩対応だったおかげで、クラス内の好感度は最悪だったらしい。
仕方ないとは思うけど・・・やっぱり気分は悪いよな。
「そもそもいてもいなくても変わんないし・・・」
そんな声が聞こえた瞬間、さすがにいてもたってもいられなかった。
「お前ら」
「いてもいなくても変わらないなんてことないよ!ばっかじゃないの!!」
・・・俺よりも先に、恋火がブチ切れていた。
思いっきり机を叩いて立ち上がった。
「夏紀くんの絵すごいんだよ!誰にも描けないようなすごい絵描くんだよ!夏紀くんが横断幕書いたら絶対優勝できるよ!それに・・・それにさ・・・」
感情が高ぶりすぎた恋火は、涙を流していた。
ありがとう、恋火。おかげで冷静になったわ。
「たぶん、誤解してると思うけど、こいつ、みんなが思ってるよりもみんなのこと好きだからな?恋火、あれ出せ」
「・・・あれ?」
涙をぬぐいながら、こっちを不思議そうに見つめる。
こいつ・・・わかってないな。
こういう時にビシっと決まらないのが俺たちだよな・・・。
「お前こういう時は空気読めよな・・・ノートだよノート!」
「あぁ、あれ!」
やっと気がついた恋火は、鞄から1冊のノートを出して、教壇に立った。
「ほら!これ!」
恋火が開いて見せたページには、5月にあいつが書いた、窓の外を見る恋火が描かれていた。
そして、恋火がページをめくると、そこには、恋火の似顔絵・・・だけじゃない。
クラスメイト1人1人の名前と笑顔の表情のスケッチが描かれていた。
「絵の練習・・・とこいつが言い張るならそれまでだけど、練習だったら名前なんてどうでもいいから書かないと思うんだよ普通」
このノートは、夏紀が取り返しそびれてからずっと恋火が持っていた。
そう、クラスメイト1人1人の似顔絵は、あの日に全て名前入りで完成していた。
それを見て、俺達は夏紀と仲良くなることを決めたんだ。
「俺は、夏紀はクラスのために絵をかけると思うけどどうかな」
「私はさんせーい!」
「私も。どうせ反対しても他に誰も手あげないんじゃないの?」
恋火と華美のダメ押しもあって、それ以上否定的な言葉が出ることはなかった。
たぶん、クラスに溶け込むのにはまだまだ時間はかかると思う。
けど、逆転できるほどの絵を描くことが、夏紀にはできると思うんだ。
休み時間に入ると、俺はすぐに夏紀のところに行った。
「悪かったな夏紀。大変な仕事増やしちまった」
「全然悪かった感出てないけど」
「バレた?」
夏紀は呆れて笑っていた。
「起死回生の一発、かましてやろうぜ?」
「・・・ありがとう」
「っていうか、ただでさえ責任重大な仕事なのに、さらに言い出した俺の今後も左右するって責任まで増えてるからな?」
「じゃあ多少手を抜いても良さそうだよ、夏紀くん」
「華美ひどくないか!?」
「全責任はっさくが取ってくれるから安心だね!」
「恋火はもう少し自分の失敗の責任取れるように頑張ろうな」
「華美ぃぃぃぃぃ!はっさくがいじめるよぉぉぉぉぉ!!」
「うんうん、あいつひどいね。あとで責任を取って退学届出してもらおう」
「おいおい何の責任だ何の」
「ふふっ・・・」
夏紀が笑った。
「私たちも手伝うから、いい絵書いてよ?」
「あの絵を超える横断幕作ろうね!!」
「簡単に言うなぁ・・・」
少し困りながらも、満更でもなさそうだった。
「ってことで、一緒に頑張ろうぜ」
俺が手を出すと、夏紀も手を出してくれた。そしてしっかりと握る。
「じゃあ早速、手伝ってもらおうかな・・・」
「おう、何でも言えよ!」
どうやら、交渉は成立・・・
「焼きそばパン1つ」
「そういう手伝いじゃねーよ!」
「私コーヒー牛乳!」
「じゃあ私ハーゲンダッツ」
「待て待て待てお前らも手伝うんだし、そもそもお前らはパシれるような仕事しないだろ!?」
***
それからというもの、放課後は4人で教室に残り、横断幕作成に取り掛かった。
製作期間は1ヶ月半。
細長い紙を見ながら、みんなで意見を出し合った・・・けど、全員の名前を書くとか、似顔絵を描くとか、全員の手形を入れるとか、ありきたりなものしか意見は出せず、1週間かけてもいい案は出なかった。
夏紀は夏紀でノートにいくつか絵を描いてみたりもしていたけど、やっぱり横断幕は普段の絵とは勝手が違うらしく、納得いくものはできなかった。
でも、悪いことばかりじゃなかった。
横断幕をみんなで作る、という名目のおかげで、ついに夏紀を加えた4人のLINEのグループを作った。当然、全員友達登録をした上で。
恋火は特に大喜びだった。
さすがに勇気が出なくて個人的に連絡してはいないらしいけど。
というわけで、学校内外で散々意見は飛び交った。
だけど結局のところ、完全に八方塞がりだった。途中テストもあったし。
1ヶ月半もあると思っていた製作期間は、気がつけばテストも終わって残り2週間になっていた。
「あ~もう何にも出てこない・・・」
俺は机に突っ伏し、絶望感に打ちひしがれていた。
「これはやっぱりはっさくが全責任を取る方向かな・・・」
「華美・・・お前俺に何か恨みあるのかよ・・・」
「うん・・・」
「否定しろよな・・・」
華美もひどいことは相変わらず言うけど、弱々しい感じだ。
それもそうか、同じように机に突っ伏してるから。
「みんなごめんね、いい絵が描けなくて」
「夏紀くんのせいじゃないよ・・・部下の責任は上司の」
「いやだから俺いつ上司になったんだよ」
食い気味には言ったけど、やっぱり弱々しい感じになってしまった。
今日ももう、日が傾き始めている。そろそろタイムリミットになってしまう。
「みんなもっと元気出そうよ!」
「恋火は今日も元気だね・・・」
机に突っ伏した俺たちの目の前で、恋火は相変わらず元気に動いていた。
「私ね、憧れだったんだよこういう高校生活!放課後に教室に残って、なんか作ったりするの!」
「じゃあ去年やればよかったろ・・・」
「だって去年は忙しかったんだもーん!」
あ、そうだったな。
去年のこの時期は生徒会長追って撃沈して現実逃避してたっけ。
「たしかにテスト前までは青春っぽいって思ってたけどね・・・」
「さすがに1ヶ月進展無しは応えるよな・・・」
「2人とも、今はまだまだ青春だよ!あの夕陽に向かって走ろうよ!」
「お前青春の方向が古すぎる・・・」
そう言いながら、夕日を指さした恋火を見ていた時だった。
「あっ!」
夏紀が、一緒に声を出した。
「恋火ちゃんそのまま!」
「えっ!?」
夏紀の指示に恋火が慌てているけど、夏紀の目の前に行く。
早々と、絵を描き始めていた。
***
「こんな感じかな?」
夏紀はあれから20分かからないくらいで簡単な絵を仕上げた。
紙の左端に左に向かうように旗を持った女の子がいて、そこから右にクラスメイト1人1人を描いていく。
「民衆を導く自由の女神・・・原作と違って随分楽しそうだけどね」
夕日に指をさす恋火を見て、思いついたらしい。
「私その絵知ってるー!」
「美術2でも知識はあるもんな」
2を取ったのは技術的な理由だもんな。テストはものすごくできてたし。
「でも私のイメージはクラークだったんだけどな」
「クラークって・・・あの像か!」
「そうそう!Boys be ambitious!私好きなんだよね!」
「ふふっ・・・それは残念だね」
夏紀が笑いながら言った。その時だった。
「じゃあさ、こうしてみたらどうかな?」
そう言うと、夏紀はすらすらと右上に書き足し始めた。
「2Bs be ambitious?」
「横断幕だし、2年B組のみんなよ、大志を抱けってことで」
右上に書きたされた「2Bs be ambitious」の文字。普通に書くわけでもなく、ちょっとデザインチックにするあたりさすがだと思う。
「カッコいいよこれ!横断幕これにしようよ!」
「そうだね・・・これいいと思う」
「さすが夏紀だな・・・」
「いや、恋火ちゃんのおかげだよ、ありがとう」
そう言いながら、正面にいた恋火の頭をポンポンと撫でた。
突然のことで、恋火が固まった。
「お前らー、そろそろ学校閉めるから片付けて帰れよー」
「あっ、はーい!」
見回りの先生に声をかけられ、慌てて俺達は片付け始めた。恋火も、少しだけ経ってから片付け始めた。妙に静かになったけど。
***
次の日、いよいよ紙に絵を形にしていく作業が始まった。
夏紀はやっぱり絵のことになると止まらないらしく、昨日帰ってから本番用の紙に下書きをしていた。
ノっている時に描かないといけないらしい。
放課後の教室で机を移動させ、広くなった床に紙を広げる。
「すげー・・・」
すでに線がペンでなぞられて、あとは色をつけるだけの状態になっていた。
ほぼほぼ完成形が見えている横断幕。
「さすがにペンでなぞるまでが限界だったよ」
「昨日何時までやってたんだよ・・・」
「10時。それ以上は睡眠時間を削ることになるし」
「突っ込みどころが多すぎて何も言えねぇ」
昨日帰った時間からして2,3時間しかなかったのにこの作業量っていうところがすごいけど、睡眠をきっちり取ろうとするところも気になるよね。
「色塗り、お願いできるかな」
「わかった」
夏紀はみんなの顔の色塗りを、俺たち3人はその他の部分の色塗りをすることになった。
顔は色の具合で似るかどうか決まるから、責任を押し付けられないってことらしい。
絵かきのプライドというか、俺らへの信頼のなさというか・・・まあ美術2,3の奴らに信頼しろっていう方が難しいけど。
ペンでなぞってあるおかげで、はみ出すことなく塗れるという安心感があった。
現に目の前の美術2(技術だけだとたぶん1)の人間でもはみ出さずにちゃんと塗っている。
・・・やけに静かなのが気になるけど。
最後に声を聞いたのは、ついさっき夏紀と同じタイミングで絵の具のところに手を持ってった時の「あっ」って声だったな。
黙々と色塗りを始めて1時間。夏紀の携帯がなった。
「ごめん」
夏紀はそう言って、教室を出ていった。
教室は、静まり返っていた。
いや、いつもなら恋火が作業中だろうが関係なくうるさいくらい喋るせいできっとこれが普通なんだと思うんだけど。
なんか落ち着かなくて、華美に話しかけた。
「お前、またメイク変えたろ?」
「えっ!?」
華美は意表をつかれたようであらぬ方向に筆が滑り、あわやはみ出すところだった。
いや、こいつが髪型とメイク変えるのは割と日常だし、変わるたびに毎回言ってる気がするんだけどな。
「うん・・・アイラインの引き方変えた」
「そんなにはみ出してもお前の目はこれ以上大きくならないぞ」
「うるさいなぁもう!」
思いっきり叩いてきやがったおかげで、俺もあらぬ方向に筆が滑った。
「元から目大きいんだからもう十分だろ・・・」
「えっ!?そうかな・・・」
そんな他愛もない会話をしていたら教室の扉が開いた。
「あのさ」
教室に戻ってきた夏紀は、深刻そうな顔で帰ってきた。
「どうした?」
俺が聞くと、夏紀はすぐに口を開かなかった。
頭の中を整理していたようで、少しして、やっと口を開いた。
「最優秀賞取った」
「・・・どゆこと?」
恋火が目を点にして聞く。
「コンテストに出した絵が1番になったってこと・・・かな」
「マジかよ!?」
「本当!?」
俺と華美が真っ先に反応する。
「すごい・・・すごいよ夏紀くん!」
恋火は夏紀の方へ走っていった。
「恋火ちゃんのおかげだよ・・・ありがとう」
夏紀は、いい笑顔で恋火に話しかけた。本当に嬉しかったんだと思う。
恋火の表情は見えなかった。
見えなかったけど・・・なんかわかった気がしたんだ。
「ううん、夏紀くんがすごいんだよ」
***
その日の帰り。
「あのさ・・・はっさく、華美」
夏紀とも別れ、電車の中で恋火がぽつりと呟いた。
「私の運命の相手、やっぱり夏紀くんだと思う」
華美が隣で小さく「やっぱり」と呟いた。
その言葉に、同意する自分と、拒否する自分がいた。
あの時わかった気がした表情は、もう見慣れたいつもの・・・そして、俺に向けて欲しいけど、叶わないことがわかっている表情だった。
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