幼なじみ狂騒曲

あおいろ

第1話

「葉海隊長!」

スマホから聞こえたのは、たぶん、敬礼しながら言っているだろう女の子の声。

「作戦、失敗であります!」

その報告は、我慢はしているだろうけど明らかに泣いていることがわかるような声だった。

気丈に振舞ってはいるけど、それは余計にダメージの大きさを感じるだけだった。

「負傷者1名・・・鈴風恋火、重傷であります」

言ってることは堅苦しいけど、涙声なのは相変わらず。

その声の主は、今まさに作戦失敗により大きな怪我を負ったその人、鈴風恋火(すずかぜれんか)だった。

当然、怪我を負ったのは肉体的にではなく精神的な方だけど。

もう気を紛らわせる必要はなくなったので、宿題をしていた手を止め、兵士の報告を聞いた俺は、つい言ってしまった。

「そうか・・・今回もダメだったな」

「今回『も』とか言わないでよぉぉぉぉぉぉ」

どうやら言葉を間違えたせいで、傷口を思いっきりえぐってしまったらしい。電話口で思いっきり泣き出した。

あんまり大声で言うから耳がキーンってなったよね。思わず少しスマホを離したよ。

というか声の後ろから聞こえる音からしてこいつまだ外にいるはずなんだけど、誰か見てたりとかしてないよな・・・?

「わかった、わかったから。早く帰ってこい。反省会しよう」

「はっさく・・・ありがと」

しおらしく言われると、やっぱりこいつはちゃんと女の子なんだなって思う。

帰ってこいって言ったけど、別に一緒に住んでるわけじゃない。

家が隣だし、作戦が失敗したときは自分の家に帰る前に俺の部屋に来て、反省会をするまでがセットだから。

あ、はっさくってのは俺のことね。

葉海咲哉(はうみさくや)。縮めてはっさく。そう呼ぶ人は2人しかいないんだけど。

「やっぱりはっさくは優しいねぇ。あたしゃ嬉しいよ」

「こんな時にちびまる子ちゃん混ぜてるからダメなんだよお前は」

「ダメとか言われたぁぁぁぁ!!どうせ私なんか彼氏できないんだぁぁぁぁ」

「悪かった!俺が悪かったから謝るよごめん!」

「そうだね。はっさくが全部悪い」

「開き直るなよ・・・っていうか全部擦り付けることはないだろ」

「上司は部下の失敗の責任を取る。これ社会の基本」

「なりたくてなった上司じゃないんだけどな」

少しだけ、笑い声が聞こえた。ここまでくれば、とりあえず戻って来れるだろう。

「じゃあ気をつけて帰ってこいよ」

「うん・・・」

こうして、作戦に失敗した兵士を呼び戻すことに成功した俺は電話を切り、背もたれにもたれかかる。

なんとなく予想はできていたけど、やっぱり失敗だったという予想通りの結果に、もう何回経験したかわからない複雑な感情が湧き上がる。

恋火の作戦失敗の報告はもう何回聞かされたかわからない。

本当に軍隊とかだったらそろそろ除隊処分を受けるほど失敗している。

・・・というか、成功したことがない。


恋火が成功したことがないその作戦は『運命の相手と付き合うこと』だ。


生まれてこの方、恋火に彼氏ができたことはない。

下手な鉄砲数打ちゃ当たるってことわざがあるけど、付き合うってことも大してわかってない小学生の頃や中学生や高校生という多感な時期に、何人にしたかわからないほど告白して1度も成功しないのはなかなかだと思う。

というか、これだけ失敗続きにも関わらず、告白し続けるメンタルもすごいと思う。

そもそも告白した相手が小学生の時はクラスの人気者(当然だけど運動できる奴)3人、中学の時は生徒会長、野球部のキャプテン、サッカー部のエース、高校生になってからは生徒会長、野球部のキャプテン、サッカー部のエース・・・って中学生の時と変わってないな。

とにかくラスボス級の、とてもついさっき最初の村を出たレベル1の女子・・・じゃなかった、勇者が挑む相手じゃない奴ばかりに挑んでいった。

ちなみに今回のラスボスはバスケ部のエースだった。高身長ですらっと伸びた足がいいらしい。知らんけど。

なお、恋火はレベル1の女子だから告白されたこともない。

普通はこれだけ挑み続けていれば経験値がたまってレベルが上がりそうなものだけど、相変わらず化粧もしないし、手入れもそこまでしない黒髪ロング、体型は出るわけでもひっこむわけでもなく、服のセンスもそこまであるわけでもなく、アクセサリーも付けない。

もちろんだけど、料理もできないし、お菓子作りもできない。昔1度だけバレンタインデーのために一緒に手作りに挑んだけど、チョコを溶かして型に入れて固めるだけなのに、ハートをよくわからないドロドロのものにしたことがあったな。

何でこんなに詳しいかって?恋火とは、記憶があるかどうかわからない頃から一緒にいる、いわゆる『幼なじみ』ってやつだ。

家は隣同士。しかも幼稚園、小学校、中学校も一緒。まあ2人ともずっと公立だからそうなるんだけど。そして、高2に至る今まで、ずっとクラスも一緒だった。

・・・ということで、高校も一緒。これについては公立だから、では説明がつかなくて。そもそも高校は私学だし。

じゃあどうして一緒かって?


俺が、恋火のことを好きだから。


あいつ、何気に勉強はできるせいで、追いつくのが大変だったけど、無事に一緒の高校に行くことができた。ってことで、幼なじみを継続している。

恋火はあんなに数打ち戦法をしているくせに、こっちに弾が飛んでくることは一切なかった。

最初の頃は、そのうち運命の相手になれると期待していたんだけどな・・・。

だけど、結局いつまでも運命が訪れることはなく、毎回作戦会議に参加させられ、撃沈報告を聞かされ続けて諦めがついた。

そもそも恋火が狙うのはラスボス級。だけど俺はせいぜい最初の村の近くにいる敵。

ボスどころかザコ敵の可能性もあるほど、あのラスボス達のような武器を何も持ち合わせていない。

それどころか、いつしか『幼なじみ』というハンデを背負わされている。

現実に物語を持ち込むのもおかしいけど、『幼なじみはかませ犬』というのが一般的な物語の常識だ。

たまに、幼なじみで付き合うことができる物語もあるけど、それは物語の主人公だった場合。しかもイケメンに限るわけで。

イケメンではないことは、恋火同様、彼女いない歴=年齢の上に告白されたこともないということで証明ができる。残念だから証明したくはないんだけど。

そんな「幼なじみでイケメンでも主人公キャラでもない=恋火とは付き合えない」という残念な証明が完成したところで、家のインターホンが鳴った。

いつものパターンで行けば、まだ泣いているだろう。いつも電話を切ってから帰ってくるまでに思い出して涙が止まらなくなるらしい。今回は何を言われたのか、愚痴を聞いてやろう。

そう思いながら、俺は玄関のドアを開けたんだ。

「はっさくー!ただいまー!」

恋火は元気よく満面の笑みで言った。


バタン。


思わず、俺はドアを閉めた。

・・・どうした?どうしたのかな?

あいつ、ついさっき電話口で泣いてたよな?

というか、いつもはここに着いても泣いてたし、なんなら俺の部屋でさらに号泣してたよね?

ついにおかしくなったか?

もうライフは0なのに攻撃され続けてオーバーキルで頭おかしくなったか?

そうだとしたらトドメを刺したの俺だな。今回『も』とか言ったせいだな。

どうしよう、戦いの準備とかした方が

「はっさく?何でドア閉めたのかな?」

「ごめんごめんごめん!!」

勢いよくドアが開き、満面の笑みで問いかけられる。

怒ったときに満面の笑みを見せる奴はヤバい奴。というのが定説だ。

人は普通怒ったときでもある程度の理性が働くけど、こういう奴はだいたい殺す勢いで遠慮なくボッコボコにしてくる。我に返ると記憶がないところまでがセットで。

リアルに重傷者が出るかもしれない・・・と思っていたその時、ものすごい満面の笑みで、俺の両肩を持った恋火が優しい声色で言った。

「いいんだよはっさく。人は間違うこともあるから」

そう言うと、両肩に置いた手を離し、すれ違いざまに俺の右肩を諭すようにポンポンと叩いて、俺の部屋へと向かっていった。

・・・よくわからないけど、俺まだ入っていいとも言ってないからな?不法侵入だぞ?


***


台所でジュースを入れて、部屋に戻ると、恋火はいつも通りテーブルに頬杖をつきながら床に座り、俺を迎え入れた。

・・・いつもと違ってすっごいニヤニヤしてるけど。

「何でフラれたのにニヤニヤしてんだよ」

恋火の前にジュースを置いて、テーブルの角を挟んで右隣に座った。

「私ね、運命ってあると思うんだよ」

「そうだな、今回も運命の相手だって言って特攻していったもんな」

「あんなの運命なんて言わなかったんだよ!」

「・・・毎回そう言ってる気がするんだけど」

運命って、人生で何回あるかわからないけど、少なくともこいつみたいに毎月ペースでくるものではないと思うんだ。

というか毎回違うって言うならそろそろ運命じゃないかもって疑うことを覚えような?

「ついに・・・本当に運命の相手に出会っちゃったんだよ!」

「そう言うお前はついにフラれて次に行くまでの最短記録更新したなおめでとう」

ちなみに今までの最短記録は1週間だったよ。

これ以上はないと思ってたけど、さすがに0日は予想しなかった。

慰める必要は無くなったけどまさかの休み無しで作戦会議という名の苦労が始まるな。

いよいよブラック企業・・・じゃないな、ブラック軍隊へまっしぐらだな。

「ねえねえ、どうやって出会ったか知りたい?知りたいでしょー?」

ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込む様に顔を近づけて、イエスかはいしか答えのない質問をぶつけてくる。

聞かない、という選択肢は一切ない。

もう反省会の必要は無くなったけど、こうなった時の恋火は止まらないから面倒だ。

「・・・どうやって出会ったんだよ」

興味はないけど、こう言わないといつまで経っても先に進まないし、どうせまた巻き込まれて作戦会議をすることになるから、何回か前から素直に聞くことにしている。

「あのね、電話切った後にね」

あ、もう告白なかったことにされた。

せめて前回の運命さんも回想くらいは出してあげようと思ったのに。

ちなみに、もういちいち名前覚えるのが面倒だから何人か前から俺は恋火の運命の相手を『運命さん』って呼ぶことにしてる。

どうせ名前覚えたって今日みたいにすぐ撃沈してあっさり次の運命の相手が出てくるし。


というわけで、ここからは恋火の話を元に、電話を切った後から再現しようと思う。


電話を切った後も、撃沈したことを思い出してまだ泣いていた恋火は、チャラそうな男3人くらいに囲まれたらしい。

「可愛い嬢ちゃん何で泣いてんの?俺たちとパーリーしようぜうぇーい!」

現実に言ってたかどうかはわからないけど、パリピってこんな感じでしょ?たぶん。

グラサンもたぶんかけてたよ。夜だけど。

まあとにかく、パリピ感満載の3人組に絡まれてどこかに連れて行かれそうになったらしい。

そんな時に、今回の『運命さん』が現れたらしい。

「あのさ、困ってるみたいだけど?」

パリピ集団に冷たく言い放った運命さん。

「何だよお前もうぇいうぇいしてやろうか?」

「EDM無限ループ地獄に叩き落とすぞこの野郎」

当然、パリピもうぇいうぇいし返す。

なお、こういう時の恋火は運命さん以外のことは記憶からすぐに抹消するので、セリフは全て俺の想像だよ。パリピ感出てるでしょ?

そうこうしているうちに、パトカーのサイレンが遠くから聞こえたそうだ。

「あ、何かあるといけないと思って警察呼んでおいたけど。あれがそうかな?」

言葉の温度は冷たいまま、運命さんが独り言のようにパリピ集団に言い放った。

さすがに、3人はすぐにその場を去ったらしい。

「あ・・・ありがとうございます!」

恋火がお礼を言うと、運命さんはポケットからスマホを出し、画面を見せてきた。

「便利だから、使うといいよ」

「・・・え?」

画面に表示されてたのは某動画サイトのアプリ。

そして再生されているのはパトカーが走るだけの動画。

そこでやっと、パトカーのサイレンは運命さんのスマホのスピーカーから流れていることに気がついた。

「多分君はたくさん使うことになりそうだし。気をつけなよ」

そういうと、運命さんはその場を去っていった。


「ヤバいよヤバいよー!」

「そのどっかの芸人っぽい言い方は恋する乙女としてヤバいからやめとけ」

その時の状況を思い出し、ニヤニヤしながら机をバンバンと叩いている。

「しかもさ、細くて足スラっと伸びてるんだよ!」

と思ったら俺の両肩をしっかり持った。

「でもガリガリってわけでもないあの体型なんなの!ねえなんなの!!なんなんだよぉぉぉぉぉ!!」

「人の部屋で理不尽に怒り出すのやめてほしいし、その怒りを俺にぶつけるのはもっとやめてほしいんだけど」

前後に思いっきり揺らされながら、この理不尽な状況を嘆く。

人は幸せの興奮が高まりすぎると怒りに変わるらしい。

愛が憎しみに変わるってのは本当なんだね。

で、何で俺がこんなに冷静かって、これが月1ペースで行われてるんだよ。もうさすがに慣れたよね。

「で、今回はどうするんだ?」

これ以上憎しみが増幅されて自分の身に危険が及ぶ前に、作戦会議の開始を告げる。

想定通り、両肩は持ったままだけど揺するのはやめてくれた。

恋火が目を合わせてじーっと見てくる。どうやら真剣に考えているらしい。

「・・・どうしよぉぉぉぉぉ!!」

「とりあえず、もう体揺するのやめてくれないかな」

慣れたとは言ってもさすがにちょっと気持ち悪くなってきたよね。フラフラしてきてるし。

「ごめんごめんごめん!!」

慌てて揺らすのをやめて手を離した。残念ながら最後押したまま離したせいでそのまま後ろに倒れたけど。

「まったく・・・っていうか、お前当然運命さんの連絡先聞いたんだよな?」

「・・・え?」

「・・・え?」

「だってキュンキュンしてるんだよ?目の前であんなカッコよくスマートに助けられて、キュンキュンしてるんだよ?去り際までカッコよすぎてキュンキュンしてる私にそんな余裕あると思うの?」

「無い」

「さっすがー!わかってるねはっさくー!」

「わかってるねはっさくー!・・・じゃねーよバカ!お前どこの誰かもわかんない奴にどうやってアタックする気なんだよ!狙う気なら考えろよ!?」

「だっていつもは聞かなくても大丈夫だったし」

「そうだないつもは同じ学校だから身元も割れてるし居場所をわかってるからな!でも今回は身元不明、たまたま通りかかったかいつもいるのかわからない時点で居場所も不明・・・名前は?」

「・・・知らない」

「何一つ不明じゃねーかよ!それでどうやってアタックするんだよ!」

「でも私の頭の中には鮮明に彼の全身の姿がある!!あ、そうだ!私が彼の似顔絵書くよ!」

そう言って、学習机から紙と鉛筆を出して運命さんの似顔絵を書き始めた。

確認だけど俺の家だし俺の部屋だよねここ。昔から来てるから物の配置完璧に把握してるのはわかるけど。せめて許可は取ろうね?

そして運命さんの似顔絵は1分もしないうちに完成した。

「できたー!」

紙を右手に持つと、俺に突きつけるように顔の前に見せてきた。

「・・・確認だけど、お前はこの似顔絵に対して『運命の人』って言えるのか?」

「・・・無理」

小学生でももう少し上手くかけそうな絵。正直男女の区別もつかないし、何一つ特徴がわからない。

恋火は絶望的に絵が下手だった。図工や美術の成績は昔から悪かったもんな・・・。

「残念ながら、手がかりは何一つない。詰んだな」

「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

あっけなく運命の終わりを迎え、テーブルに突っ伏した恋火を見ながら、やっぱり複雑な気持ちになった。


***


 翌日、2年B組の教室では朝っぱらから恋火が机に突っ伏しながら悲しんでいた。

「・・・で、朝からこんな感じなんだね。恋火、ドンマイ!」

「華美ぃぃぃぃぃぃ!!」

「おーよしよし、ダメな上司を持つと苦労するなぁ~」

「待て待て待て!俺のせいじゃないだろ俺のせいじゃあ!」

「部下の失敗は上司の失敗。部下の責任は上司の責任だから。ってことではっさく切腹でよろしく!」

「俺命いくつあっても足りなくない?このペースでいったら今年あと10回以上は切腹することになるよ?」

「いいじゃん。もうマジ無理。。。切腹しよ。。。って面白いじゃん」

「面白くないからな!?リスカと違って死んでるからな!?」

昨日も同じことを言われた気がするけどやっぱりこいつのほうが貸しがない分、遠慮がないな・・・。

友達の頭を撫でながら、もう1人の友達に若干古いネタを交えながら切腹を命ずる同級生の女の子。

中学時代から、恋火も含めてよく遊ぶ3人組の1人。未空華美(みそらはなび)。

遠慮なく切腹を命じた時点で友達と呼ぶには抵抗があるから幼なじみということにしておく。

いつもであれば、恋火は俺の家から帰ったあとに華美にも報告をしている。

・・・が、昨日はさすがにショックが大きかったようで、家に着くとそのままベッドに倒れ込んだらしい。

学校も休みかけたけど、いつも通りおばさんがちゃんと玄関まで追い出していた。

さすが何度も繰り返してきただけあって、おばさんも対応が慣れている。

「咲哉くんごめんね~」と言われながら引き渡され、学校に連れてくるまでが俺の繰り返されてきた日常だ。

まあ中学時代からはこうやって華美に責められるまでが日常になってしまったけど。

俺何にも悪いことしてないどころか毎回すっごい助けてると思うんだけどな。

そうこうしているうちにチャイムが鳴った。

恋火と俺は隣同士で元々自分の席に座っていたので、華美も自分の席に戻る。

そう言っても華美は俺の後ろの席なんだけど。

チャイムの鳴り終わりと同時に、担任の先生が教室に入ってきた。相変わらず、時間に正確な先生だ。

「今日からこのクラスに転校生がやってきました。じゃあ入ってきて」

先生の呼び込みとともに、入口から男の子が入ってくる。

背が高く、足がすらっと伸びた細身の・・・

「あーっ!!!昨日の!!!」

クラス全体に恋火の声が響く。思いっきり席立って指さしてるし。

「鈴風さん、人に指をさしてはいけないし、席に着きなさい」

あっさりと担任から注意され、我に帰った恋火は、恥ずかしそうに席に座った。

「じゃあ、自己紹介どうぞ」

担任から振られた男の子は、表情を変えず、口を開いた。

「・・・日向夏紀(ひゅうがなつき)。よろしく」

ぶっきらぼうな感じで、小さく言うと、それ以上は口を開かなかった。

クラスが少しざわつく中、恋火の表情を見る。

・・・ニヤけてる。っていうかニヤけ過ぎだろ!?

っていうか、こんなこと本当にあるのかよ・・・。


***


HRが終わり、そのまま1時間目の授業も終わった本日最初の休み時間。

結局、HRと1時間目の間、恋火はずっと廊下側の1番後ろに座った転校生を見てはニヤニヤし、転校生を見てはニヤニヤし、ずーっとニヤニヤしていた。っていうかまだニヤニヤしている。

そろそろ表情筋が緩みすぎて溶けるぞこいつ。

恋火の運命さんに対しての記憶力は凄まじいことはよくわかってるから、たぶんあの日向っていう転校生が昨日の恋火の運命さんということで間違いはない。

ったくどこの恋愛映画だよ・・・これじゃ本当に運命じゃねーかよ。

「はっさく切腹しなくてよかったね。犬死になるところだったね」

「ああ、おかげさまで大変なことになりそうだけどな・・・」

華美がボソボソ話しかけてくるので、俺も小声で返す。

いや、この会話を小声でする必要があるのかどうかはわからないけど。

あ、必要があったよ。恋火がニヤニヤしながらこっちを見ている。

「お前気持ち悪いぞ」

思わず、素直な感想を出してしまった。

それを聞いた恋火はすくっと席を立った。

「ほーっほっほっほっ!」

「・・・なんで高笑い?」

華美の方が先に突っ込んだ。っていうかわざわざ口元に手を持っていかなくてもいいから。元ネタ誰だよそれ。

と思ったら恋火が指をビシっと華美と俺に向かって指す。

「二人とも、刮目せよ!これが運命だ!」

「・・・テンション上がってるね」

「そうだな。いつも通りただただめんどくさいことになってるな」

華美と小声で話す。大丈夫、恋火はまた高笑いし始めて聞いちゃいない。

「にしても、また随分とイケメンと出会ったね」

「・・・そうだな」

「これはまたもはっさく敗れたねぇ」

「うるさい」

「今回もラスボス級だし、せいぜい頑張りなよ?はっさくた・い・ちょう!」

華美はニヤニヤしながら肩をポンと叩いてきた。

どうせ自分もそのうち巻き込まれることはわかってるから、ただただ意地悪したいだけなのだろう。

そんなことしていたら、レベル1の女子・・・じゃなかった、レベル1の勇者が無謀にもラスボスに挑もうとしていた。

「それじゃあ、私は世界を平和に導いてくるよ。ほーっほっほっほっ」

「だからなんで高笑いしてんだよ」

「あれじゃあ完全に悪役だよね」

「とりあえず世界の崩壊は始まったな」

平和だった世界を壊しに悪役が・・・じゃなかった。恋火は、日向のもとへ向かっていった。若干のスキップとともに。

「あのぉ~、先日はぁ~、助けていただいてぇ~ほんとぉぉぉに、ありがとうございました!」

ものすごい目パチパチさせてるわ。あ、ウインクしようとしてるけどできなくて口ものすごい気持ち悪いことになってる。表情筋仕事間違ってる。

「・・・別に。うるさかっただけだから」

「あのぉ~、これも何かの縁ですしぃ~、仲良くできればぁ~なんて思ったりぃ~」

「そういうのいいから」

「・・・え?」

「無駄なことしてる場合じゃないから」

「無駄って・・・」

色仕掛け・・・と言えるかどうかわからないけど、恋火の必死の攻撃は日向に無表情で返された。

そして、あっさりとラスボスはとどめの一撃を放つのだった。

「もういいかな?」

「あ、ええ・・・はい・・・」

あ、HP無くなった。力尽きたやつだ。ふらふらしながら戻ってきたよ。

「おお!恋火、死んでしまうとはなにごとだ!」

「華美、死んではない・・・いや目が白目向いてる時点で死んでるか」

「恋火~?大丈夫~?」

華美が恋火の両肩を揺すると、恋火は意識を取り戻したらしく、我に帰った。

「華美ぃぃぃぃぃぃ!!」

恋火は華美の胸に顔をうずめ、戦いの傷を癒し始めた。

・・・やっぱり、こういう時は複雑な心境になるな。

「お前の運命、あっさり終わったな」

「華美ぃぃぃぃぃ!!はっさくがいじめるぅぅぅぅ!!」

「大丈夫だよ恋火、もうすぐ今回の作戦失敗の責任を取って切腹するから」

「しねーよ!っていうか作戦も何もなかったろ!?」

「せーっぷく!せーっぷく!」

 切腹コールとか初めて聞いたしこれもはやいじめ案件だよね?好きな人に言われるとか俺泣いていいよね?

 それでも、最後の抵抗だけはしておこう。

「お前自分の失敗棚に上げてるだろ・・・誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ・・・」

「「はっさく」」

「仲いいなお前ら!?」


***


あれから、1週間経った。

恋火の気持ちはあの一件で冷めたらしく、日向は『運命さん』ではなく『ただのクラスメイト』へと降格した。

撃沈するとすぐに次へ行くあたり、やっぱりこいつのメンタルは凄まじいと思う。

そして、そのただのクラスメイトはクラス全員から腫れ物に触るような扱いになっていた。

転校生という肩書きに加えて、無口で冷たく、近づくなオーラを存分に出している。

話しかけようという人は誰もおらず、それどころか転校してきた理由は前の学校でヤバいことをしたから、とか、暴力事件を起こしたから、とか、根も葉もない噂も付き始めてきた。

「香澄ー!イケメンの転校生がいるんだってー?」

他のクラスの女子が、噂を聞きつけてやってきたらしい。

「・・・やめといたほうがいいよ。眺めるだけにしときな」

香澄と呼ばれたうちのクラスの女子がなだめる。ここ2,3日で聴き慣れたやりとりだった。

「あぁぁぁぁぁぁ!!もうっ!」

恋火は机をバンっと叩くと、立ち上がった。

「恋火どうした?」

「何かさ・・・やっぱりほっとけないんだよね」

そしてそう言うと日向の方へ行った。

「恋火・・・相変わらずだな」

 昔から変わらない恋火を見て、少しだけ笑ってしまった。

「運命の人だから?」

 華美が不思議そうな顔で聞いてきた。

「いや、そういうことじゃなくて・・・ってそうか、小学生の頃の話だから華美は知らなかったよな」

そういえば、華美には昔の話ってあんまりしてなかったな。

華美は、俺と恋火とは別の小学校に通っていて、中1の時に同じクラスになって仲良くなった。だから、小学校の時のあの事件を知らなかった。

「あいつさ、昔からずーっとあんな感じだからさ、小5の時、仲間はずれにされたんだよ」

あいつの性格はほとんどずっと変わってない。真っ直ぐで、全力で、うるさくて。

だからこそ、周りから浮いていた時期があった。

「いじめ・・・まではいかなかったけど、無視されたりとか、グループ組む時に誰も一緒にならなかったりとか」

暴力を振るわれるわけでも、モノを隠されるわけでもない。だけど、1人になっているときは多かった。

「でも、はっさくが一緒にいたんでしょ?」

「・・・そうだな」

ずっと同じクラスだった俺は、恋火が1人になっているのを見るたびに、声をかけていた。

好きだとか、付き合ってるとか茶化されたこともある。

恋火はあの性格だから必死に否定をし、俺は笑って過ごしていた。笑うたびに恋火に否定を手伝えって怒られたけど。

そして小6の時、その事件は起きた。

「クラスでいじめが起こったんだよ」

「・・・恋火?」

「いや、違う。別の女の子」

無視とか、そんな次元の話じゃない。

物がなくなったり、水かけられたり、たまに怪我してたり。壮絶なものだった。

「普通さ、自分もターゲットになりたくないから関わらないだろ?」

「・・・そうだね」

「でもさ、あいつはその子に毎日話しかけに行ったんだよ」

「あんな感じで?」

華美の視線の先には、笑顔で日向に話しかける恋火がいた。

「あれ・・・まだ普通だからな」

「普通って何さ」

「その時はさ、あいつ、女の子の目の前に立ったと思ったら急に変顔しやがったんだよ」

「はははっ、さすが恋火」

変顔ですら、全力でやる女。でも、そのおかげでいじめられていた女の子は笑顔を取り戻した。

「結局さ、俺も巻き込まれてその子と仲良くなったよ」

「巻き込まれに行ったの間違いじゃない?」

「・・・そうだな」

その後、いじめの主犯も無事に見つかり、女の子がいじめられることは無くなった。

帰り道、泣きながら恋火にお礼を言っていた女の子の顔を今でも覚えている。

「そっか・・・そういえば中学の時もそうだったね」

「何かあったっけ?」

「私の前でも、全力で変顔した時があってさ」

「・・・そういえば、あったなそんなこと」

華美は中1の4月に、1週間学校を休んだ時があった。


母親が・・・事故で死んだから。


あいつの面倒見の良さは元々弟がいることもあるけど、母親が亡くなってからは父親の面倒を見ているからだろうな・・・と、たまに思う。

久々に学校に来た華美はひどく落ち込んでいた。

その時も、あまりの全力の変顔に、華美は吹き出してしまった。

「普通さ、気使うよね」

「・・・そうだよな」

「でも、嬉しかったな」

あの日から、俺達は一緒にいるようになった。

「そういえば、中学の時は2人だけで一緒にいたよね。その女の子ってどうしたの?」

「私学に行ったよ。中1の夏に会ったら彼氏できてて恋火すっごい怒ってた」

「はははっ、それはよかったね」

「そのときは恋火をなだめるの大変だったけどな」

彼氏いるって聞いた瞬間に激怒して、しまいには泣き始めたりして。俺もあの子もものすごいわたわたしながらなだめたんだよな・・・。

そんなことを思い出して、少しだけ笑ってしまった。

華美も少し呆れながら笑っていた。

「で、それから今日まで姫を守る騎士は、身分の違いに苦しみながら姫の幸せを願って王子と結ばれるように頑張ってる・・・というわけかぁ。いい話だね」

「なんかしれっとまとめてるけどものすごいトゲを感じるぞ華美」

「そう?私はカッコいいと思うけどな、姫を守る騎士」

「たまには俺も王子になりたいよ」

机に突っ伏し、日向の方を見る。

笑顔で語りかける姫に対して、氷の王子は相変わらず無表情だった。


***


それから、恋火は毎日のように休み時間や帰る前に日向にちょっかいをかけていた。

ある時は日常の会話をしに、ある時は全然似てない物まね、ある時は全力の変顔、ある時はよくわからない仮装をして机の下から出てきてみたり。

・・・その仮装どこで買ってきたんだよお前。確実にこの間の土日に買いに行ったろ。

だけど、日向は休み時間は授業の準備が終わると席を立ち、帰りは帰りで支度が終わると同時にすぐに席を立った。


そんなこんなで1週間が過ぎた。


氷の王子は相変わらず表情を崩すことなく、目の前でモノマネをする姫をスルーしながら今日も帰り支度をしていた。

・・・あいつ、地味にモノマネの腕上げてきたな。

俺としては合格点だったモノマネは残念ながら不発に終わった。

「似てるけどスベってるぞ恋火―」

氷の王子の表情を今日も崩せなかった姫は、笑いながら現実を突きつけた俺のとどめの一撃についに心が折れて、教室を横切って窓の方へかけていく。

そして、開いていた窓から、外へ向かって叫ぶ。

「みんな~!オラに力を分けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

日向は別に元気がないわけじゃないと思うんだけどな。

っていうかさっきまでクレヨンしんちゃんだったのに何でドラゴンボールなんだよ。オラしか共通点ないから。

「あ・・・ストップ!」

ただ、その恋火の叫びが伝わったのかわからないけど、聞きなれない声が教室に響いた。

「え?」

恋火が振り向こうとした、その時だった。

「動くな!」

俺も思わず声の主のほうを向いた。

声の正体は、日向だった。

「え?え?」

「そのまま外見てて」

何が起こったかわからず慌てる恋火に、氷の王子らしく、冷たく言い放った日向はノートと鉛筆を取り出し、何かを書き始めた。

俺と華美は気になって、ノートを覗く。

「すげぇ・・・」

そのノートに、すごいスピードで、目の前の風景が描写されていく。

窓の外に見える夕日や、少しだけ浮かぶ雲、そして恋火。

いつもと違って楽しんでいるかのような表情で、ものすごい速さで書き上がっていくのに、クオリティが高すぎて、言葉が出ずに引き込まれていった。

「ねえ何してるの!?気になるよー!」

そのモデルはそろそろ同じ姿勢が限界らしい。元々じっとしてられないしな。

「今お前が動いたら台無しになるからもう少し待ってろ」

「はっさくまでぇぇぇぇぇ!!何でぇぇぇぇ!!」


***


「すごーい!日向くんすごいよこれ!」

ものの10分で、夕日に照らされた窓際の少女の絵が完成した。

しかも、白黒なのに色が浮かんできそうなほどすごく情景豊かな絵。

・・・美術3だった人間が評価してるから信ぴょう性はないかもしれないけど、とにかく素人が見てもすごい絵だっていうことはわかった。

それに、今目の前で美術2だった人間がノートを天高く掲げながら興奮してるからすごい絵なのは間違いない。

「お前凄いな」

思わず、日向に話しかけてしまった。

「何にも凄くないよ・・・こんなもの」

いつの間にか冷めた表情に戻っていた氷の王子は作品が気に入らなかったらしく、そう吐き捨てると荷物をまとめて教室を出ていった。

恋火が持っていたせいで取り返すことができなかったさっきの風景を書いていたノートを残して。

いや、出来が気に入らなくてもういらなかったのかもしれないけど。

「・・・ったく、何なんだよあいつ」

「ねえ、はっさく!これ見て!」

さっきまで興奮していた恋火がノートをパラパラめくりながら見せてくる。

「何だよこれ・・・」


***


次の日の最初の休み時間。恋火は一目散に日向のところへ行った。

本当は、朝一番に声をかけたかったけど、あいつは始業ギリギリにしかこない。

結局話しかけられたのはこのタイミングしかなかった。

「あのさ・・・日向くん。ノート、全部見ちゃったんだよね」

そう言うと、恋火はノートのあるページを日向の目の前で開き、見せた。

「私もっと可愛いよ!!」

「今言うことじゃないだろ!?」

さすが恋火、お前はいつも真っ直ぐだな。今日は間違ってる方向に。

残念な真っ直ぐさを発揮した恋火に呆れて、今日ばかりは俺と華美も日向の目の前に向かった。

恋火が開いたページには、余白に「鈴風恋火」と書かれ、笑顔の恋火の似顔絵が描かれていた。

そして、他のページには俺や華美も同じように、描かれていた。

「あのさ、日向くんが私達のことどう思ってるかわかんないけど、少なくとも、私は、日向くんはクラスメイトだと思ってるから」

「私達、だろ?何しれっと単独行動に出ようとしてるんだよ」

「へへへ・・・ごめん」

「あのさ日向。どんな理由で転校してきたか知らないし、どうでもいいんだけどさ。せっかく同じクラスになったんだ。少なくとも、俺はお前と仲良くしたい」

「俺達、でしょ??」

「ふふ・・・君たちは本当に仲がいいんだね」

「あ、笑ったー!」

「氷の王子でも笑うんだね」

「華美!」

「氷の王子か・・・カッコいいね」

「いいのかよ!?」

「残念ながら歌いながら氷の城は立てられないけどね」

「・・・お前、そういうこと言えるんだな」

「日向くんって面白いね!」

「君に言われたくはないな・・・あれだけいろんなことしておいて」

「だって日向くん反応しないし!」

「考え事してる時に話しかけるからだよ」

「何考えてたの?」

「どんな絵を書こうか考えてた」

「それだけかよ!?」

「5月に大事なコンテストがあるんだ。時間がなくて」

「・・・そっか、邪魔してごめんね」

「いや、いいんだ」

「あのさ、これからたまに話しかけてもいい?」

「・・・好きにしなよ」

「やったー!」

日向は少しだけ笑っていた。きっと、いいやつなんだと思う。ちょっと不器用なだけで。

「私、もっと可愛いと思うんだけどなー」

「言っとくけどこれ激似だからな。マジで」


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