第41話 お嬢様と文化祭


「会長、演劇部が、もっと大きな布をよこせっていってます!」

「貸し出し分はもうすべてお渡してます。帰ってもらってください!」


「副会長、バンドサークルが自分たちもステージで演奏したいって……」

「ええ!? もうスケジュールいっぱいなのにぃ」


 生徒会室は、今戦場と化していた。

 数日後に行われる、魔法学校の文化祭準備の為なんだけど。


 なんでこんなに忙しいのさ!


 

 ひと段落したので、机に顔をつけてぼーっとしていたら。

 甘い香りが身体を包みこむ。


「おつかれですね、クレナちゃん」


 後ろから抱きついてきたリリーちゃんが、頬を寄せてくる。

 金色の髪がさらりと私の顔にもかかって。

 少しくすぐったい。


 カワイイ。

 はぁ、今日も天使だよね。リリーちゃん。


「いつも言っていますが。貴女は少しクレナちゃんにくっつきすぎですよ、リリアナ書記!」

「私たちは仲良しだから平気ですわ!」


 グラウス会長は、ため息をつくと。

 私とリリーちゃんに紅茶を淹れてくれた。


「ありがとうございます」

「ありがとう……ですわ」


「去年はクーデターの影響で、文化祭がなかったですし。皆さん気合が入っているようですね」

「それで、こんなに忙しいんですか……?」

「まぁ、僕の推理では、そうなりますね」 


 グラウス会長は、紅茶を飲みながら、書類に目を通している。

 副会長として、彼の補佐に入って思ったんだけど。


 ……この人、びっくりするくらい優秀だよね。

 ひとつひとつの決断がすごく早くて、仕事をどんどんこなしちゃう。


 ふと。澄んだ青い瞳と目線がぶつかった。

 会長は、優しい笑顔で微笑む。

 本当に綺麗な人だと思う。


 こんなに素敵な人から、今もずっと好意を寄せられて。



 こまったな。

  

 私は、十五歳になるまでに決めないといけない。

 このままシュトレ王子と婚約者でいるのか、それとも……。


  

「……クレナちゃん、聞いてました?」

「え? ゴメン、なんだっけ?」

「もうぅ! クレナちゃんは文化祭、どこをまわりたいですか?」


 そっか。

 忙しすぎて、自分が文化祭を楽しむとか、全然想像してなかった。

 せっかくのお祭りだし。

  

 だけど。


「うーん。校内巡回と出し物で、時間あんまりとれないかも……」

「でしたら! 校内巡回中に一緒に楽しみませんか!」


 リリーちゃんが再び抱きついてくる。


「ウワサでは、二年生有志でやるお化け屋敷がお勧めみたいですわ」


「待ってください。クレナちゃんは僕が誘おうと……」


 ふと、前世の学生時代を思い出す。

 

 なんだか。

 あの頃にかえったみたいで。

 うん……巡回中でも雰囲気くらい楽しめるかも。

 


 それに。

 魔法学校の文化祭は、高等部と中等部合同だから。


 もしかしたら。


 ……シュトレ王子に会えるかな。  

 

 

**********


 文化祭当日。


 魔法学校は、すっかりお祭りモードになっていた。

 

 既に校外からも沢山人がやってきていて、すごくにぎやか。

 趣向を凝らした展示物や模擬店からも、楽しそうな声が聞こえてくる。

 いたるところで笑顔が溢れている。


「クレナちゃん! 次は三階のアイスを食べに行きましょう!」

「……リリアナ書記。どうしてクレナちゃんの腕に抱きついてるんですか!」

「あら、会長には関係ありませんわ!」


 私たち生徒会メンバーは。

 結局、全員で校内を視察していた。



 ――視察っていっても。

 

 出し物をチェックして、危険なことをしていないかとか。

 トラブルがおきていないかとか。


 そんな感じなので。


 結局、全員で文化祭の出し物を楽しんでる。


「こいつらのラブラブはほっておいて、美味しいアイスをゲットするのじゃ。いくぞ、一年生!」

「ハーイ!」

「ボクもアイス食べるー!」


 ファニエ先輩の後に、一年生とキナコがついていく。


 えええ?!

 先輩?

 これ、ラブとかじゃないんですけど!


 一年生の子が誤解したらどうするんですか!



 ファニエ先輩達を慌てて追いかけようとした、その時。


 背後から、ぞくっと嫌な気配を感じた。


 ……なにこれ?


 振り返ると。

 紫色の長い髪に、印象的な赤い瞳の。

 びっくりするくらい美人な女性が立っていた。


 でも。

 どこかであったことあるような……。

 心臓がドクドク音を立てている。

 体中が警戒している。

 この人は……危険だ。

 


 もしかして。

 まさか。  

 

「うふふ、ひさしぶりね、星乙女ちゃん」


 やっぱり!

 羽も、角も無いし。

 肌の色も違うけど。


 間違いない。

 あの時の……初心者ダンジョン『ジェラルド卿の地下庭園』の奥で出会った魔人だ。


「……クレナちゃん、逃げて!」

「まさか。あの時の魔人……ですか……」


 リリーちゃんも、グラウス会長も気づいたみたいで。

 両手から杖を作り出し、詠唱を開始している。

 

「いやねぇ、慌てないでよ。今日は文化祭を楽しんでるのよ」


 微笑みを浮かべながら、ゆっくりと私に近づいてくる。


「クレナちゃんに近づくな!」


 リリーちゃんは、廊下を埋め尽くすように大きな木を召喚し、魔人を攻撃した。

 魔法の木の葉が次々と魔人に向かっていったんだけど。

 まるでバリアがあるみたいに、目の前で消滅していく。

 

 魔人は、魔法も周囲の悲鳴も、特に気にする様子もなく。

 驚いた表情で、私をみつめている。

 

「え? クレナ? ……クレナって、もしかして。クレナ・ハルセルト?」



 そうだった。

 魔人の言い分が正しいなら。


 この人は転生者で。

 たぶん、乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』を……知っている。


「あはは。伯爵の息子だったクレナがこんなに可愛い女の子になってて、しかも星乙女だなんて……」


 言い終わる直前。

 雷撃が魔人に襲い掛かった。

 グラウス先輩の攻撃魔法だ。


「もう、うっとうしいわね」


 魔人が指をパチンと鳴らすと。

 

 リリーちゃんも、グラウス会長も。

 ううん。

 周囲にいた人全員が、その場に倒れこんだ。


「リリーちゃん! グラウス会長!」



「……やっぱりゲームと現実は違うわね」


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